第187話 パティシエ

「焼けたぞ!」


 ルイスが薪オーブンからマフィンを取り出すと部屋中に甘い香りが漂う。


「お茶を淹れるね」

 ウィルコの世界のお茶はハーブティーだ。メープルの風味を邪魔しない、さっぱりしたお茶を選んだ。



 出来立てのメープルファッジと焼き立てのメープルマフィンをテーブルに並べてお茶を配る。


「さあ食べてみて!」


 エミリーさんがメープルファッジを、トーマスさんがメープルマフィンを手に取る。


「美味しいわ…」

「ああ。パーシーの言う通り麻薬みたいだな、次からつぎに欲しくなる」


「でもこんなに大変だったなんて想像していなかったわ。気軽にお願いして良いことじゃ無かったわね」

「押しかけて悪かった」


「家で作らないの?」

「…出来るかしら」

「俺も自信が無いな」

 すっかり元気を無くしたエミリーさんとトーマスさんがしょんぼりとつぶやくが、ウィルコもルイスもモニカも理由が分からないって顔をしている。


「エミリーさんもトーマスさんも普通の人なんだよ、ウィルコもルイスもモニカも凄すぎるの!卵白の泡立てとか疲れるじゃん」


「カレンが小さくてひ弱だから出来ないんじゃ無いのか?」

「そうよカレンは小さいから」


「大人だって大変なんだってば!」


 小さい小さい言い過ぎだし!


 エミリーさんとトーマスさんに、2人からも言ってやって!と訴えるが微笑ましいなって表情でスルーされた。


「じゃあパティシエを採用すればいいよ!」

「ぱてぃしえ?」

 ウィルコの謎の呪文を理解出来ないトーマスさん。


「パティシエはスイーツをつくる専門の職人だよ、お菓子作りは力仕事だから男性向きの職業かな。パティシエが経営するスイーツ専門店は評判になるよ!」

「お店から焼き立ての甘い香りがしてきたら逆らえないもん。きっと行列になるよ」


「さっきの甘くて芳ばしい匂いはたまらなかったな。こういうものを作るのに向いているのは居酒屋じゃないな…誰に持ちかけるか…」

トーマスさんの頭脳が素早く働きだす。


「トーマス」

「な、なんだエミリー?そんなに強い力で俺の腕を掴んで…」

ちょっと怖い。トーマスさん頑張って。


「私たちの商会がオーナーのスイーツ店を経営するわよ」

 決定済みのようだ。


「若くて力のある少年を雇いましょう。早めに店舗を確保しないと。もちろん私たちがオーナーだから行列せずに買えないとダメよ」


 秋に甜菜糖が豊富に収穫される前提で話が進み、青ざめるトーマスさんの横でウィルコが『僕も天候まではちょっと…』と、つぶやいていた。


 災害が起こらずに豊作になるようウィルコがお祈りしていた。誰に祈ってるの!?

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