第10話 シーズン初戦⑤

4回から6回まで、両チームともに一人のランナーを出すこともなく無得点。スコアは4-1で最終回の攻防を迎えた。


7回の表、サタンズの攻撃は7番の三田真理子(さんだ まりこ)から始まる。マウンドに上がったのは攻撃中は三塁コーチャーを務める土狩純菜。祥子と同期入団・同年齢で入団以来セットアッパーとして登板し続け、市村→土狩のリレーはジュピターズ勝利の方程式として投手陣を支え続けた。昨シーズンも30試合に登板し、35歳という年齢を全く感じさせない活躍を見せた。体のケアの知識がチームで一番豊富で、若い選手にもアドバイスをしている。


第1球。彼女の代名詞である内角をえぐる高速シュート。右打席に立つ三田の胸元にキレのいいボールが決まった。純菜は入団時はストレートは115km/hほどだったが、入団以来球速が伸び続け、昨シーズンは123km/hのストレートを投げたこともあった。徹底的に鍛えられケアされた体は衰えることを全く知らず、今シーズン35歳を迎えるが未だに進化し続けている。


2球目、3球目とストレートを続けて、カウントは2-1。


(よし、今年から練習してるスローカーブを試してみよう。去年は投げたことなかったから、向こうにもデータはないはず…)


智子はスローカーブのサインを出した。昨シーズンが終了した直後に練習を開始したばかりの新球。今まで速い球ばかりを投げてきた純菜に、智子が緩い変化球を覚えてはどうかとアドバイスをしたのがきっかけで、純菜はキャンプでも毎日居残りでブルペンに入り続けた。


純菜は一瞬戸惑った表情を見せたが、大きくうなずき、セットポジションに入る。純菜の鋭いまなざしに、公式戦さながらの張り詰めた雰囲気が球場を覆う。そして、純菜は足を上げ、投球モーションに入った。


(え、カーブ?このピッチャーこんな球持ってたっけ?え?)


三田は全く予想していなかった球種に完全にタイミングを狂わされる。昨年までの10年間、純菜の球種はストレートとシュート、フォークのみ。それぞれのコンビネーションで、並み居る強打者をアウトにしてきた。まさかここまでこれだけ結果を残してきた超ベテランの投手が、新たな変化球を取得していると誰が予想できただろうか。


「ストライ――ク!バッターアウト!」


83km/hのスローカーブは外角いっぱいに決まり、見逃し三振。驚きのあまり、三田はバットを出すことができなかった。


「ナイスボール!」


智子の今日一番の大声がグラウンドにこだまする。昨年の防御率1.12の大投手が新しいことに挑戦する姿は、ジュピターズの若い選手たちに大きな刺激を与えることだろう。


その後もスローカーブと高速シュートの絶妙なコンビネーションでサタンズ打線を三者凡退に抑えた純菜。


「純菜さんナイスピッチです!ファーストから安心して見てましたよ。めちゃめちゃ落ちてましたね、カーブ」


ジュピターズの2年目の一塁手、呉竹雫(くれたけ しずく)がニヤニヤしながら純菜とハイタッチ。先輩の頼もしい姿に、思わず笑みがこぼれた。


「まあ、練習試合だから。初めてでしょ、私のスローカーブ見るの。そりゃ抑えて当然よ。次の対戦から向こうも対策してくるだろうし、そこが勝負ね」


純菜はいつものクールな表情でマウンドを降りた。






7回裏、ジュピターズは2番の荒神清子(あらがみ せいこ)から攻撃が始まる。彼女は高卒でジュピターズに入団して5年目の三塁手で、昨シーズンは全60試合に出場し、打率.288、本塁打1本、39打点の成績を残した。勝負強い打撃が魅力で、チーム2位の打点。美紀が驚異的な打点を残したこともあり2位に終わっているが、例年なら打点女王になってもおかしくない数字である。



相手投手は6年目のサウスポー、陣内美穂(じんない みほ)。清子は昨シーズン陣内と5度対戦し、5打数5安打6打点と完全にカモにしている。


(去年めちゃくちゃ打ったから、リラックスして打席に入ろう。来た球打てば多分大丈夫でしょ)


清子は昨年の相性の良さもあり、特に何も考えず打席に入った。実際昨年は5本とも体の反応で打ったような形で、今年も同じようにすれば打てるだろうと、少々安易に考えている。


初球、膝元にスライダーが決まり、カウント0-1。昨年よりもしっかりと制球されたボールに、少しだけ驚いた清子。


(去年はあんなに際どい球来なかったよね…まあ偶然か)


2球目、外角いっぱいにストレートが決まる。これも昨年よりも精密にコントロールされた球だった。


(あれ、陣内さん去年よりコントロールよくなってる?気のせいかな。陣内さんなら絶対次の球は外してくるだろうから、1球待とうっと)


第3球。清子は昨年までの陣内の傾向なら必ず大きく外れたボール球が来ると予想し、全くバットを出す気がなかった。しかし、


(え、3球勝負!?しかもめちゃくちゃいい球…)


びっくりして思わずバットを出したが、完全に振り遅れ。いわゆる「着払い」の状態になってしまい、スイングアウトの三振。


(わあ、去年とぜんぜん違う、完全になめてた…)


「清子、陣内が去年のままだと思ってなーんにも考えてなかったでしょ。びっくりしてる間に三振しちゃったって感じね」


祥子は少し険しい顔をしながら清子に近づいてきた。


「はい、完全に去年の感じでいけば打てると思ってました。あんなにコントロールが良くなってるなんて思わなかったですし」


「あなたの課題はそこね。打率が3割いかなかったのは、そこの『思考』の足りなさだと思うの。うちだけじゃなくて他のチームもみんなキャンプで練習してうまくなってるんだから、今までとは何か違うんじゃないかって、疑ってかからないと」


3番明日香、4番美紀も打ち取られて、試合終了。スコアは4-1で、ジュピターズの安打は柑奈の本塁打1本のみに抑えられてしまった。


試合後、祥子が全員を集めた。選手は長い反省会が始まるのかと思っていたが、祥子の言葉はあまりにもあっさりしたものだった。


「シーズン初戦お疲れ様。課題は試合中にそれぞれ話したので、その部分を重点的に強化してもらえたらと思います。また明日の全体練習前に反省会をするので、それまでに今日の試合がどうだったかというのを話し合っておいてください。今日は相当疲れただろうから、自主練もほどほどにね。練習しすぎは逆効果になることもあるわよ」


今までなら、監督の話が1時間から2時間ほど続いていたが、祥子は選手自身に試合の反省を任せた。自分で考えることが今まであまりなかったジュピターズの選手たちに、極端な話監督なしでも野球ができるところまでたどり着いてほしいのだ。


こうして、2020年シーズンの初実戦が終わった。

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