第7話 シーズン初戦②

13時。2020年のジュピターズの初実戦が始まった。


打席に立つのは、先攻サタンズの1番打者大谷百合子(おおたに ゆりこ)。昨シーズンは高卒で千葉フェザンズに所属し、今シーズン見事に昇格を勝ち取った。バットコントロールが魅力の左打者だ。


ジュピターズの先発投手は後藤未央奈(ごとう みおな)。2019年にインターハイを制覇した大阪大安高校のエースで、6球団競合指名の末にドラフト1位でジュピターズに入団。左のサイドハンドからMAX125km/hの速球を投げ込み、ほぼ真横に変化するスライダーを武器に三振の山を築いた。誕生日が4月1日のためシーズン開幕時にはまだ17歳で、女子プロ野球史上最年少勝利記録の更新が期待される。


注目の第一球。先発マスクをかぶる智子は、初球から彼女の得意球であるスライダーのサインを出した。


「ストライ―――――ク!」


110km/hのスライダーが外角いっぱいに決まった。未央奈にとってはプロで打者に向かって投じた記念すべき第一球が、理想の形でミットに収まる。これで緊張が解れた未央奈は、打者3人を全員内野ゴロに打ち取り、軽快な足取りでベンチへ戻った。


「ナイスピッチ!スライダーよかったね!」


智子は未央奈に笑顔でハグ。しかし、他の選手は軽くハイタッチをするだけで、声をかける選手もいない。練習では少しずつ雰囲気が良くなってはいるが、試合となるとまだまだ昨シーズンの同様の重い雰囲気になってしまう。


「あなたたち、まだ高校生の子がプロ相手に三者凡退よ?もっと称えないと。雰囲気は自分たちで作る。もっとチームとして戦いなさいよ!」


祥子の怒号がいきなり飛んだ。ここまでの春季キャンプで口を酸っぱくして言い続けてきたことが試合で全くできていないことに対し、たった1イニングで堪忍袋の緒が切れたのだ。今までの姿勢ではいつか勝てなくなる。祥子の言葉には並々ならぬ危機感が溢れていた。


1回裏、ジュピターズの攻撃。奈緒が打席に向かった。マウンドに上がるのはサタンズの若手有望株、古市忍(ふるいち・しのぶ)。今季3年目を迎え、昨年7勝をあげてブレイクした。ジュピターズは昨年彼女に苦しめられ、9敗のうち2敗を忍から喫している。


初球、内角低めのストレートが決まる。2球目も内角のシュート。奈緒はバットを出したが、一塁ベンチ前に力のない打球が転がる。


「当たってますよー!どんどん振りましょー!」


ベンチから大きな声を出したのは、チーム最年少、17歳の未央奈だ。先ほどの怒号を聞いて驚いてしまったのだろうか、祥子の指示に最も忠実に従っている。その姿を見た他の選手たちも、つられてグラウンドに声を響かせる。


奈緒は内角に来た3球目を打ち、セカンドゴロに倒れた。


「ドンマイ!次の打席リベンジね!」


美紀が真っ先に奈緒に声をかけた。


「大丈夫、次があるから!」


「守備で取り返しましょう!」


昨年までは見られなかった、凡退した選手に対する明るい声かけ。祥子の目指すチームの雰囲気が、少しずつ見え始めた。


「奈緒、ちょっといい?」


祥子は奈緒を呼び止めた。


「今の打席、キャッチャーが何を考えてたか分かる?」


「3つとも内角に来ましたけど…いや、偶々かなと思ってましたが」


「去年のあなた、内角の球だけ打率が低いのよ。キャッチャーはそれを分かって投げさせてた。昨年あまり試合に出てない選手なのによ。控え選手でもそれくらいのことを頭に入れてマスク被ってるのよ」


祥子は相手チームのキャッチャーの思考を完全に読んでいた。サタンズの能勢監督がデータを研究して戦略を組むのが得意であることを知っており、昨年の成績に基づいた攻め方をしてくることを分かっていたのである。


「あなたは正直、今まで自分の身体能力だけで野球をしてたと思うの。相手のことを考えるよりも、自分を磨こうとしてきたと思うんだけど、これからは対戦相手の癖を見ながらプレーして欲しい」


奈緒は、祥子が細かいデータよりも雰囲気を重視するタイプの監督だとばかり思っていたが、実は数字に基づいた緻密な野球を目指していることを知り、少し驚いた。現役時代からどちらかというと熱血で気持ちで勝負する投手だっただけに、かなり意外だったようだ。


2番、3番と、サタンズのデータに基づいた投球でジュピターズも三者凡退。あっけなく終わってしまった攻撃に、声をかける選手もすぐに少なくなってしまった。


「まずは声から。たかが3人アウトになっただけで暗くなってんじゃないわよ。ファンの皆様も見ておられるんだから。良いとこ見せましょう」


祥子の一言を合図に、ジュピターズの本格的な改革が始まったようにも見えた。

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