追いかけっこ

木葉は木々の中を走っていた。


例え人影に追いつかないとわかっていてもその足を止めることはできなかった。


その人影は自分を呼んでいるそれは間違えないことだったのもあるが、なによりその人影は自分の人生に深く関係しているような気がしたからだ。


「待って、待ってよ!!」


木葉はその人影に手を伸ばす


人影は左へと方向を変え木葉を招く。


木葉も同じように方向を左に・・・


ドンッ


何者かにぶつかった木葉はその場でしりもちをつく。


「イタタタタ・・・・」木葉はおでこをさすりながら前方に目をやると


そこには女性がいた。


暗くてよく見えないが長い髪の毛、半そでの服装、ダメージとは程遠いしっかりとしたジーパン


間違いない、灯ちゃんだ。


「灯ちゃん?」


木葉はその人物に声をかけた。


「その声は、木葉?」


相手は自分の名前を口にした。


どうやら正解みたいだった。


「あんた何でこんなところにいるのよ?」


灯は木葉の手を掴み起こしあげながらそう言った。


「なんでって、灯ちゃんが私をこの木の中に招き入れたんじゃないの?」と木葉は返す。


「は?意味わかんない、招き入れてないし招き入れる必要性がないわよ」と即答された。


ということは先ほどの人影は灯ではないとすぐに理解できた木葉は周りを見渡す。


しかしさきほどの人影はもうどこにも見えなかった。


「どうしたの木葉?」灯がそう言うと木葉は残念そうな顔をした。


「灯ちゃんは何でここにいるの?」と木葉が逆に灯に質問をする。


「え?私は・・・・」灯の目が泳ぐ


(言えない、がむしゃらにその場を去って18歳にもなった自分が迷子になったなんて恥ずかしくて言えるはずがない・・・・)


「ねえどうして?」そんなことはお構いなしという感じで木葉は灯に問いただす。


「ちょ、ちょっと好奇心で入ってみただけよ。決して迷ってなんかいないから」目を泳がせながら灯は答えた。


なんだそうかという表情で木葉はその場を通り過ぎようとする。


「ちょっと木葉どこに行くの?」灯が木葉の手を掴む


「さっき人影見なかった?」木葉が灯に聞く。


「人影?見てないけど?」灯がそう答えると、木葉はまたしてもしょんぼりする


「何かあったの?」灯は木葉を掴んでいる手を放すと真剣な口調で聞いた。


「さっきね謎の人影が私を呼んでいたの」木葉がそう言うと


「・・・ちょっと怖いこと言わないでよ・・・」と灯は返す。


「嘘じゃないよ、本当だもん!」木葉は真剣な表情で言ったが、別に灯は木葉を疑っているわけではない。木葉は確かに天然なところはあるが嘘をつくような娘じゃない。人影は本当にいたんだろう。でも本当にいるからこそ怖い・・・


「まあとりあえずここにいたらみんな心配するから帰りましょ?」と再度灯は木葉の腕をつかむが


木葉はその腕を振りほどく


「いやだ!!あの人影に会うまでは帰らない!」木葉は灯にそう言った


「子供みたいなこと言ってないで帰るわよ」と灯は木葉を掴もうとするが木葉は後ろへ下がる。


灯はだんだんイライラしてきた。すぐに短気になるのは悪い癖だがそれとこれとは話は別だ。


灯は声を少し大きくした。「ちょっとあんたいい加減にしなさいよ、みんなが心配するでしょ!!」


いきなり大きな声を出せれてびっくりしたが、木葉は引き下がらない


「あの人影は私のことを知っていたの。多分・・・いや絶対に私にとって大事なことだと思うのこれは!!」


灯はますますイライラしてきた。


「可能性の話をしているだけじゃない!あんたの勝手な行動でみんなに迷惑がかかるかもしれないのよ!!」


木葉も負けない


「そっちこそ可能性の話をしているじゃん!帰りたかったら灯ちゃんが一人で帰ればいいでしょ!!」


いままで口喧嘩をしたことのない二人だったがこの時ばかりはそんなことはどうでもよかった。


「あんたの可能性よりもこっちの方が高いに決まっているじゃない!!今こうしている間にもみんなが心配しているはずよ!!風哉や優達やおばさんたち、あんたのお母さん!!そして・・・!」


「お兄ちゃん・・・」小声ではあったが木葉がそうつぶやいた。


灯は言いたくなかったが思い切って口にした


「・・・そうよ、あんたのお兄さん、戒さんだってきっと今心配して・・・!」


「お兄ちゃん・・・」木葉の声はさっきよりも大きくなった


よく見てみると木葉の視線は自分の後ろを見ているようであり、その目線の先を確認してみる。


振り返ると自分たちのいる場所から約10M先に人影があった。


しかしその人影はぼんやりとはしておらず黒いニット帽、灰色のコート、茶色の靴がはっきり見えていて自分たちの方に体を向けていたが顔は見えなかった。


「お兄ちゃん・・・!」


木葉はその人物に向かってそう口にしているようだった。


「戒・・・さん?」灯は状況が全く呑み込めなかった。


そしてそのコートをまとった男は自分たちから見て左側に体を向け全力疾走でその場を離れた。


「お兄ちゃん!!」木葉が急いでその人物を追いかけようとした。


灯は慌てて木葉の腕をつかんだが、ものすごい勢いで振りほどかれ自分のもとから離れていった。


「木葉!!」灯も急いでその場を離れ木葉を追いかける。


この時木葉はとてつもなく嫌な予感がしていた。


早く木葉を連れて帰らないと、木葉は・・・


森の中では地面をかける足音が響いていた。






ガラガラガラ


職員室の扉が開けられ教師たちはその扉を開けた人物に目を向ける。


「皆さん大変お待たせいたしました。それではただいまより石櫻(イシザクラ)高校緊急職員会議を始めます。」


今回の会議の主催者である牧田(マキタ)校長がそう言いながら席に着き拍手をする


他の教師たちも待ってはいなかったがとりあえず拍手をした。


「ではまず生徒風紀の報告をはじめます。3年1組泊(トマリ)先生お願いします。」


30代後半の男性教師が立ち上がり発言を始めた。


「失礼します。私のクラスの問題児は全員で3名です。まず一人目は足立 武蔵(アダチ ムサシ)ご存じの通り赤点生徒 そして二人目、立中 勉(タテナカ ツトム)愛想が全くない 最後に3人目 水木 恵令奈(ミズキ エレナ)遅刻魔  以上です。」泊はそういうとすぐに着席をした。


「えー報告はいいのですがー、その改善策などを教えてはくれませんかね?」校長は苦笑いを浮かべそうつぶやく。


再度泊は立ち上がり発言を始める 「はい。つきましては、足立は放課後の強制居残りテスト 立中はボランティア活動 水木は家庭訪問を徹底的に実施していきたいと思っております。」


そして席に即座に着く。


真面目過ぎるとはいえこの泊の思考には少々ばかりずれが生じているようだ。


「あのー泊先生・・・」


「何か?」泊の鋭い眼光が校長の目線にくぎを刺す。


「・・・・・いえ、なんでもないです・・・」校長も観念したようだ。


「では次3年2組柏木(カシワギ)先生 お願いします。」校長は20代前半の男性教師に目を向ける。


「あ、はい」ジャージを着ているがっちりしたいかにも体育会系の男性は笑顔で報告を始めた。


「僕のクラスはー特に問題はありませんね」一瞬ファイルに目を向けたがすぐに顔を戻し報告を終わらせた。


「問題はないって一個ぐらいはあるんじゃないですか?」隣の女性教師が柏木に問う。


「うーんまあそうですね、特に問題があるわけでもないですし、まー強いて言うなら授業中に居眠りをする生徒や、うるさすぎる生徒、あと僕にため口を使う生徒がいますね。まあでも僕は別にため口でもいいんですけど。」柏木は笑いながらそう言うと、女性教師は少しにらんだ


「・・・・・あ、そういえば掃除の時にゴミが結構出ます。なんか黒い粒のようなものが。はい、以上です」柏木は早口でそういうと席に着きほかのファイルに目を向けた。


何の報告だと校長を始め他の教師がそう思っただろう、やはり新人教師は軽いんだとそう思う教師もいただろうが、本人にその自覚はない。


校長は少しため息をし話を進めた。


「じゃあ次3年3組の意思田(イシダ)先生お願いします。」校長は30代前半の女性教師に目を向ける。


「私のクラスは・・・」意思田はファイルを片手に報告を始める。


「まあ、問題といいますかなんというか・・結構ピリピリしていたりします。」


「ピリピリとは」校長が問う。


「あのー浜田 雄二君がクラスメイトと些細なことで喧嘩したりするとか。青神 風哉君が時野 木葉さんに危害を加えた生徒や加えようとする生徒を徹底的に暴行したり・・・あと、訳も分からず叫んだりする生徒もいます。」


「大変ですね・・・」自分の前の席に座っている小野(オノ)がそう言うと意思田は苦笑いをした。


「それと彼女、安藤 真紀さんなのですが、その・・・スマホを・・・」このセリフを聞いた瞬間ほかの教師たちは察した。


「あーもう言わなくていいです」校長がそういうと意思田は少し会釈をした。


「でもみんなにもいろいろ事情があるんだと思うんです」意思田は真剣な表情で教師たちに告げた


「青神君は幼いころから施設で育てられて、井上 泉(イノウエ イズミ)さんは生まれてすぐにシャドウウイルスでお母さんを亡くして、近藤 一道(コンドウ カズミチ)君は2か月前に交通事故で今入院して・・・」意思田の真剣な眼差しはほかの教師を凝視させていた。


「え?井上ってお母さん亡くしたんですか?」泊が意思田に質問をした。


「はい・・・彼女に似てとてもきれいなお母さんだったみたいでこの学校の生徒だったんです。だからこの学校に転校してきて・・・」意思田がそう言うと


「彼女のお母さん思いの性格は私も感心させられました」と牧田校長が述べた


全員の視線が校長に向けられる。校長は真顔で話しを続けた。


「3年前、つまり彼女がこの学校に入学してきたときに入学式が終わるとすぐに私のもとへ来たんです。驚きましたよ、(1年2組から1年4組に私を移動させてください!!)って真剣な表情で言ってきたんですから。」牧田校長は少し笑いながら続ける。


「もちろん私は駄目だといったのですが、彼女が手にしてあった新聞を見て心が変わったんです」


「新聞?」柏木が校長に聞き返す。


「その新聞には【シャドウウイルス第2波 都内犠牲者】と書いてあってその下に顔写真が写ってあったんです。そこには彼女のお母さんの顔もありました。」


「マジかよ・・・・」柏木がそうつぶやいた


「彼女が言うにはその母親が死んだことを受け入れたくないらしく自分の母とおんなじ1年4組に自分が入れば母親がまだこの世界に生きているような気がするから、というものらしいです。」


牧田校長は古いアルバムをめくる


「それでも最初は駄目だといったんですけどね、彼女が毎日毎日何度も何度もお願いをしてくるもんですから私も折れちゃって」牧田は笑いながら古いアルバムを開くとほかの教師たちに見せる


「確かに、そっくりだ・・・・」泊がそういうとほかの教師も賛同した。


「そんなにシャドウウイルスで亡くしたお母さんが恋しかったんですかね・・・」


「そりゃそうですよあの時もテレビでは嘆き悲しむ人たちばかりでしたもん」


アルバムを閉じると牧田に返しそれを受け取った牧田は話を始める。


「それからというのも2年に上がればお母さんがいた2年2組、そして3年になれば3年3組に移してくれって頼まれて私はそれに従ったってわけです。いやー私も甘いですね」


牧田は笑いながら後頭部に手を置いた。


教師たちはその校長のしぐさにほっこりした。


「あの日からもう18年でいまは新型ウイルス、サイレントウイルスですか・・・・全くこの世界どうなっているんですかね?」小野がそう言うとほかの教師はため息をつく。


今回の緊急会議だって今世間を騒がせているサイレントウイルスが原因で開かれたものだ。


早く収まってほしいと教師だけではなく全世界が望んでいるだろう・・・


「政府がそろそろ打開策を見つけてくれないとマジでやばいですよ。今回のウイルスはシャドウよりもたちが悪すぎます。犠牲者の数も遥かに多いし経済状況も、それに何より・・・遺体が・・・」柏木が珍しく深刻な顔をしていると


「ところで青神君のことなんですけど・・・」3年4組の教師、西村(ニシムラ)が話題を変えるために口を開いた。


「青神君ってそんな凶暴なんですか?私、青神君はすごくいい子だと思っていたんですけど」


「ですよね、彼頭もいいし顔もいいしスタイルもよくて女の子たちからものすごい人気を誇っているんですよ!!あ、もしかして暴君系王子様とかですか?」柏木が笑いながら言うと


「青神君はいい子ですそれに間違いはありません。」意思田がくぎを刺すように柏木に言うとほかの教師の方を向き「ただ彼は時野さんに執着心を抱いているようなんです、理由はわからないんですが登校時も下校時も一緒にいることが多くて、そのせいで彼女と同じ帰宅部なんだと思うんです。」


「付き合っているんじゃないんですか?」柏木がそう言うと意思田は首を横に振った「そういう噂もあったんですけどどうやらそうじゃないみたいんです。多分もっと深い事情があるんじゃ・・・」


小野は少し考えて発言をした「施設に関係しているとかですか?」意思田は小野の方を向き「おそらく・・・」と難しそうな顔をした。


「えー本当にいい子なんですか?彼」と西村が問うと意思田はすかさず助言をする「本当ですよこの前だってプリント運ぶの手伝ってくれたり、私が作った手作りクッキーをおいしいっていって食べてくれましたよ」


そう言うと柏木は小さな声で「えー?あの薄味クッキーを?彼は社会人系王子様なのか?」とつぶやいた


「なんか言いました?」意思田の視線が柏木に向けられる。


「いえ、なんでもないです」柏木をとっさに否定をした。それを見て笑う教師たち。


「ちなみに近藤君の事なんですけど・・・」意思田は教師たちの方に振り向きなおし口を開いた


「なんか、友人たちとサイクリング中に大型トラックがやってきてそれにぶつかったみたいです」と話すとほかの教師たちは驚きながら「大型って、それ大丈夫だったんですか?」と質問をする。


意思田は落ち着いた様子で、「大丈夫だったみたいですよ、体鍛えてるみたいですから。来月ぐらいに退院ですって。」そういうと席に着いた。


「鍛えてる程度で済むのか・・・」泊は心の中でそう思った。


「で改善策は?」牧田校長がそう言うと意思田はあ、そっかっといった様子で立ち上がった。


「改善策なんですけどサイレントウイルスが終息して休校が解除されたら文化祭ありますよね?」意思田は校長に問う、校長は頷く。


「そこで私たちは劇をします。」「劇?」小野が聞く


「はい、どんな劇かはその時のお楽しみです。」意思田はにやけながら席に着いた


「もし休校が解除されなかったら?」小野の問いに意思田は「リモートでします」と即答した。


「リモートってどうやってやるんだよ・・・」小野は聞こえないようにぼそる。


校長は苦笑いをし話を続ける


「では次は3年4組の・・・」






「それではこれで石櫻高校緊急職員会議を終了いたします。」


「ありがとうございました。」「お疲れさまでした。」


教師たちがお辞儀をしながらそれぞれ挨拶を交わしていく。


生徒指導である小野も自宅に帰ろうとしたときまだ席に座っている女性に目をやった。


「どうされたんですか?中井先生」小野は3年3組の副担任である中井 千恵子(ナカイ チエコ)に問いかけをした。


中井は机の前に置かれている写真を見ながら考え事をしているようだった。


見てみるとその写真は3か月前、サイレントウイルスが流行する前に生徒たちが元気に登校していた時期で開催された体育祭にて撮った写真だった。


みんなこの時はサイレントウイルスで休校になるなんて思っておらずものすごい笑顔で写真に写っていた。


「写真がどうかしたんですか?」


すると中井はその何枚かある体育祭の写真の中で一枚を手にし口を開く、


「これ・・・・おかしくありませんか?」


「おかしい?」小野は写真をのぞき込む


そこには彼女のクラス3年3組の旗を中心に囲むように並んで写っているクラスメイト全員の光景がありとても微笑ましかった。


ピースサインをする女子やガッツポーズをする男子、肩を組んだり銃のポーズや拳を他のものとくっつけたりするもの、みんなの笑顔も素晴らしく、はっきりとした黒目でこちらを見つめるものや、カラコンをしているもの、汗が目に染みたせいか目を閉じているものが多数写ってあり青春の1ページにはふさわしかった。


しかし、中井のいうおかしいという点は全く理解ができなかった。小野は中井に尋ねる


「何がおかしいんですか?」


「何がって・・・・なんでしょう?」


「は?」小野は不意に声が出た


「いや、なんか違和感があるんですよねこの写真・・・」


中井はその写真をじっと見つめていた。


「違和感なんてありませんよ、いい写真じゃないですかこれ」


小野はそういったが


「私もそう思っていたんですけど・・・なんかおかしいんですよね・・・」


小野は再度尋ねる


「おかしいおかしいじゃわかりませんよ、どこがおかしいんですかこれ?」


小野がそう言うと中井は


「その、何がおかしいかがわからないんですよ・・・」と返した。


「なんでもいいですから、早く帰りますよ今日は僕がカギ当番なんですから」


小野は呆れたようにそう言うと職員室の出入り口の方へ向かった。


中井もその写真を自分の引き出しの中にしまい小野と同じく出入り口へと向かう。






「はあ、はあ、はあ、はあ、」


灯は走った、木葉のために。自分の親友を見捨てたりなんてできなかった。


その親友は今目の前で自分の兄である時野 戒だと思われる男にまるで誘導されるかの如く後を追いかけている。


「木葉、止まって!!」灯がこのセリフを言うのは5回目だが木葉はそのセリフに聞く耳は持たずただその男を追いかけているだけだった。


暗くて視界が悪く何度もこけそうになったり、木にもぶつかりそうになったがそれでも彼女は親友のためにその足を走らせる。


しばらく走っていると目の前に空洞のようなものが見えてきた、どうやら男はその空洞の中に入っていき木葉をその穴の中に招き入れるのが目的みたいだった。


「木葉!入っちゃダメ!!」灯は先ほどのセリフとは比べ物にならないほどの大声でそういったが木葉はお構いなくその空洞に足を運んだ。


灯はその穴の前で一瞬止まったが、木葉の笑顔が脳裏をよぎり再度駆け出しその穴の中に入っていった。


「木葉、木葉!!」親友を呼ぶ声はその空洞を反響し騒音のごとく耳を刺激していった。


(こんな穴、村の近くにあったっけ?)灯は疑問を抱きつつもその穴の中に進んでいった。


どれほど足を進めたかはわからないが、前方に人影が見えた。


木葉だ


その浴衣は間違えなく木葉だった、木葉が壁の前で足を止めそこで直立していた。


灯は急いで木葉の方に向かうと木葉の前に回りこんだ。


「木葉、木葉!!聞こえる!?」


木葉は涙を流している様子のままかすかな声で「お兄ちゃん・・お兄ちゃん・・」とつぶやいていた。


「木葉!!お願いだからしっかりして!!」灯は必死の形相で木葉の肩を揺さぶる


しばらくすると木葉が目を大きくし灯の方を見た


「あ・・・灯ちゃん・・・?」いつもの木葉の様子だった


灯は歓喜から木葉を強く抱きしめた


「バカ、バカ、心配させないでよ・・・」灯は大粒のうれし涙を流した。


木葉も自分がしたことを思い出し「ごめんね・・・」と小声でつぶやいた。


しばらくし、灯が辺りを見回すと「あの男は?」と木葉に問いかけた


木葉は少し下を向き「それがね・・・消えちゃったの・・・」と答える


信じられなかったがこの穴にあの男が入っていくのは自分でも確かに確認したし他に道はどこにも見当たらなかった。


灯は少しの沈黙の後「もういいから、早く帰りましょ?」と木葉に笑顔で問いかけた。


木葉は少し考察したが首を縦に振り灯と同じく出口へ向かった


その時


後ろから小さな光が灯された。


振り返ってみてみるとその光はだんだん大きくなり木葉達を包み込んでく様子だった。


灯は驚く、なぜ急に光が!?


「同じだ・・・」木葉がつぶやく


「あの時見た夢と同じだ・・・」木葉はさらに呟くとその光に向かって歩みを始めた


「ダメ!!」灯は木葉の手を急いでつかんだ


「お父さん・・・お父さん、そこにいるんでしょ?お兄ちゃんも・・・!」


「いないわよ、木葉!!その先にあんたのお父さんもお兄さんも!」


灯は眩しすぎる光に目を閉じながらも一生懸命木葉をその光から遠ざけようとした。しかし木葉はまるで蜜にたかる昆虫のようにその光を求める。


「お父さん、お兄ちゃん・・・」木葉は何度もそう言い歩みを止めない。このままでは木葉は本当に自分の元からいなくなってしまうかもしれない、そう思った灯は渾身の力をもって木葉を引っ張る


「こっちにきなさい、この馬鹿!!」「うわっ!」


急に強く引っ張ったことにより灯と木葉は倒れてしまう。


するとその時、【カーン】とかすかに別の方向から何かの音が聞こえた。


自分たち以外に誰か・・・さっきの男か?そう灯が考えた刹那


「お兄ちゃん!?」と木葉がその音のなる方へ走っていった


「こ、木葉!!」灯も急いで立ち上がり木葉の後を追う


しかしその追いかけっこはすぐに終わった。


細くてよく見えない道へ入るとそこに木葉がしゃがみ込んでいた。


「・・・何してるの?」灯が尋ね近づくと木葉は立ち上がり


「これ・・・」といってあるものを灯に見せた


缶コーヒーの空き缶だった


灯はなんだと思いその缶コーヒーの空き缶を手でつかむと後ろへ放り投げた


・・・・・・・音がしない


二人は後ろを振り向く


そこには自分たちが先ほど投げた缶コーヒーの空き缶を片手でキャッチしコートをまとった男が立っていた。


灯は固まった。


木葉はその男に向かい口を開く「お兄ちゃん・・・お兄ちゃんなの!?」


その言葉で灯は体の自由がきき、木葉を抱きしめる。


「あんた、一体何なの!?何が目的!?」灯の震えが木葉にも移りまるで二人とも震えているようだった。


するとその男はもう片方の手を前に出し指を見せた


体の震えがより強くなる灯


男はその指をパチンとはじかせた。


その音は反響して灯たちの鼓膜を振動させる。


・・・何も起きない・・・


そう思ったが後ろから光が漏れてきた


振り返ると先ほどの光よりかは小さいが自分たちの背丈ほどのに広がった光がそこに出現した。


(どういうこと・・・さっきの光といい、この光といい、今私たちは何を見せられて・・・)


その時自分たちの前に気配があった、顔を元に戻すとその光を出現させたであろう男が自分たち目の前にいた。


距離にして7、8Mぐらいあったはずなのに足音すらも鳴らさず一体どうやって・・・


そう思った瞬間


ドンッ


その男が木葉と灯を押し光の中へと押し込んだ


まるでスローモーションのような感じだった、例えるなら暗い空間から別世界にゆっくりと移っていくようなそんな感覚。


自分たちの目の前ではその男がいる洞穴の空間が閉じようとしていた。


あともう少しで空間が閉じるときにそのコートの男は木葉と灯にこう言った


「頼んだぞ・・・」


二人は光の中へと落ちていった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る