球技大会

 まだ五月だというのに、夏場を思わせるかくらいさんさんと降り注ぐ日光が、やる気と心を少しずつ削いでいく。嫌な現実ほど早く訪れるのは本当のことで、あれほど来なければ良いと思っていた球技大会当日という今日を迎えていた。


「そっちいったぞ──!!」


 このどうしようもないほどのかったるさを少しでも軽減しようと、影のある隅っこに座っている俺にすら届く大きな声。これこそまさに青春の一コマ。

 ああ、高校生というのはどうしてこう、こんな疲れるだけの行事に全力を注げるのか。もうまったくもって理解できない。


「──ふわぁ」


 あくびが漏れる。このけだるさに身を任せながら、置物のように眠りについてしまいたくなる。

 俺のことなんて誰も気にしないだろう。どうせ試合が始まるときにこんな日陰者一人いなくとも、悪ふざけとその場のノリで運動部の誰かが召喚されるのが想像できる。

 ならさぼっちまおうか。mdさんとの約束はあるけど、実際に見られているわけではないし今回は縁が無かったということで──。


「おーい冬夜。そろそろ試合だぞー」


 今日という日を完結するべく瞼を閉じようとして、残念ながら招集の声が掛かる。


「……面倒くさいからパスしたい」

「何言ってんだ? 行くぞー」


 ぐいぐいと手を引っ張られたので、諦めて平穏に手を振りながら重い腰を上げる。

 ああーだるい。あの前方に待機しているクラスのウェイウェイどもの笑い声が、ただでさえやる気0%な心境を更に滅入らせてくる。


 翼は俺を連れてきて満足したのか、あの如何にもな集団の中に平然と混ざっていく。

 残念ながらあの中に入れない何人かと同じように適当に体をほぐしながら、無理矢理心に燃料を入れていく。

 

 叶うならもう帰りたい。あっついし眠いし楽しくないし良い事なんて無い。

 けどっま残念ながらこの状況を覆せないのが現実というもの。残念ながら、クソザコメンタルの俺が今この一時を回避する手段を持ち合わせてなどいないのだ。


「……空が青いなー」


 無限に広がる青空をぼんやりと眺めながら、ただただ時間が過ぎるのを待つ。

 嫌だなー。なんで目立つのもダメだし失敗も出来ないくそ環境で、サッカーなんてやらなきゃいけないんだろうなぁ。


『──次はE組とF組の試合です』


 そんなささやかな願望すら無情に吹き飛ばすアナウンスが、もうすぐ訪れる悪夢の時間を予告してくる。

 もうどうしようもないと諦めながら、運動部の連中の後にコートの隅っこに入り待機する。


 センターサークル内にはきらきらした存在感を放つ翼と、さっきうるさかった円陣の中にいた……来栖くるすとかそんな名前っぽいやつがいた。

 どうやらこっちからのキックオフのようだ。そのままずっと攻めててくれれば楽なんだけどなぁ。


 ……無理だよなぁ。だってフットサルやるくらいに狭いコートだしなぁ。はあっ。


 まあ積極的に動く気はなかったので、とりあえずボールが来るまで完全に棒立ちでぼけーっと眺めることにした。

 

 別にやる気が無いからといって注意されることなどないのがこの球技大会というもの。

 当たり前だ。こんないつも何も出来ない陰キャラじゃまもの共に期待している人間などこの世には存在していないのだ。


 こんな学校行事の大半は運動部と陽キャラ達のための息抜きに過ぎない。日陰者達に該当する俺達のような人間は邪魔にならないように、ただそれっぽい愚鈍ムーブをして一瞬すら注目されないようにすることが正しい役割──それがクラスカーストというものだ。


 教師共もそれをわかっているから形式上の注意はしても本気で怒ることはない。彼らにとってこれは仕事。円滑にトラブルなく終わればそれで良いのだから、わざわざ運動できそうにないゴミくず共のやる気を煽るなんてことするわけがない。


「──冬夜っ!」


 気まぐれな神の意志のように、罰ゲームを決めるルーレットの矢のように無慈悲なもの。

 ころころと転がってくるボールと走ってくる相手チームの人間が、動かざるを得ない状況を作り上げてくる。


「──はあっ」


 誰にでも取れそうなくらい普通に転がってくる球体に小さく溜息を吐きながら、足でしっかりと止め適当に周りを確認してみる。

 自分のコートからはこっちに蹴るなよと陰キャラにたものどうしの視線。前方からは、これは相手に取られるなという失意と怒りの表情を浮かべる連中。──そして。


「冬夜パス! とりあえず思いっきりっ!!」


 ──大声で俺を呼ぶ翼がいた。手をぶんぶんと振りながらこっちに訴えかけてくるバカがいた。

 このコートは愚か、この試合を見ているすべての人間が期待などしないであろう状況で、少年のような輝かしい眼差しを向けてくる翼。


 ……はあ。まったくあいつは、どうしようもなく良い奴だなぁ。


「──っ!」


 軽く前方に蹴り、その勢いのまま迫っていた相手を抜きボールを強く蹴る。

 随分と久しぶりに上げたが、ほぼハーフコートサイズのコートであれば問題は無い。


 蹴り上げたボールは山なりの軌道を描き、センターラインを越え──。


「良しっ!!」


 俺を呼び、走り始めていた翼の足下に吸い付くかのように落ちる。

 皆が止まっていたその一瞬、ただ一人ゴール前までボールを運び、そのまま強烈なシュートがゴールに突き刺さった。


「ナイス翼!! 良く拾ったな!!」


 ゴールを決めたヒーローの元に、餌に集る虫みたいに駆け寄っていく味方チームの連中達を遠目で見ながら安堵の息を零す。

 ああ疲れた。ちゃんとボールを蹴ったのは中学以来だったし成功して良かった。もし銀河級の大ホームランでもしたら明日からの生活に支障が出る所だった。


 直接ゴールなんて狙わなくて良かった。外したら場の空気を白けさせるし、もし入れてしまえば余計な問題を引っ張りかねない。

 その点アシストになんて誰も興味を持つわけないしノープロブレム。こんなオフサイドも取らない茶番なんかでそんなところに目を向けるやつはいないしね。


「……やっぱり疲れるなぁ」


 それにしても、ここ最近運動のうの文字とも縁が無かったから足が痛い。

 こんなんで本当に今日を無事に乗り切れるか不安になりながら再び試合の様子を伺うことにした。

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