第85話 ピーテル村と石炭

 馬車2台のうち1台は、ほぼヒヨコしか載せていなかったので在庫の半分を販売したことになる。


「飼育していた家畜がだいぶ減っていたので助かります」

 村長のレオニードさんが説明するには、去年の冬は充分に備えることが出来ず、家畜を潰さざるを得なかったらしい。春から夏にかけて減った家畜を増やすことも叶わず、冬に向けて困っていたらしい。


 レオニードさんの許可を得て村の広場でキャンプをして、明日の午前から販売をすることになった。やり取りはすべて野次馬な村人たちに見られていたので話は早い。


 ルイスが手際よく竈門を組んで火を起こしている間にウィルコと私が野菜を洗い、モニカがテーブルを組み立てて調理の準備が整った。

 この辺りはロシアっぽいので多少はロシア料理に寄せようか…という雰囲気はない。理由はルイスとモニカがビーツを好きではないから。クリーム系のスープとハニーケチャップのタレで焼いた肉とパンでさっと済ませた。

 この辺りでハニーケチャップはウケないかもしれないが私たちは好きなので食べるよ!


「このタレで焼いた肉は美味いな!」

「今までいろんな味付けでお肉を焼いてきたけどルイスはどの味付けが好き?」

「やっぱり焼肉のタレ…いや、1番は唐揚げか…いや…迷うな」

 哲学者のような顔で苦悩するルイス。ごめん、そこまで真剣な質問じゃなかったんだ、食事の合間の会話っていうか…。


「唐揚げは別格ね、私の中では殿堂入りで決まりよ。問題はその次ね…やっぱり焼肉かしらね…。ハンバーグも捨てがたいわ。コンビーフも美味しいわよね…」

 モニカまで苦悩する哲学者になりきっていた。あれこれ迷い過ぎだし!


 

 食後に翌日の販売について話し合った結果、調理のデモンストレーションはダッチオーブンでローストビーフとローストポークとグラタンを作ることになった。

 もともと商売よりもこの地域の冬支度を支援する為に来たので売れなくてもいいのだ。



 翌日のデモ販売には大勢の村人が集まってくれたし、料理はそれなりに受け入れられたけど商品はほとんど売れなかった。売れたのはお手頃価格に設定した塩と炭を扱うトングが少しだけだった。

 この村では余分なものは買う余裕がないので、いくら便利でも鍋などは新しく買い替えたりせず、既にあるものをこれからも使い続けるのだ。



 午後は村長さんに会いにいった。

「うちの村は豊かではないので…商人の皆さんに敬遠されるのも仕方ないと思いますが、また来ていただけるとありがたいです。今回もヒヨコを持ってきてくださって本当に助かりました」


 疲れた顔の村長さんが私たちに頭を下げた。一度来た商人が再び来ることはほとんどないらしい。

 村人が買い付けに出掛けることはあるが、なかなか思うような条件で取引出来ないし、遠くて旅も辛い。冬が長くて寒くて作物も育ちにくくて生活が苦しいと…。確かに1番心配だった村なんだよね。だから作戦を立てて準備してしてきた。


 ルイスさん出番ですよ、あの話をしちゃってください!


「ここに来る途中で山の一部が崩れた場所を通ったが、この辺りは石炭が取れるんじゃないのか?」

「そんな…まさか……もし本当なら…」


 村長さんが動揺するのも分かるよ。でも本当です、この辺り…ちょっと離れた場所だけど埋蔵量はそこそこあります。

 石炭は高火力だから、高熱に堪えられる素材で石炭ストーブを作ったら冬の寒さも耐えられるんじゃないかな。石炭は環境汚染の原因になる煤煙や硫黄酸化物が多く出るし問題点もあるけど。あと一酸化炭素中毒には気をつけて。



 そんな訳で私たちが通って来た道を案内する事になった。ヒヨコを乗せていた馬車に村長さんと数人の村人を乗せて2台の馬車で崖崩れの現場にきた。ちなみに石炭を露出させるように予め崩しておいたのはウィルコだ。


「ここだ。あの崩れたところに石炭っぽいものが見える」


 ルイスが指し示す場所に村長さんと村人たちが駆け寄って話し込んでいる。納得いくまで調べてくれ。それは間違いなく石炭だ。



「確かに石炭のようです…、まさかこんなに近くに…」

 村長さんも村人たちも言葉が出てこないようだ。


「とりあえず村に運ぶか?」

 ルイスが問いかけると同時にウィルコが木製のバケツを掲げてみせる。

 トングで拾った石炭をバケツに入るだけ持ち帰った。これまでよりも楽に冬を過ごせるようになるのは間違い無いし、石炭を利用して村が豊かになるように見守っていこう。

 鍛治が盛んになるだけの資源はあるから洗濯バサミとかハンガーとかを特産に出来たらと思っているんだよね。まずは村の生活を安定させるのが最優先だけど。


 …とりあえず今はウィルコ対策だ。泣きながら村長さんを抱きしめそうなウィルコをモニカが確保、鳩尾に一発入れて眠らせてくれた。危なかった…。



「石炭だが、まだまだ採れそうだな。全部を村で使うか?買い取りもしているが?」

「一部は買い取りをお願いします。その代金で寒さに強いジャガイモの種芋などを売ってもらえますか?」


 村長さんの答えは私たちの予想通りだった。石炭を買い取って、冬支度や石炭の採掘や次の植え付けシーズンに必要なものを販売してピーテル村に来た目的の半分は達成した。


 ルイスをせっついて、帰る前にキャビアとイクラをたくさん買ってもらった。これがもう半分の目的だ。アイテムボックスに入れておけば、いつでも新鮮なイクラとキャビアを楽しめるよ!



 ピーテル村を後にしてすぐ、結界に戻った。急いで戻った理由はイクラとキャビアを待てなかったから。今日はイクラを食べてキャビアは明日だな。


「今日は北海道っぽいご飯にしようよ!ジンギスカンと海鮮丼!ご飯は多めに炊こうね、美味しいお米を食べたいな、買っちゃおうか」

 ウキウキとインターネット通販でお米を買った。銘柄は迷ったけど北海道のお米、ゆめぴりかを買った。美味しいよね、ゆめぴりか大好き。

 ジンギスカンのラム肉も多めに買っちゃおう!海鮮丼のためにウニとカニもね!


「みんなで準備しよう!ジンギスカンのタレを作ろうね、まずは玉ネギとニンニクと生姜とリンゴをすり下ろすよ!」

 ラム肉を漬け込むタレを作るのだと教えたらルイスとモニカが頑張った。


「甘辛いタレと肉は合うからな!」

「これも期待出来るわね!」

「そこにお酒と醤油、オイスターソースとハチミツ、豆板醤、ごま油を加えて一煮立ちさせて冷ましたらタレは完成。タッパーでタレとラム肉を漬けるよ。キャベツはざく切り、玉ネギはくし切り、ピーマンと赤いパプリカは細切り、もやしは洗っておく。後は食卓で仕上げようね」


 どっちも甘辛い味付けなので…と思ってスルーしかけたが、一応ルイスとモニカに聞いてみたら食べたいというので帯広の豚肉を追加で買って豚丼も作った。

 焼いた豚肉を煮詰めた甘辛いタレを絡めて炊きたてご飯に乗せると美味しいよね、でも甘辛いタレで焼いた肉だよ、ジンギスカンと似てない?ラム肉と豚肉は全然違う?そうですか…。

 こっちは聞くまでも無いな、ザンギもみんなに手伝ってもらってたくさん作った。鶏肉に塩胡椒、おろしニンニクと生姜、醤油で濃い目に味つけて揚げた。ラードで揚げると本場のザンギっぽいと聞いたことがあるのでラードで揚げたらルイスとモニカがギラギラしてる…。


「カレン、お米が炊けたよ」

 土鍋で炊いたゆめぴりかも美味しそうだ。ルイスの炊くお米は本当に美味しいよね。


「ご飯にしようか」


 テーブルの真ん中にジンギスカンのお鍋をセット。ホットプレートでもいいけど、この中央が盛り上がった鉄鍋で作るのがいいんだよね。熱したお鍋に油をひいて野菜を炒める。野菜がしんなりしてきたらラム肉を漬けていたタレごと加えて全体に火が通ったら完成!


「いただきまーす!」


 ルイスとモニカがザンギ、豚丼、ジンギスカンを凄い勢いでループしてる。

 私は海鮮丼をいただこうかな。炊きたての土鍋ご飯を酢飯にして刻み海苔をパラパラ。醤油漬けにしておいたピーテル村のイクラを乗せてインターネット通販で買った北海道のウニとカニも乗せて三色丼!


……美味しい。イクラもウニもカニも全部美味しい…。


「全部美味しいね、カレン」

「ウィルコは全部気に入った?」

「うん!」

「お米とかスパイスとか醤油とかが見つかったらレシピを広めたいけど、醤油味はピーテル村の人たちの味覚には合わないかもね」

「ゆっくり進めようよ。心配だったピーテル村も生活を良い方向に向けていける目処がたったもの。今年の冬は安心だよ」

 ウィルコから、こんなに落ち着いた答えが返ってくるなんて…。

「良かったね」

「うん」


 いつかピーテル村のイクラとキャビアをピーテルブランドの超高級食材にしたい。

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