第84話 僻地のピーテル村へ
この国はざっくりと中央より北を北部、中央より南を南部と呼んでいる。北部の地形はM字型で、この間まで回っていたのはMの左側。今度はM字の右側を回る。
右側は王政時代も僻地として敬遠されていて、悪政もあまり届いていなかった地域だ。とはいえ農業に向かない土地だし寒くて雪深くて人間が暮らしてゆくには厳しい土地柄だ。
「なんていう村に向かっているんだっけ?」
「ピーテル村だよ、地球のロシアっぽい文化の地域」
今日もウィルコが御者を務めている。ルイス狼とモニカ狼はヒャッハーしながら並走しており、とても楽しそうだ。
M字の真ん中は大きな湾になっており、陸地を迂回しなければたどり着けない上に冬は雪で閉ざされるため商人も滅多なことでは目指さない場所だ。
「ピーテル村はお酒が特産なんだっけ?」
「そう、ウォッカ。地球のロシアに似た文化だよ。キャビアとイクラもよく食べるんだって、お酒よりも私はキャビアとイクラが楽しみなんだ」
もしも飲酒可能な年齢ならキャビアでシャンパンを飲みたいなあ…。
いつものように御者席でウィルコと一緒にこれから向かう村について情報交換をする。
「かなり貧しい村なんだよね…」
「うん。今は貧しいけど石炭が多く採れる地域だからうまく誘導して採掘するように仕向けようね。料理はボルシチとペリメニ、ビーフストロガノフなんかが地球とかぶるかな。私はカーシャだけは無理なんだ、絶対に食べないからね!」
への字口で宣言する。
「蕎の実とかオートミールなんかを牛乳と砂糖で似たお粥だっけ?こっちの世界では砂糖が貴重品で普及していないから大丈夫、まだ存在していないよ」
いずれ出てくる可能性は高いってことか、嫌だな…。ライスプディングと、その類似品だけは無理だ。
「ピーテル村でも乳製品は食べられているよね、スメタナだっけ?サワークリームに似た感じだよね」
「そうそうボルシチとかペリメニとか、いろんな料理で一緒に食べるよね」
「あとはヒヨコとか寒さに強い品種の麦の種子やジャガイモの種芋と。乾燥パスタとかの保存食も売りたいな」
「うん、今年の冬をこれまでよりも豊かに過ごして欲しいね」
途中、誰にも会わずにピーテル村に到着した。商人も滅多なことでは目指さないという評判通りだった。この村が必要とするものは多いはずなので村に近づく直前に馬車を2台に増やした。
私たちが到着すると門番のワシリーさんが慌てて村長さんや村人へ先触れに走ってくれた。滅多に商人が訪れないため、いきなりたずねると警戒されるらしい。
「うちの村に行商なんて珍しいな」
「平和で安全になったからな」
「以前から来てみたかったのよ」
今、私たちに村のことを教えてくれているのはクジマさん。
門番は村人が交代で立っているらしい。訪れるのは人より圧倒的に野生の獣が多く、畑を荒らされないよう見張っているんだって。
「どんな物を扱っているんだ?」
「保存食や寒さに強い品種のジャガイモの種芋、塩、ヒヨコはたくさん運んで来た。餌の雑穀とセットで安くしておくぜ」
「あとは鍋とか雑貨類ね」
クジマさんの質問にルイスとモニカが答える。
「ヒヨコか!」
「可愛いよ、見る?」
「…うん、いいかな」
私の無邪気な問いかけに微妙な笑顔で答えるクジマさん。小さな子供な私が可愛いがっているであろうヒヨコを育てて食べる気満々なのが後ろめたいと顔に書いてある。
「さあ、どうぞ」
美少年なウィルコがヒヨコの巣箱を一つ出してきた。
どの子もピヨピヨと元気が良い。
「よく太って、よく卵を産むと評判の農家で仕入れた。雌雄も分からない状態だからって割安で仕入れられたから、そのまま割安で売るぜ」
「ここまでの旅でも病気になるヒヨコはいなかったわね」
「僕とカレンで育てたんだよ、どの子も餌をたくさん食べるんだ」
どのヒヨコもまんまるに肥えている。
「うわあ!」
「可愛いね!」
── 出た!子供だ。
これまでに訪れた村にも子供はいた。しかし私の中身は40代の大人。子供と一緒に遊ぶのはキツい…キツいというか無理だ。
なので“ ウィルコ世界の人間への強制力”というスキルでを常に行使している。
大人も子供も無理に私にかまわないよう強制しているのだ。
「ヒヨコだー」
「小さくて可愛いね」
ピーテル村の子供達は私をスルーしてヒヨコに夢中だ。
その間に現れた村長さんとルイスたちの間で商談が成立して、すべてのヒヨコはピーテル村に買われていった。
巣箱と餌の雑穀をすべて引き渡すと、子供達はヒヨコを追っていった。
── 可愛い時はすぐに終わるよ。今を楽しんでね。
凶暴に育ったニワトリに攻撃されたり、可愛がっていたニワトリを食べる日が来て、ピーテル村の子供達が大泣きするのが目に浮かぶ…強く生きろよ。
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