【番外編】お風呂

「ねえ神様、毎日お風呂に入っているのに毛皮がペタペタしてきたんだけど…」


 小狼の姿で悩みを打ち明けた。初めて鏡を見た時は、もっとふわふわだったのに。



「そろそろシャンプーかな?」

「毎日お風呂で洗ってるよ」

「人型でだろう?」

「うん」


「小狼の時もシャンプーしないとね!」

「そうだったの!?ちょっとお風呂に入ってくる」

「ちょっと待って!」

神様が私をギュッて抱きしめた。


「小狼の時は自分で洗えないでしょう?」

「…そうだね」

小狼の状態では自分の背中も頭も洗えない。



「誰かー」


「やっとお呼びですか」

「待っていましたよ」


 神様の部下の上級官僚みたいな女性が2人現れた。


櫛名田比売クシナダヒメとセレネだよ。カレンちゃんは女の子だから女性に頼もうと思っていたんだ」

「気を使ってくれてありがとう!」


 櫛名田比売クシナダヒメが私をひょいっと抱き上げた。


「モフモフ〜!」

 櫛名田比売クシナダヒメが私の頭にスリスリする。


「ずるいわよ、交代してちょうだい」

 私を抱き寄せたセレネさんが私のお腹に顔を埋めた。


「…あのね、お腹は恥ずかしいから止めて」

「ごめんごめん」


 櫛名田比売クシナダヒメがセレネさんから私を奪い返した。

「じゃあ大浴場に行きましょうね〜」

抱っこで大浴場まで連れていってもらった。


「2人ともお仕事中なのに、ありがとう!」

お風呂大好きなので尻尾が揺れてしまう。


「カレンちゃんはお風呂は平気なの?」

「大好きだよ!毎日入ってるよ」

「良い子ね!」


「私みたいな毛皮の場合、先にブラッシングをした方が洗うの楽だと思うんだけど、自分で出来ない部位が多いんだ。だから洗うの大変かも…」

「大丈夫よ!」

「あの巨大な暴れ毛玉も洗ってきたんだから任せてちょうだい!」


「暴れ回る巨大な毛玉?」

「モニカよ!」

ああ…お風呂で暴れそうだな。


「カレンちゃんなら、このサイズで充分ね!」

 櫛名田比売クシナダヒメが木製のたらいを持ってきた。


「檜風呂みたい!」

「気に入った?」

「うん!温泉の素を入れて、ゆっくりつかりたいな」


 櫛名田比売クシナダヒメが温泉の素を入れてくれた。言ってみるものだな。


「極楽〜」

 盥のフチにアゴを乗せて思わず目を閉じてしまう…まずい…眠ってしまいそうだ。


「寝ちゃっていいわよ」

「私たちに任せて」


 うとうとしている間に2人で洗ってくれたけど気持ち良い…ひっくり返されてお腹をワシャワシャされた。次は尻尾か…もう好きにしてくれ。


「泡も洗い流せたわね」

「もう一度、温泉の素を入れてあげるから、ゆっくり浸かるといいわ」

 綺麗に洗ってくれた上にドプン!と温泉の素につけてくれた。ありがたや。


「そろそろ、あがりましょうか?」

「うん」

 セレネさんが私を盥から出してくれた。


「2人とも遠くに行っててね。充分離れたらブルブルするから」

「…なんて良い子なの!」

「小さいのに賢いわ!」


 2人が離れたのを見て何度かブルブルした。後から後から水分が滴ってきてキリがない。


「もう充分よ」

「あとはタオルでゴシゴシしましょう」

「ありがと」


「…ちょっと聞いた?」

「聞こえてるわよ…」

「なんて良い子なの」

「私、次の当番もカレンちゃんがいいわ」

「争奪戦になるわね」


 モニカとルイスの前科があり過ぎるらしく、普通にしているだけで良い子だ。

タオルでゴシゴシも気持ちいいな、目が細くなってしまう。


「タオルドライで毛皮がくしゃくしゃになったから、もう一度ブルブルしたい」

「じゃあ離れるわね」


 2人が離れたところでブルブル!もういっちょブルブル!


「あとはドライヤーにしましょう」

「カレンちゃん、おいで〜」

 セレネさんの側まで歩いていったらタオルで包んでから抱き上げて運んでくれた。


 リビングに運ばれて2人がかりでドライヤーされたけど、これも気持ち良いので眠ってしまいそうだ。うとうとしていたら大騒ぎの声で目が覚めた。


「…なんの騒ぎ?」

「起きちゃったのね、可哀想に」

「モニカとルイスよ。いくら抵抗してもシャンプーから逃げられないって学ぶべきよね」



 だんだん騒ぎが近づいて来たと思ったら哀れな姿のモニカとルイスが運ばれてきた。

焚き火の上で子豚を丸焼きにする時のように右前脚と左前脚、右後脚と左後脚という組み合わせで縛られていた。


「ちくしょー!離せー!」

「濡れるの嫌いって言ってるじゃなーい!」


 ルイスとモニカを運んできた皆さんがボロボロになっている…。


「モニカとルイスは大人になっても、お風呂が嫌いなの?」

「カレン!」

「酷いわ!カレンを人質に取るだなんて!」


「人質?私はお姫様みたいに扱ってもらったよ」

 ポカンと聞き返してしまった。


「モニカもルイスもいい加減にしなさい!」

「カレンちゃんの入浴風景をダイジェストにまとめたから見なさい」

 櫛名田比売クシナダヒメが壁に動画を写した。いつの間に撮られていたんだろう。


「これは温泉の素に浸かってご機嫌のカレンちゃん。これは良い子でシャンプーされるカレンちゃん」

「そしてこれは湯上がりに1人で離れてブルブルするカレンちゃんよ」


「えええ!?」

「本当に?」

「子供とはいえ神狼が大人しくシャンプーされるだと!?」

「恨みを込めて、わざわざ私たちの近くに来てブルブルするモニカやルイスと大違いだわ!」


「これはタオルドライのお礼を言うカレンちゃん」

さらに騒ついてきた。


「これはドライヤーが気持ち良くて、うとうとするカレンちゃん」



「ぐぬぬぬ…」

「捏造だわ!」

 ルイスとモニカは往生際が悪かった。捏造じゃないってば。



 私も人型になってルイス狼とモニカ狼のタオルドライとドライヤーを手伝ったけど散々だったことは言うまでもない。

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