第6話 シーズン初戦①

2月8日(土)。


2日前の寒さとは打って変わって、3月中旬並みの陽気に包まれた通葉市民球場。雲ひとつない青空の下、選手の動きは昨日までよりもキレが良く、しっかりと身体が出来上がっているように感じられる。


本日は、2020年の記念すべき最初の実戦である東京サタンズとの練習試合が行われる。

休日開催ということもあり、スタンドには公式戦でないにもかかわらず9時半の開場の時点で1000人を超える観客が詰めかけた。

サタンズは2年連続でホーム観客動員数がイースタンリーグトップを記録し、その影響もあってか、いつものジュピターズの公式戦並みの数のファンがスタンドで声援を送る。


「サタンズのファン多いね…。さすがリーグトップの人気球団。いや、感心してる場合じゃないよね、サタンズはお客さんの数でも勝たないといけない相手だし」


美紀は晴天の空に似合わない深刻な表情で奈緒に言った。


「サタンズはファン獲得のやり方が上手いんですよ。SNSで選手の生の声を毎日ファンに届けてますし、公式ホームページのコンテンツも他球団に比べてダントツに多いです。広報部がしっかり仕事してるなって感じ」


選手の中で最も広報部とコミュニケーションを取っているのは奈緒である。

真衣や他の広報部の人間の話を聞いて、ジュピターズの昨年までの手法に少しずつ疑問を感じているようだ。


「まぁ、今私たちにできるのは魅力的な野球をすることですし、今日の試合、公式戦だと思って気合い入れていきましょう!」


チームで1番前向きな女が拳を握り、打撃練習のためケージへ向かった。いつもの可愛らしい表情とは違う焦りにも似た顔でゆっくりと歩く姿は、美紀の心を強く締め付けた。スパイクでしっかり土を踏み締める音がいつもよりも大きく聞こえる。


(あの子も色々思うところがあるんだなぁ。早いうちに真衣と奈緒と私で、広報戦略について話すべきな気がするな…)


奈緒が入った打撃ゲージの横で大声を出す男性がいた。


「真衣ちゃん!今日の試合はどんどん選手の声届けてね!編集なしで!スピード感大事よ!Wi-Fiは完璧だから通信料気にせずバンバン投稿して!」


ジュピターズ広報部長の梶野正隆(かじの まさたか)。

彼は黒瀬コミッショナーの高校時代のチームメイトであり、共に甲子園を沸かせた。残念ながら梶野はプロ入りはならなかったが大学野球の監督となり、アマチュア野球界を支えてきた。

女子プロ野球並びにジュピターズが発足した時に、これからの野球界を担いたいという想いで広報部に就任し、11年目を迎える。

今シーズンは選手の人となりをファンに届けるというのが広報部の方針であり、試合中にも選手へのインタビューを行うことが決定している。

昨シーズンまでは選手サイドがゲームに集中したいということで試合中の取材を断り続けており、メディア露出が他球団と比べて少ないためにファンがなかなかつかないのではないかと先月の社内会議で指摘された。監督が祥子に変わったということもあって、今シーズンはその部分を大きく改善しようということになっている。

ジュピターズの選手には、ファンのためにプレーするという精神が足りなかったのだ。


「サービス精神を持って野球をする。これが今年の目標なんだ。今まで選手側には断られてきたけど、今年こそはジュピターズの選手を1人の人間として露出させていきたいんだよ。ここまでのキャンプに関するSNS投稿、閲覧数かなり増えてるよね。それが集客につながるよう、マーケティング部ともしっかり連携していくつもりだ」


「今日の試合、少なくともイニング毎に動画あげますね!なんかワクワクしちゃう!」


真衣は軽い足取りで広報室へと走っていった。彼女の走る姿にまた歓声が起きる。


「あいつ人気だなぁ、選手時代よりも有名になっちゃったんじゃないか。走るだけでキャーキャー言われるなんて。SNSに自分をアップすりゃいいんだよ」


梶野が不思議そうに真衣が去りゆく姿を見た。


真衣は2010年にジュピターズに入団するも、2017年シーズン途中に脚の大けがをしてしまい、一時はもう一度プレーするどころか再び歩くことすら一生できないのではないかという状態に陥った。

選手としての復帰はならなかったが、昨シーズンから広報担当として再び現場に現れ、2019年後半には軽く走れるようにまで回復。

彼女の脚の状態を知るファンが、走っている姿に感動して拍手を送ったのが「松井走り」の由縁である。引退してもなおファンに愛され続ける真衣こそ、ジュピターズが目指す理想の選手像なのかもしれない。





12時30分。両チームの本日のスタメンが発表された。ジュピターズのスタメンは以下の通りである。


1 小諸 二

2 荒神 三

3 シングルトン D

4 西畑 遊

5 古崎 捕

6 皆川 右

7 堂本 中

8 呉竹 一

9 佐久本左

P 後藤 


キャンプ序盤の練習試合とはいえ、ジュピターズはほぼベストメンバーを組んだ。レギュラー当落線上にいるのは、麗とレフトを守る佐久本華(さくもと はな)の2人だけ。それ以外は昨年の日本一に貢献した選手がずらりと並ぶ。


「ジュピターズ、ほぼベストできてるじゃないか。あれだけの実力派が揃うとスタメン争い自体があまり起きないのかもしれないな。」


サタンズの監督である能勢和希(のせ かずき)が驚いた表情で呟いた。


一方のサタンズのスタメンは、


1 大谷 中

2 村野 二

3 澤  一

4 田中 三

5 池田 捕

6 市村 D

7 斎藤 遊

8 三田 右

9 広野 左

P 古市 


昨シーズンのレギュラーメンバーは全員ベンチスタート。控え選手の底上げをテーマにキャンプを行なっているサタンズは、若い選手を中心にスタメンを組んだ。


「2020年初戦です!いいスタートを切れるように、気合入れていきましょう!」


ジュピターズの円陣の中心で声を出したのは、今シーズン育成チームからジュピターズに昇格した華だった。

彼女は高校生時代に守備の名手としてインターハイで一躍有名になったが、バッティングに難ありということでトップチーム12球団から指名を見送られた。

しかしそのディフェンス力だけならレギュラークラスに勝るとも劣らないということで、育成チームへ入団。

その明るい性格はジュピターズが最も必要としていた人材であり、その点も考慮されて昇格に至ったのである。


2020年、記念すべき初実戦の火蓋が切って落とされた。

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