昼食

 あれから特にボールが回ってくることもなく試合も終わり、午前の部が終了した。

 残念ながらうちのクラスは勝利してしまったため午後も試合があるのが辛い。頑張って取り繕ってきたやる気も完全に尽きようとしているくらいにはエネルギー切れだ。


 現在は昼休み。クラスに話す奴がほとんどいない寂しい人間である俺は今日も今日とて変わることなく、教室の自席で一人お弁当タイムである。

 ……まあお弁当なんて大層なものではなく、ちょっと大きいおにぎりが一つ箱の中に入っているだけなのだが別に良いだろう。昼なんて食べれれば良いのだ。


 包んであるサランラップを取り、いつもの昼休みのようにソシャゲを弄りながらもぐもぐと摂取していく。

 若干効いている塩が美味しい。やっぱおにぎりは中身なし塩だけが王道だよなぁ。


「相変わらず簡素な昼食だね。それで足りるのかい?」

「──っ、白菊か」


 横からいきなり掛かった声に心の中でびくつきながら、喉に詰まらせないようペットボトルのお茶を流し込む。

 ああびっくりした。誰か来るかもしれないとは思っていたがよもや白菊とは。


「そっちは終わったのか?」

「君と同じさ。残念ながら周りが優秀でね」


 別にこれっぽっちも何も思ってなさそうなくらいどうでも良さそうに言いながら、椅子を俺の机に近づけてくる。

 こいつの言い方だと多分バレーは勝ったのだろう。……確か半分がバレー部とかいう反則陣営だった気がするし、まあ負ける道理なんて無いか。


「最初から卓球の方にすりゃ良かったんじゃ」

「どっちでも良かったしね。……それに、まさかここまで勝ちにこだわるとは思っていなかったし」


 珍しく感情のこもった言葉。俺が言えることではないが、こいつにとって球技大会をちゃんとやる学生という概念は存在しなかったらしい。


 まあでも当然か。元々他人に興味が無い高二病系僕っ娘にとってはこんなもの一銭の価値にすらなり得ないだろうし。

 そもそもうちのバレー担当どもがちゃんとやりすぎなのだが。……まあバレー部だからこそ負けるわけにはいかないと盛り上がってるのかもしれないが。


「というか見に来なかったのかい? 僕はわざわざ君の試合を見てあげたのに」

「……見てたのかよ」

「ばっちりね。君には似合わないくらいの活躍だったよ」


 まったく褒めているように聞こえないくらいには適当に言葉を繋ぐ白菊。何か気に障ることでもあったか?

 それにしても試合を見ていたのか。こいつのことだからその辺で適当にさぼっていると思っていたのだが違ったらしい。


「お前がちゃんとやるなんて珍しい。何かやる気になる要素でもあったのか?」

「まあ一応ね。……それに、あの煩わしい牝狐つきむらがいたしね」


 心の底から忌々しそうに月村さんの名前を出してくる白菊。そういえば月村さんもバレーなんだっけ。

 相変わらず月村さんに棘があるようだが、一体何かあったのだろうか。まあ一年の頃に一回聞いてみたのだが、いつもの調子で躱されてしまったので話す気はないのだろうが。


 でも意外だよな。月村雫単体で見ればほとんど人に嫌われる要素など無いと思うが、果たして特別恨みを持つ出来事でもあったのかね。もしくは完全な逆恨みとか……こいつなら案外あり得そう。


 会話に一区切りつき、普段では考えられないくらいの静かになる教室。

 別に気まずくはない。元々こいつとの距離感なんて話したいときに話す程度の仲でしかないのだから、会話がなくなろうとどうにかなるわけではない。


「──どうして今日は動いたの?」


 ふと、白菊は食べ進めながら俺に質問してくる。

 何を、とは考えるまでもない。俺とこいつの共通性を鑑みれば簡単に予想など付くというもの。


「……別に、あの場は失敗する方が良くないと思っただけだよ」

「嘘だね。アシストなんて目立つ真似、いつもの君なら考えられないと思うんだけどなぁ」


 疑っているというよりは確信を持って問い詰めてきている白菊だが、そんな些細事にそこまで興味があるのだろうか。

 もちろん嘘なんてついてない。あの場ではミスした方が白い目を向けられていた──そう思ったからこそロングパスを選んだのだ。


 ……まあそれだけではないのもまた事実ではああるのだが、別にこいつに言う意味も無いだろう。


『──一回でも点に絡むことをすること。それが君が取り組むべき試練さ』


 先日mdさんが愉しそうな口調で、俺に対して課したノルマ。つまり一回でも何かしら得点に関与しなくてはならかった。


 別に誰かが試験官のように採点してるわけでもないし、無視したとしても相手にバレることはないだろう。

 それでも負い目は残る。やり遂げなかったという罪悪感が、今後の会話に滲み出ないわけがないのだ。


 それに、彼女は善意で課してくれたのだ。例え遊び半分の冗談だったとしても、少しでもやってみようと思えてしまうのが昔からある俺のちょろい所なんだろうなって。


「──ふうん」


 溜息のように吐かれるだけの僅か一言。それが俺の背筋を撫でるかのように震え上がらせる。

 どうしたんだとちらっと白菊を見ようとして──一瞬硬直してしまう。


「困るんだよなぁ。どこのどいつか知らないけど、よりにもよって僕のものを変えようとか──」


 少女が嗤っていた。それだけのはずなのだ。それだけなのに──空気ががらりと変貌する。

 あの白菊が、いつも飄々とした孤高たる白菊里香が、まるで目の前に復讐の対象でもいるかのような獰猛な笑みを浮かべていた。


「し、白菊……?」

「なあ冬夜? 君は変わる必要なんてないんだ」


 傷一つない白磁器を愛でるように俺の頬に触れる彼女の手に対して、どうしてか逆らうことが出来なかった。

 白菊とはいえ美少女──そのはずなのに、どうしてか鳥肌が立つほどの恐怖を感じてしまう。


「君は僕にとって唯一の──」

「ここにいたのね白菊さん。探したわよ」


 その異様な雰囲気に圧倒され呑まれ掛けた瞬間、不意に伝わるその凜とした声が感覚を現実に引き戻す。

 白菊から眼を逸らすようにそちらを見ると、月村雫の姿がそこにはあった。


「……何だい月村。今良い所なんだけど」

「次の試合の時間よ。遊んでないで、とっとと戻ってきなさい」


 彼女は一瞬だけこちらを見た後、すぐに白菊の方をまっすぐ見る。それにしても、彼女は二人を取り巻く空気が妙に刺々しいのは気のせいだろうか。

 白菊の僅かに頬を触る手に力が入ったと思った瞬間、その手は驚くほど簡単に剥がれていった。


「……そうだね。名残惜しいけど、今回はここまでにしとこうか。じゃあね冬夜」

「あ、ああ……」


 こちらの言葉など待つこともなく、するりと教室から出て行く白菊。

 ……びっくりした。いつもと様子が違ったが、一体何だったんだあれは。


「大丈夫? 何か揉めていたようだけど」

「あ、ああ。大丈夫です」

「……そう。けど頬が少し赤いわ」


 心配そうにハンカチで頬を撫でてくれる月村さんに、たどたどしい口調でしか、この残念な口では返せなかった。

 顔が近すぎてさっきとは違う感じで心臓がばっくばくいってるわ。まじでヤバいんだけど──!!


「……月村さん?」

「っ、もう大丈夫そうね。ええっ」


 いつまでも離れないハンカチに、これ以上は緊張で俺が持たないと声を掛けてみると、正気に戻ったかみたいにばっと跳ぶようにして離れる月村さん。

 それにしても近くで見ると綺麗だなこの人。それだけに今みたいな反応は地味に傷つくんだけど。


「そろそろ私も戻るわ。……折角だし冬夜君も見に来る?」

「……まだご飯あるし遠慮しておくよ。頑張ってね」


 一瞬頷きそうになるが、すぐさまおにぎりが入っていた巾着を見せながら残念そうに誘いを断る。

 危ない危ない。月村さんと一種に校舎を歩くなんて誰かに見られれば、それだけでこの学校の男共を刺激しかねない。それに反応しないのは彼女持ちの天然バカくらいなものだろう。


 それに、さっきのことがあってすぐに白菊と会うのはなんか気まずい。いつもとはどこか違った彼女と会うのは、なんていうか心臓に悪い。


「ええ。……そうだ。午後は冬夜君のアシストも見に行くわ」

「……えっ」


 凄く気になるワードを残しながら教室を去る彼女。

 ……まじ? あの試合見てたとか、超恥ずかしいんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る