第5話 レギュラー争い

2月6日(木)。


春季キャンプと言えどまだまだ真冬の天気で、朝10時の時点で気温は僅か5度。

そんな中1日のオフを挟んで再び湘南球場に選手が集まり、熱い練習が行われている。

ジュピターズは8日(土)に東京サタンズとの練習試合が組まれている。スタメン当落線上のメンバーが出場機会を得ようと必死になって首脳陣に大きな声を出してアピールしている様子は、男子プロ野球のそれとあまり変わりはない。女子だからといって、特別なことは何もないのだ。

性別関係なく、野球を愛する人間の集団がプロ野球なのである。


「今日の練習後、土曜日の練習試合のスタメンを発表します!今日の練習で光るものが見えた人、どんどん試合に出しますからね」


祥子は競争を煽るように選手に声をかける。昨年のジュピターズは60試合を通じてほぼスタメンが固定されており、控え選手の出場があまりなかった。レギュラー選手の実力が飛び抜けていたということもあるが、チーム内に競争意識がなく、まさに控えに「甘んじている」選手が多かったのだ。

レギュラー選手の疲労も蓄積し、シーズン9敗のうち5敗は8月以降のものであった。それでも敗戦が1桁に収まっているのは実力があってのことだが、祥子はその状況ではいつか勝てなくなる時期が来ることを懸念している。昨シーズンオフに6名の選手が出場機会を求めて他球団に移籍をして選手層が薄くなっていることもあり、控え選手の底上げもこのキャンプの課題の1つなのである。


さらに、昨シーズンライトで全試合に出場したアメリカ国籍のキャサリン・ガードナーが母国の女子野球リーグ移籍のため退団。空いたポジションを奪取するために外野手の競争も激化している。

ポストガードナーとして期待されているのが、今季3年目を迎える皆川麗(みながわ うらら)である。

彼女は昨シーズン主に代打で13試合に出場、28打数6安打で打率.214、打点0の成績に終わった。

多くの控え選手が他球団へ移籍する中、麗はジュピターズでプレーすることを選んだ。


「麗、去年より振りが鋭いね。オフの間に相当振り込んできたのね」


祥子は期待する麗に声をかけた。気温の低いグラウンドで汗を流し、麗の体からは多量の湯気が立ちのぼる。


「ここ2年ほとんど試合に出られなかったんで、今年こそはレギュラー獲りたいんです。キャサリンの穴は私が埋めます」


(カキィン)


171cmの恵まれた体格から、鋭い打球を何本も飛ばす。大学時代から飛距離には定評があったが、なかなか打率が伸びずに出場機会に恵まれなかった。彼女からは今年こそはスタメンで出るという気合が溢れ出ている。


「麗さん、すごい気合ですね…去年までは見たことなかったですよ、あんな姿」


奈緒は祥子と話しながら、麗の打撃練習を見て驚いた。昨年までとは態度も打球も別人のようだ。


「私ももっと声出して、チーム全体がいい流れでプレーできるようにしたいです」


今のジュピターズには昨年までなかった、相互に良い影響を与えようという意識が少しずつ根付いているようだ。


「麗ちゃーーん!今年は期待してるヨォォ」


雪の降りそうな大空に響く男性の大きな声。彼は元木隆(もとき たかし)。3年前に定年退職した後、ジュピターズの私設応援団長を勤めている男である。

入団3年目以内の選手のヒッティングマーチは、全て彼が作っており、彼の記念すべき第1作は麗の応援歌だった。


「あ、元木さん!今年はやりますよ!期待してください!」


隆は3シーズン、全てのホームゲームで応援団長を務めており、顔馴染みの選手も多い。

特に麗のことを気にかけており、毎試合練習前に大声で麗にあいさつするのがファンの間では当たり前の光景となっている。ただ、練習中の雰囲気がかなりピリピリしているせいか、隆以外のファンが選手に声をかけるシーンはあまり多くない。

隆自身もその雰囲気を問題視しており、監督が祥子に変わってから明るいチーム作りをしようとしている姿を見て、昨年以上に積極的に声を出そうとしているのだ。


「かっとばせー!うーらーら!」


打球音と選手の声がこだまする中、打撃練習を行う麗の応援歌が突然トランペットで演奏された。野太い声がグラウンドを突き抜ける。今日は平日にもかかわらず、隆以外にも私設応援団のメンバーが全員集まっており、急きょ応援が始まったのだ。


(え、私の応援歌?練習してるだけなのになんか恥ずかしいなあ)


麗は照れながら、打撃練習を続けた。監督だけでなく、ファンも雰囲気を変えようと必死なのだ。

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