第一章 【死神少女】:第2話
『死神』。
自らを、彼女はそう名乗った。
彼女の言うことが本当なら、その姿は俺にしか見えない。
そして死神は――
「死の近い場所へやってくるのです」
と、言った。
「……俺がもうすぐ死ぬってことか?」
「さあ、どうでしょうねー。どんな形であろうと、私が現れたと言うことは、何かしらの死が近いのです」
そう返答する少女の声色は、随分と気の抜けたもので。
『死神』を名乗るにはあまりに相応しくないその迫力のなさに、強張っていた俺の身体が少し緩む。
「なんだそれ。お前、死神なんだろ。お前が俺を殺すんじゃないのか?」
「物騒な。殺すとか、そんなことするわけないじゃないですか!失礼ですね」
そんな巨大な鎌を持ち歩いているやつが言うセリフじゃねえ。
……とはいえ、少しホッとした。
どうやら俺は、今すぐこの死神と名乗る少女の持つ鎌で斬り殺されるわけじゃないらしい。
「じゃあ、何のためにお前らは存在してるんだよ」
「ふふふ、知りたいですか?」
イタズラっぽく笑い、彼女は人差し指を一本立てる。
そして、それを自分の唇にそっと当てて、言った。
「私たち死神は『寿命』をもらうんです」
「……」
「ちょっと。なんですか、その顔」
「いや、やっぱり殺すんじゃねえかって思って……」
「ノンノン。話は最後まで聞いてください。なにも一方的に搾取するわけじゃありません。いただく対価として私たちには『寿命と引き換えにどんな願いでも叶える力』があります」
「願いを……?」
「はい。そして私はその願いの代償にもらった寿命を自分の寿命に加算することで、更に生きながらえることができるのです。どうです?ウィンウィンでしょう?」
そう言うと、死神は両手の指を2本立て『W』の文字を作り、のんきそうに身体を左右に揺らす。
「……死神のクセに生きるとか言う概念あるんだな」
「当たり前じゃないですか。死神を何だと思ってるんですか」
「いや、てっきり死とは無縁の、神的存在なのかと……」
「ファンタジー漫画の見すぎですよ。現実はそんな甘くありません」
頭の上から爪先まで非現実的な要素で構成された見た目をしているくせして、どの口が言うんだ……。
尤も、彼女の存在がそれだけ非現実的だからこそ、俺もその口から語られた非現実的な話を普通に聞き入れられているわけだが。
「で、早速ですけど何か叶えたい願いあります?」
「え?」
「見たところ、大した人生送ってなさそうですし」
「おいこら」
なんて失礼なやつだ。
「じゃあ、例えば100億円欲しいって言ったら」
「叶えますよ」
「いくら?」
「寿命73年でどうでしょう」
「死ぬじゃん、俺」
割に合わねえ。
どれだけ大金を得られたところで、そのお金を実際に使う時間がないんじゃなんの意味もない。
「馬鹿ですね。あなたの場合、73年死ぬ気で努力しても100億円なんか手に入れられませんよ。むしろお得だと思いますけどね」
……確かに、言われてみればそういう見方もあるか。
もしかしたら、彼女と取引することは人によってはずいぶん良心的で、むしろ願ったり叶ったりなものなのかもしれない。
だけど――
「いや、いい。叶えたい願いなんか無い」
「え、そうですか。寿命10年くらいで簡単に叶う願いもありますよ?」
「いらん」
「えー。みんな何かしらあるのに」
「自分の命より大切なもんなんかねえよ」
「ふーん……」
あいにく、俺には何もないんだ。
叶えたい願いも、夢も。
ほんの少しの――、目標すらも。
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