第21話 開幕前夜
2020年3月19日(木)。
ジュピターズの選手たちが練習を終え、ロッカールームに集まった。
「ついに明日、女子プロ野球が開幕します。リーグとしても11年目、新たな10年のスタートです。必ず結果を出して2連覇を成し遂げましょう!そして何より、お客さんに楽しんでもらえる野球を目指して日々精進しましょう」
監督の祥子が、いつもと変わらない、淡々とした低い声で選手たちに呼びかけた。選手たちの表情は様々で、明日の開幕が待ち遠しい者もいれば、不安で頭がいっぱいの者もいるといった様子だ。
「美紀、明日に向けて一言お願い」
祥子の一言で、キャプテンを務める美紀が静かに立ち上がった。
「ついに明日、11年目が開幕します。私はリーグ1年目からずっとプレーをしてきて、歴史のすべてを見てきました」
いつもはじける笑顔が素敵で明朗快活な美紀の目には、すでに熱いものがこみ上げて来ていた。その横顔を静かに見つめる奈緒。奈緒は昨シーズン美紀と二遊間を組み、ずっと試合中の美紀の顔を見てきたが、こんなに深刻な表情の美紀を、奈緒は見たことがなかった。
「毎年なかなかお客さんが入らなくて、もしかしたら今年で終わっちゃうんじゃないかって毎日のように思ってました。ずっと不安でした。でも、2020年のシーズンを迎えることができて、本当に幸せだなって思います」
美紀の言葉に、大きく頷きながら聞き入るジュピターズナイン。涙を必死にこらえる美紀よりも先に、泣いてしまう選手も数人見受けられた。
「イースタンリーグ優勝、そして日本一が目標なのは言うまでもありません。でも、私たちにはもう一つ、大きな使命があります。今後の女子プロ野球が発展し続けるためには、もっと観客が増えないといけません。そのためには、勝つためだけではなく、ファンの方々に見ていて楽しいと思ってもらえるプレーがもっと必要です」
話している途中で、美紀はついに涙をこらえられず、一気に泣き出してしまった。それを見てもらい泣きする選手一同。昨シーズン日本一を達成しても涙をほとんど流さなかった選手たちが、まだシーズンが開幕していないにもかからわず大泣きしている。もしかすると、彼女たちの淡々とした野球に、ようやく血が通いは自前た瞬間なのかもしれない。
しばらくして、一人の選手が話し出した。清子だ。
「私がプロに入った時は、すでにリーグは存在していて、感謝とか特に何も考えずにプレーをしていました。野球さえしていればいいんだと思って、ファンを大切にする気持ちを全く持っていなかった気がします。ファンどころか、チームメイトのことも全然大事にすることができていなかったです。ファンあってのプロ野球、選手あってのプロ野球ってことを完全に忘れていました。今こそ野球ができることに感謝して、愛で溢れた野球がしたいです!」
清子は号泣してくしゃくしゃの顔でゆっくりと語った。
「みんな!もちろん優勝は最大の目標なんだけどね、わたしにはもう一つ大きな夢があるの」
涙で前がほとんど見えないジュピターズの選手たちが、祥子に注目した。
「満員の球場が見たいの!」
祥子は満面の笑みで叫んだ。
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