影と無音

カツンコツンカツンコツン・・・・


その足音は鉄の地面を、蛍光灯がなければ通ることのできない廊下を響かせていた。


カツンコツンカツンコツン・・・・


その足音は囚人たちの檻の前を通り過ぎた。囚人たちはぐったりしている様子だった


カツンコツン


足音が止まった。とある囚人の前で


檻の中を見るとまるで曇り空のように濁った灰色の髪、雪のように白い肌でボロボロの囚人服を身に着け壁に寄りかかっている痩せこけた男がそこにいた。


看守は告げる「食事だ・・・」


ボトッっとその男の檻の中に何かが投げ込まれた。


その囚人がそれに目を向けると囚人はまたかと思った。いかにも弾力のありそうな物質、手鞠程度の大きさ、薄明りに照らされてよく見えないがおそらくこれは黄色だろ・・・・この物体を見るのはこれで何回目だ。数えきれないほど見る物体だ、というよりも数えたくない


「いらん、片付けろ・・・」囚人はそうつぶやく


「いいから、喰え。そのお前のプライドがお前自身を縛り付けているんだ。喰って忠誠を誓えばここから解放してやってもいい・・・」看守はそういった


囚人は看守の方に目を向ける「何度も言わせるな、片付けろ・・・」その目は看守をにらんでいた。


その時横の檻から鉄格子に近づく足音が聞こえた。


ガシャン!!「だったら俺にくれよ!!どうせ捨てちまうんだろ!?俺にそれくれ!」


横の大柄の囚人はまるで獣のような目つきと涎を垂らしながら看守に悲願した。


「はしゃぐな、24番 貴様のその強欲さが今の貴様を蝕んでいるんだ」看守は虫けらを見るような目で横の囚人にそう言った。


「・・・・・好きにしろ、忠誠を誓わなければ貴様は消えるだけだ・・・・」看守はそう言い残し暗い廊下を通り過ぎて行った。


灰髪の囚人は小さな鉄格子から見える空を眺めた。よどんだ黒い空この光景も嫌というほど眺めた。


しかし男はこの空が嫌いではなかった、むしろ好きな方に属すぐらいだ。この空を見ているうちは自分の信念をまだ捨てていないという証拠なのだから。


隣の監獄では先ほどの囚人がその球体を灰髪の男に悲願している。


その反対の方では何の音も聞こえてこない。1か月ほど前は鼻歌や本を読む音そして灰髪の男と雑談などをしていたが今はまるで誰もいないかのように無音だ。いや誰もいないのだろう


やつは消えたんだ・・・


男はそう思うと洗面台に行き顔を洗った。何度も何度も何度も


しばらく洗い続けると男は蛇口を止め自分の顔から滴り落ちる水滴を顔を下にしながら眺めていた。


もうすぐ、もうすぐで・・・すべてが終わる・・・この長かった争いに終止符を打つことができる・・・男は不気味に笑みを浮かべると先ほど看守が放り投げた球体を手に横の壁に向かってボロボロになって崩れたわずかな隙間に球体を押し込んだ。


するとまるで野獣のように横の囚人がその球体にかぶりつき自分の食欲を満たした。


このやり取りをするのも残りわずかだ・・・男はそう実感していた。


「待っててくれ親父。あんたの無念は俺が晴らす」


闇が支配する空間で灰髪の囚人は独り言を言った。








パンッ!!


「これで5匹目、もうどんだけいるのよー」夢菜が蚊を潰しそう言った。


「祭りらしくていいじゃない。なんか和風って感じで」灯は虫よけスプレーを夢菜に渡す


「あんたはいいのよ田舎育ちなんだから。っていうかなんであんた浴衣じゃないのよ!」一通りスプレーを体にかけた夢菜が灯に問う。


「しょうがないじゃない浴衣2着しかなかったんだから」灯は夢菜と浴衣を着ている木葉を交互に指さし答えた。


「二人とも似合ってるぜ」雄二が後ろからそういってきた。


「ほんと?ありがとう」木葉はキャッキャと喜ぶ。さすがは田舎娘、浴衣とのコンビネーションは抜群だと夢菜は改めて思った。


その時木葉は急にけげんな表情をし口を開いた「にしてもさ、何で優君と真紀ちゃん来なかったんだろう?」残りの4人に疑問をかける


「優は寝不足、真紀はMy tubeでお気に入りのMy tuberが最新動画を出すから誰よりも早くコメント打ちたいんだって」灯が木の葉の疑問を解消させる。


「My tubeって・・・外でもできるだろ・・・」という雄二に「あの娘ガチ勢だから」と夢菜が告げる。


「でも確かに優君はなんか体調悪そうだったもんねー、午前中の川遊びも昼頃のサイクリングもなんかふらふらしていて危うくこけそうだったもん」木葉は今日の出来事を思い出しながら言葉にした。


「優は優しいからあんたに喜んでもらおうと無理に振舞っていたのね」と灯は苦笑いをする。


「わりい・・・」風哉がボソッと呟いた。「え?なんで風君が謝るの?」木葉が風哉の方を見る。


「・・・俺があいつを起こしたから・・・」そう風哉は返答した。


「あー見えてきたよ、鷁霊祭り!!」灯が前の方に指を指す。


その指先を見てみると遠くではあったがオレンジ色と黄色の光が点灯していた。


そしてわずかだが太鼓の音が聞こえてくる。


近づくにつれて光はより輝き音はさらに響き人の笑い声なども聞こえてきた。


田舎だからということもあったせいか5人とも心が高まりここに来てよかったと感じている。


今この世界がサイレントウイルスが拡大し危機的状況が生じているなんて実感がわかなかった。


いやむしろサイレントウイルスがあったからこそ、この鷁霊祭りが開催されているのだと考えてもいた。


しかしサイレントウイルスには誰も感謝はしない。するわけがない。当たり前だそのせいでおじさんは・・・灯は首を横に振った。


あと200メートル進めば祭りに到着できるところで雄二が言った


「っしゃ!!競争だ!最下位のやつはみんなにかき氷おごりな!」そういうと雄二は鷁霊祭に向かってダッシュをした。


「あーずるい!」「待ちなさい!!」「そうはさせないぞ浜田」「ちょっと雄二、あたし草履なんだから!!」3人の女性と1人の男がそう声を出し一斉に祭りに向かう


この一瞬は恐らくこれから何年たっても忘れることはないだろう


5人はそう思った。




「あ、すいません消毒をお願いします。サイレント対策ですので」


5人は祭りの入り口で止められ消毒液を手に出された。


どうやらかき氷の件は無効みたいだ。


雄二は顔を赤くしながら消毒液を手に塗りたくった。


他の4人は笑いをこらえるのに必死だっただろう。この瞬間も忘れることはないと4人は確信した。


5人は消毒液で万全の対策をした後【鷁霊祭】と大きく書かれている門をくぐり祭りに参加すると祭りの様子をその場で止まって見物した。


多数の出店、人々の笑い声、暗い夜を彩る提灯、かすかに聞こえるセミの鳴き声、祭りの中心の高いところに設置されている太鼓。その太鼓では2人の男が上半身を裸にして汗をかきながら叩いている。


5人は自然と笑顔になり歩みを始めた




「祭りが始まる!!!」






「・・・・・・・」真紀はイヤホンをしスマホに向かって顔を向けたままじっとしている。


「お姉ちゃん何してるの?」すずがそういっても真紀は返答しない。聞こえてはいるが無視をしているのだろう。


「こらすずお姉ちゃんの邪魔しないの」おばさんはすずをテーブルの方へと連れていく。


昭は優と同じように優の横で寝息を立てていた。


大きくなった男子高校生と自分の息子が仲良く眠っているところを見るとおばさんは自然と笑みを浮かべた。


笑みを浮かべたままテーブルに座ると向かいの席におじさんも腰を掛ける


「で、どうなんだ?おねえさんの容態は?」おじさんはおばさんに真剣な表情で質問する。


「徐々に回復はしているみたい、このまま順調に回復していけば退院も夢じゃないだって」おばさんがそういうと「そうかそれはよかった。」とおじさんが安心した。


安心したからかおじさんは湯飲みのお茶を一口飲む。


「しかし・・・いつになったら終わるのかしらね。サイレント・・・」おばさんが少し暗い表情でそう口にした。


「・・・・まあ一応政府から一人20万の給付金が出ているんだから金銭的にそこまで心配は・・・」


「何言ってんのよ!お金どうのこうの問題じゃないわよこれは!」おじさんの発言におばさんは少し声を大きくした。


それを横で見ていたすずは察したのかその部屋を出ておばあちゃんの部屋へ向かった。




「早く終わってくれないとすずも、昭も勉強まともに受けれないし、それに・・・木葉ちゃんたちが・・・」おばさんはお茶の入った湯飲みを両手で触りながらそう言った。


「木葉ちゃんたち来年卒業でしょ?このまま終息しなかったらヤバイわよ?」


おじさんは何も言えず黙ってそれを聞いている。


「木葉ちゃん笑顔で振るまっているけど内心とても悲しんでいるのよ、お母さんのことやお兄さんのことも」その発言に対しおじさんは


「お兄さんって、さっきの飯の席で言ってた戒君って人のこと?」とおばさんに投げかけた


「あ、そうかあなた知らなかったのね」おばさんはお茶を一口飲み海外出張から去年帰国してきたばかりの夫のために話を始めた


「木葉ちゃんのお兄さん、時野 戒(トキノ カイ)君はね3年前に家出したの」おばさんが悲しげにおじさんに教えた。


「え?家出」驚きを隠すことができない夫にその妻である女性は続けざま話す。


「姉さんが家に帰るとねテーブルの上に戒君の文字で【今までお世話になりました お元気で 木葉をよろしく】って書いてあったの。姉さんもうパニック状態で警察に何件も電話して1週間聞きこみとか戒君が行きそうな場所ひっきりなしに探したの。木葉ちゃんも一生懸命探していたわね。わんわん泣きながら、私や兄さんや灯ちゃんたちも」


おばさんの目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「(あの子は絶対に家出なんかする子じゃありません!!きっと誘拐されたんです!!)って姉さん


警察の人に激怒しながら言ってたっけ・・・警察の人は20歳の男なら家出してもおかしくないって姉さんを落ち着かせてようとしていたんだけどそれでも姉さんは血眼で探していたわ。」


おじさんは初めて聞く情報に唖然としていた。


「それからだったわね・・・姉さんの容態が悪くなったの、戒君を探して帰ってきたら急に倒れてさ救急車呼んでその日からずっと入院しているの・・・あの日から3年か・・時の流れって怖いわね」


おばさんは少し笑った。


「そんなに戒君が大事だったのか?」おじさんがおそるおそるおばさんに問う。


「そうね。ずいぶん可愛がっていたからね。・・・・御兄さんに似ていたからだと思うわ・・・」


おばさんは自分の姉とその旦那が結婚式で笑顔で写真を撮っている姿を思い出した。


自分も早く姉さんたちみたいに結婚したいと思っていたけど。その結婚式には御兄さんはいなかった・・・


あの時笑顔でおめでとうと言ってくれた姉がいまだに病院のベットで横になって、満面の笑みで拍手を送ってくれた甥の戒君が行方不明になり、スピーチを言ってくれた兄がサイレントウイルスで死にこの世にもういないなんて信じろという方が無理な話だ。


おばさんは目に手をあてる。


「私ね、怖いの・・・また悪夢が再来するのが・・・・」


その言葉を聞いた瞬間おじさんも思い出してしまった・・・


本当は思い出したくなかったんだが未だにあの悪夢が忘れられない・・・


【新型シャドウウイルス 死亡者都内1日で200人超え】


こういうテロップを社会人になったばかりの自分は何度もテレビで見ておりそのたびに就職難に陥ってた。


ウイルスに恨みを持っても仕方ないがその発生源が不明というのが自分だけではなくほかの人類すべてを不安と恐怖に招いていた。


2か月ほど前に突如現れた新型「サイレントウイルス」犠牲者は約20年前のシャドウウイルスを超える300人という犠牲者をたたき出した。


人間のすぐそばに潜んでいる影ではなく音もなく人間を襲うウイルスが大流行するなんて2か月前は思いもしなかった。


そして自分たちが今この自分の妻の実家にいるのもそのサイレントウイルスにより唯一感染者のいないこの田舎でほとぼりが冷めるのを待つためだ。


おじさんは掴んでいた湯飲みの手を強く握る。


「心配するなよ、根拠はないけどきっと大丈夫だ」


男は笑顔で自分の妻にそう優しく告げる。


女もその笑顔を見て涙を拭き「そうね」と言葉にした。


男は自分の妻に感謝をしている。シャドウウイルスにより就職が難しくなっても一生懸命就活活動をしやっと入ることのできた会社でミスばかりをする自分を慰めてくれた恩人だ。


その甲斐があったせいか出世をし人望も厚くなり結婚もできた。今は二人の子宝に恵まれ。形はどうあれ安全な場所でかねてから夢だった田舎暮らしができる。こんなに幸せなことはない。


男は再度心の中で決心をした。


守っていこう。この家族を自分の手で。ウイルスなんて追い返してやる!!


おじさんは湯飲みのお茶を一気に飲み干しテーブルに勢いよく置いた。


「よーしそうときまれば、俺も祭りに行っちゃおうかな。木葉ちゃんたちの保護者として」おじさんは笑いながらそう言った。


「お願いするわ」おばさんは微笑んでお願いをした


「え?マジでやったー!じゃあ行ってきます!すずーお前も行くかー?」


子供みたいなテンションで自分の娘を祭りに行かせようとする旦那をおばさんはその場で見送った


第3者から見ればこれが理想の家族というものなのかもしれない。おばさんは湯飲みを洗おうと椅子から立ち上がった。


湯飲みを洗い終え優と自分の息子昭が布団を蹴散らして寝ているのを確認すると布団をかけなおし


仏壇の前へと足を運んだ。


ろうそくに火を灯し線香を仏壇に供えると手を合わせ拝みを始めた。


拝み終えると正座を解き上に飾られている自分の兄の遺影に目をやった。


「・・・・・兄さん・・・今・・・どこにいるの?」

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