第18話 VS育成チーム①

2月26日(水)。


本日は今シーズン2回目の対外試合が行われる。相手は千葉フェザンズ。主に高卒1〜2年目の選手が所属する、育成専門のチームだ。残念ながらドラフトで本指名を受けられなかった選手たちが所属しており、選手にとってはこのチームへの入団自体を”不名誉”とする者もいる。

育成指名のみで本指名を受けられず急遽進路を大学進学に切り替える選手もたくさんおり、「どの形態でもプロが全員の憧れの対象」というわけないようだ。

実際に男子プロ野球でも、育成ドラフトでしか指名がなかった選手が入団を拒否するケースが見られる。


そんな選手たちがトップチームへの昇格を狙うため、目の色を変えて挑む試合。それが今日の試合なのだ。

毎年フェザンズはキャンプの期間中にジュピターズか東京サタンズとの練習試合が組まれており、トップチームと実際に対戦する機会はこれ以外にほぼない。ここで結果を残せば昇格に大きく近づくため、一部のファンの間では「女子プロ野球で最も熱い戦い」とも呼ばれている。


「フェザンズの選手は昇格したいという一心で私たちを倒しに来ます。練習試合とはいえ、本気でいかないと負けるわよ。キャンプでの対外試合はこれが最後だから、しっかり戦ってね。一人ひとりが勝つために何をするか。考えてプレーしましょう」


このキャンプで最も力のこもった祥子の言葉に、選手たちの表情も一気に引き締まる。


「でも、野球が楽しいんだってことは絶対忘れないでね。怖い顔はダメよ。ファンが逃げちゃうわよ」





12時40分。選手たちがグラウンドに集合した。それぞれがウォーミングアップを始める。ブルペンでゆっくりと肩を作っているのは、本日の先発である未央奈。

フェザンズには、高校時代に未央奈に抑えられてインターハイ優勝の夢を絶たれた選手がたくさん所属している。彼女に憧れて対戦を望んでいる選手もおり、未央奈はまさに同年代のスターなのだ。


「あ、あれ後藤選手?わー本物だ!すごい!」


そう言ってポニーテールを揺らして飛び跳ねながら喜んでいるのは、フェザンズに所属する外野手、片山美沙(かたやま みさ)。彼女は女子硬式野球インターハイの1回戦で敗れ、未央奈との対戦が叶わなかった選手の一人だ。同学年でありながらスター街道を順調に駆け上がる未央奈を崇拝し、部屋には彼女のポスターを飾るほどである。

同じプロ野球に所属している以上は、ライバルとして「打倒未央奈」の看板を掲げて反骨精神で練習に励んでもらいたいが、目の前のスターに呆然と立ち尽くすしかなかった。


「感動してる場合じゃないでしょ、後藤選手はライバルなんだから。倒さないといけない相手なんだから」


冷静に美沙に声をかけるのは、フェザンズ2年目の捕手、牧沙織(まき さおり)。彼女は2018年のインターハイで未央奈と対戦した経験があり、3打数3三振に終わっている。それ以来沙織は、プロに入ったら必ず未央奈からヒットを打ってやると必死に練習に励んでいるが、昨シーズントップチーム昇格には至らなかった。

女子プロ野球リーグのルールでは、6月末まではシーズン途中での昇格の可能性があり、沙織はキャンプ中からすでにアピールを続けている。


「でもサオさん、後藤選手は私たちのあこがれの的なんですよ。彼女が履いているスパイク、私たちの学年の選手はみんな真似して履いてます。すでにレジェンドなんです、あの人は。プロでも大活躍間違いなしですよ。今のうちにしっかり見ておかないと」


未央奈は女子高校野球界では伝説とされている選手で、インターハイの後に対戦相手の選手がサインを求めて列を作ったほどだ。もちろん同年代の選手以外からの人気も絶大で、数多くの高校野球ファンから握手を求められ、練習試合にもガードマンが帯同する事態となった。

そんな未央奈と対戦ができることが、美沙は嬉しくて仕方がないのだ。





本日の練習試合のスタメンが発表された。ジュピターズのスタメンは、前回の練習試合とは違って、控え選手中心のメンバーだ。


1 京極  中

2 烏丸  一

3 北口  三

4 古崎  捕

5 西畑  二

6 石橋  D

7 佐久本 左

8 岡本  遊

9 皆川  右

P 後藤


対するフェザンズは所属選手のほとんどが10代ということもあり、女子高校野球のようなフレッシュな雰囲気に包まれている。


1 片山 美沙 中

2 津村 瞳美 二

3 八事 桜良 三

4 籾井 聖歌 一

5 牧 沙織  捕

6 工藤 昌美 右

7 服部 美菜 左

8 袴田 恭子 遊

9 須田 真央 D

P 一文字 七瀬


昨年のインターハイで話題になった選手もたくさんスタメンに名を連ねており、女子高校野球ファンにはたまらない陣容になっている。実はフェザンズの試合の観客動員は、時折トップリーグをしのぐことがあるのだ。若い選手が多いからだろうか、男性客が圧倒的に多い。時々選手が恐怖を感じることがあるらしいが、そこはプロ野球、かなりの数の警備員を配置し、あらぬことが起こらないように徹底されている。

今日も、平日の練習試合にもかかわらずたくさんの観客が通葉市民球場に訪れた。


「ひとみちゃああん!期待してるぞおおおおお」


「きょうこおおおおおおお」


「さくらさまああああああ」


野太い声が球場に響く。


「何かすごいね…?昭和でいうところの『親衛隊』ってやつ?」


祥子が半ば呆れた表情で3塁側内野スタンドを見つめた。


「ファンの方が応援してくれるっていうのは嬉しいですけど、あそこまで行くと怖い気もします」


美紀もファンの熱さにドン引きしているようだ。


「私、去年フェザンズにいましたけど、あんなに応援してもらったことないですよ!ひどい!確かに今年のフェザンズの選手はみんあ可愛いですけど、それにしてもひどい!」


華が野球とは別の部分でジェラシーを燃やしている。今日の華には期待ができそうだ。

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