第2話

 それから1ヶ月後、私は帰省した。


「ただいま」


「おかえり。あれ? ひとり?」


エプロンで手を拭き拭き迎えてくれた母は、私の後ろをキョロキョロと人を探すように見ている。


「うん」


「凛太郎くんは?」


「来ない」


「都合でも悪くなったの?」


「……別れた…から」


声を詰まらせて涙をこぼす私を、母はそっと抱き寄せて、頭を撫でてくれる。私より小さいのに、腕を伸ばして、何度も何度も。


 その後は、何事もなかったかのように、父にも兄にも何も言わず、いつもの夕食を食べ、家族団らんの時を過ごした。


 私が、お風呂から上がると、母はリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。


「菜月、おいで」


テレビを消した母は、私を手招きした。


「何?」


私がソファーに座ると、母はグラスに冷たい麦茶を注いでくれた。


「凛太郎くんと何があったの?」


私のSNSを見てる母は、早くから凛太郎とのことを知っていた。父や兄には言ってないらしいけど。だから、今回の帰省の時に、凛太郎を連れてくるようにって、凛太郎の分の交通費まで送ってくれた。


「友達が、他の女の子と歩いてるとこを見たって言うから問い詰めたら、逆ギレされて別れようって。井の頭公園のボートに乗ったのがいけなかったのかな」


ボートに乗ってる写真をSNSに載せたら、みんなから教えられた。あそこのボートは乗っちゃいけないって。カップルで乗ると、弁財天さまが嫉妬して別れさせるってジンクスがあるって。


「お母さんも、独身の頃、あそこのボートに乗って別れたことあるなぁ」


「えっ?」


「お父さんには内緒よ」


お母さんはクスリと笑って、人差し指を口元に当てた。


お母さんは、若い頃、東京に住んでたことがあるって言ってたけど、彼氏がいたなんて初耳。


「でもね、それで良かったんだと思うの」


「なんで?」


「多分ね、この人とは一生、添い遂げる人じゃないよって弁財天さまが教えてくれたんだと思うのよ」


でも、私は凛太郎とずっと一緒にいたかった。


「今はね、まだ分からないかもしれないけど、将来、きっと分かる日がくるわ。だって、あの時、お母さんがその人と別れてなければ、あなたはこの世にいないのよ?」


っ! そっか。


「お母さんは、お父さんと結婚して良かった?」


その別れた人じゃなくて。


「もちろん。お父さんとなら、きっと、あのボートに乗っても、別れないと思うわよ。菜月も、弁財天さまが、この人なら大丈夫!って言ってくれる人に、必ず出会えるから。お父さんとお母さんみたいにね」


「うん」




弁財天さま

凛太郎とのこと、弁財天さまのせいにしてごめんなさい。今度は、浮気なんてしない、私だけをちゃんと思ってくれる人を見つけますね。



─── Fin. ───




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