第90話 ムルシア村へ

 ムルシア村には翌朝、早めの時間に着いた。農業の村なので宿屋はなく、広場でキャンプすることになった。

 村に入る時、門番さん達がルイスとモニカの夏バテを心配してくれて、いい人達だった。


 広場でキャンプの準備を整えてから農業組合にウィルコと2人でフルーツを買いに行った。


「こんにちは〜」

「おやおや、可愛いお客さんだな」

 出迎えてくれたのは農業組合のミゲルさんとホルヘさんとサルマさん。幼女と美少年の組み合わせなので心配されてしまい、簡単に身の上話をした。


「そうかい、それで4人で行商を…」

「ぐすっ」

「保護者2人の具合が悪いと心配だろう」

…かなり涙もろいオジさんとオバちゃんたちだった。


「夏バテの2人のためにフルーツを買いにきたんだな?」

「いいえ、うちのルイスとモニカは具合の悪い時は肉しか食べないので…」

「フルーツは僕らが食べたいから。あとはドライフルーツに加工するので仕入れにきたんだ」


── 変な顔をされた。


「何をどのくらい買いたいんだい?」

 販売されている種類を聞いて、全種類買うことにした。量は今日ウィルコと2人で加工できる分だけ。


「そんなに買うのかい?」

「明日は午前中にデモ販売をするから午後にまた買いに来るよ」


「運ぶのを手伝おう、あと良ければ加工を見せてもらえないか?」

「ありがとう歓迎するよ」

 ミゲルさんと一緒に広場に戻った。


「おかえり…」

 ふらふらのルイスとモニカが出迎えてくれた。

「2人とも日向にでちゃダメだよ、中に入ってて」

「欲しがっていたものは買えたのか?」

「うん、2人でドライフルーツに加工しちゃうから休んでて」

 ウィルコと2人でルイスとモニカを馬車の荷台に押し込んだ。私のスキル“ ウィルコ世界の人間への強制力”で荷台に干渉させないようにしたから転移で結界に戻ってもらった。


「じゃあ加工しようか」

「手伝おう」

 ミゲルさんも手伝ってくれることになったので、買ってきたフルーツを全部きれいに洗った。

「先に組み立てちゃおうか」

 後でフルーツを干すためのハンギング・ドライネットや干物作りに使ったのと似たタイプのネットをたくさん組み立てた。


「作り方は簡単、薄く切って干すだけね」

 もう一度よく手を洗ってからカットしてゆく。

「オレンジやレモンは皮つきのまま薄く輪切り、柿は皮をむいて薄くスライス。オレンジは皮をむいてフサから外したのも干そうか」

 基本的に全部薄くスライスだ。皮が食べられないものはむく。食べられる場合はむかない。

「カットしたら重ならないように干していくよ」

 2時間ほどで全部終わった。あたり一面、甘い匂いでいっぱいだ。

「2日ほど干したら完成だよ。長期間もつから北部で販売するんだ。軽くなるから運ぶのも楽だしね」

「なるほど…網だから虫除けになるけど風が通るからいいねえ、虫除けなしで干して置いたら悲惨なことになるよ」



「ミゲルさん、手伝ってくれてありがとう。以前に作ったものでおやつにしよう」

 ウィルコがお茶を淹れてくれるので私は荷台から持ってくると見せかけてアイテムボックスからグラノーラ・バーを出した。


「これがドライフルーツで、こっちはドライフルーツを、香ばしく炒ったオートミールやナッツと一緒にハチミツで固めたグラノーラ・バー」


 まずはドライフルーツを単体で食べるミゲルさん。

「干すとこんな風になるのか…」

「私はグラノーラ・バーをいただくね!」

 細長くカットしたグラノーラ・バーを持って一口。うん美味しい。


「ミゲルさんもどうぞ」

薦めると食べてくれた。


「甘い…ハチミツとフルーツの甘みかな、これは美味しいね」

「オートミールもドライフルーツもナッツもハチミツも長期保存出来るから。冬に甘いものが食べたくなった時に作ると嬉しいんだ」

「栄養価も高いからね」


「もう一ついただいてもいいかな」

「もちろん、たくさん食べて!」

 ミゲルさんが次に手に取ったのはキャラメル・グラノーラ・バーだった。


「さっきのよりも美味しいよ!」

 気に入ったみたい…牛乳が入っていることは完食後に伝えよう。


「このまろやかな甘さは何で出来ているんだい?いや、本当に美味しいね」

「キャラメル・グラノーラ・バーのキャラメルはハチミツとクリームだよ」

「クリーム?」

「牛乳の濃いところ」

「ぎゅうにゅう?」

「牛の乳だよ」

 ミゲルさんが固まった。


「北部では一般的な食材だよ。牛乳を使ったチーズのレシピは王都で大ブームなんだ」

 ミゲルさんが固まっている間にクリームチーズのディップを取り出した。


「これはクリームチーズにハチミツと刻んだドライフルーツを混ぜたもの」

 薄切りのパンに、たっぷり塗って食べる私たちの美味しい顔につられて食べるミゲルさん。


「美味しいな…」

「チーズとか牛乳製品が王都で人気急上昇でね、王都の郊外で牛を育てようとしている人まで出てきているんだよ」


 これは本当だ。旅をして仕入れるよりも作った方が早いし利益率も高いと判断した商人が出てきているのだ。

「南部では一般的じゃないなんて、もったいないね。美味しいから流行るといいなあ」



 王都や北部で見たものや食べたものについて話していたら夕方になったので食事の支度をはじめる。他所の地域に興味が湧いた様子のミゲルさんを招待したらサルマさんを呼びに行った。2人は夫婦なんだって。

 メニューはダッチオーブンでじっくりと焼いたハニーケチャップ味のローストポークと、上にチーズをかけたトマトグラタンだ。


「お肉を漬け込んだタレごと焼くよ」

 ダッチオーブンを火にかけて、トングで炭をフタの上にも乗せる。これは放っておいて大丈夫なのでトマトグラタンに取り掛かる。


「トマトとナスはざく切り、玉ネギはみじん切り、チキンは食べやすいサイズにカットしておく」

 ウィルコが手早く大量にカットする。ルイスとモニカがたくさん食べるからね!


「もう一つのダッチオーブンにオリーブオイルをひいて玉ネギを炒める。次にチキン、

ざく切りトマトとナス、ケチャップと塩を入れて水分が少なくなるまで炒める」

 お鍋いっぱいの具材を手際よく炒めているタイミングでミゲルさんとサルマさんがやってきた。


「このくらいになったら上にチーズを乗せてフタをする。こっちも上に炭を乗せるよ」

 煮込んでいる間にパンも焼く。発酵までは準備が出来ていると見せかけてアイテムボックスから出して火にかけた。

 ミゲルさんとサルマさんがダッチオーブンに驚いている。鍋のフタに焼けた炭を乗せるって考えたことが無かったみたい。


 出来上がるころには日も落ちて風が出てきたのでルイスとモニカを呼びに行った。

「少し楽になったわ…」

「日が落ちると違うな…」

 2人に冷たい水を差し出したら一息に飲み干した。


「さっきはちゃんと挨拶も出来なくてごめんなさいね、私はモニカ」

「俺はルイスだ」

「農業組合のミゲルとサルマです」

「年齢的に農業が難しくなったので農家は息子一家に継いでもらったのよ」

 リタイヤ後の再就職か。


「さあ、出来たよ」

ウィルコがテーブルにお鍋を並べて私がお皿とカップを配る。ピッチャーには冷えた水と輪切りのレモン。


「うまそうだ」

 ルイスがローストポークを鍋から取り出してスライスして一緒に焼いた野菜と一緒に配る。ウィルコがトマトチキングラタンを、モニカがパンを配る。

「ミゲルさんもサルマさんもお代わりしてね」


「いただきまーす」

 まずはトマトチキングラタンから…チーズが伸びて美味しそう…。うんトマトとチーズは合うよねえ。


「ローストポークも美味しく焼けたわね、ウィルコの料理の腕はどんどん上がっているわね」

「2人に教えてもらったおかげだよ」


「本当に美味しいですね」

「お鍋でパンが焼けるなんて…」

フタの上に炭を置いているからね」

「明日のデモ販売で作ろうと思っているメニューなんだ」

「ダッチオーブンやトング、ハニーケチャップのタレやケチャップ以外にもハニーワインとかハチミツを販売する予定なんだ」

「この村のみなさんに受け入れてもらえるかなあ」


「これはみんなが好きな味付けですよ」

 トマトに馴染みのある地域で良かった!明日が楽しみだね。

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