第20話 VS育成チーム③

試合は終始フェザンズペース。3回表には片山のホームランもありフェザンズは一気に4点を先制した。先発の一文字は4回を投げて初回の四球以外はパーフェクトに抑えた。


そして最終回。マウンドに立つのは、高卒2年目の今村佳那子。すでにアウト2つを取り、対する打者は美紀。日本代表で、昨シーズン4割を打った打者からアウトをとれば、佳那子にとっては非常に大きな自信になる。


初球は内角のストレート。まだ公式戦ではないが、文字通りの真剣勝負である。

そして、2球目。


(コンッ)


力ない打球が、捕手の前に転がった。美紀らしくないキャッチャーゴロだ。


育成チームに対して、よもやの完封負けを喫してしまったジュピターズ。観客は総立ちで、フェザンズのチームカラーであるピンクのタオルを振り回す。


「おおおおお勝ったぞおおおお」


「すごいぞフェザンズ!もう全員昇格でいいんじゃないか!」


フェザンズの選手たちも、全国制覇をしたかのように喜び、抱き合っている。昨年の日本一のチームに完封勝ちをしたのだから、全国制覇と言っても過言ではない。





この試合で明らかになった、育成チームとトップチームであるジュピターズの応援の差。フェザンズの選手は昨年・一昨年のインターハイで大活躍した選手ばかりで、高校野球ファンにとってはまさにオールスターといったところだろう。

特に今年はトップチームに入団した高卒選手がかなり少なく、ジュピターズの未央奈以外では、大阪大安高校で未央奈とバッテリーを組んでいた矢野優(やの ゆう)が大阪ウラヌスに入団しただけである。

昨年度入団した選手、つまり今年高卒2年目を迎える選手が軒並み低調な成績に終わってしまっていることもあり、1年目からトップチームに行くことを避ける選手が急増してしまった。


そういった事情もあり、今年のフェザンズは逸材だらけのチームになった。

女子高校野球は近年非常に注目されており、インターハイの観客数は年々倍増している。更に、開催地でありながら地元の高校に女子野球部が全くなかった兵庫県大豆市に、2017年についに女子硬式野球部が誕生した。佳那子の母校である丹波大学附属高校だ。特に今日はその兵庫県大豆市からの観客が非常に多かった。


「ベストメンバーではないとはいえ、昨年優勝したはずの私たちが育成チームに負けました。この事実をどう捉えるか。私は何も言わないわ。別に呆れてものが言えないわけじゃないのよ。いいプレーもたくさんあったし、ガッツあふれる姿を見られたと思うわ」


祥子はいつものように、選手たちに自分たちでの反省を促した。彼女は決して選手より先に自分の意見を表現することはしない。チームの長である監督が表現したことは、たとえ間違っていたとしても絶対的な答えになってしまいがちである。


選手たちは勝って当たり前の試合を落としてしまったことで、かなりどんよりしてしまっている。今までトップチームが育成チームに負けた事例というのは全くなかった。育成チームの制度ができてから5年、毎年キャンプの時期にこのような形で試合を行ってきたが、全てトップチームが勝利を収めていた。


「正直、これはこの試合だけの差じゃない。キャンプの差だけでもない。今まで野球をしてきた姿勢の差だと思います」


奈緒が重い口を開いた。


「正直、ジュピターズの野球には『感謝』とか、喜びとか楽しさとか、そういうものが全然足りないと思います。練習中はちょっと雰囲気よくなったけど、試合になると今日みたいなことになるでしょ。本当にどうにかしないと。去年勝てたのは偶然だって言われますよ」


普段滅多に深刻な表情をしない奈緒の言葉に、全選手が言葉を失った。中には黙って涙を流す者もいる。


「今年からジュピターズに来た子とか、この状況を何とかしたいと思ってくれてる子が必死にチームの雰囲気を盛り上げようとしてくれてるのを、レギュラーの子たちが知らん顔でしてたり面倒くさそうに見てたりするんだよね。『野球に笑顔はいらない』なんて思ってるのかもしれないけど、今日で分かったじゃん。今年は笑顔なしじゃ勝てないんだよ。野球を楽しんだ人が勝つんだよ…」


主将である美紀が、号泣しながら語る。新監督のもと、キャンプでチームの根本的な雰囲気を改善しようと必死に努力を続けてきて、一番大変な思いをしたのは間違いなく美紀だった。チームの雰囲気がなかなか変わらず、ついにここで気持ちが爆発してしまったのだ。美紀は立ち上がることができないほどに涙を流し、他の選手も彼女に心を打たれ、同様に泣いてしまった。


この涙がジュピターズに大きな変革をもたらし、うれし涙に変わることを期待しながら、祥子は静かにグラウンドを去った。


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