第78話 バンスカー村の名物ソース

「カレンは嬉しそうだな」

 結界で夕食後、ルイス狼にもたれていたら鼻先で突かれた。


「うん。伝統以外の味付けを受け入れてもらえると思っていなかったんだ。前回の広場での販売でも並べてはみたけど、あからさまに避けられていたし」

「美味ければ俺は気にしないがな」

「うん…ルイスとモニカは食べ慣れない味を受け入れてくれるよね、ありがたいよ」

「ヒューマンは難しいんだな」


 私もお米を砂糖と牛乳で煮た欧米のライスプディングが嫌いだから食文化の違いが受け入れ難いって感覚はよく分かるんだよね。


「カレンが、この地域は地球のスイスっぽい食文化だからスイスっぽい味付けじゃないとダメとか、行く先々でその土地の味付けにこだわっていたのも理由があったのね」

「なんでも食べてくれるモニカとルイスとウィルコには感謝してるんだよ」

「美味しいんだからお互い様よ」

モニカ狼も鼻先で私を突く。


「あのね、サンタンデールでケチャップを名物にしたみたいに、ハニーケチャップを、この村の名物ソースに出来ないかな?」

「それは良い考えね!」

「明日はユライからトングを納品してもらう日だから、その後で村長のところに行こう」


 ユライさんのトングやダッチオーブン、メスティンは試作を終えて本格的に製作依頼していた。最初の納品が明日なのだ。ルイス狼とモニカ狼に、そろそろ風呂に入って寝ろと突かれた。明日が楽しみだな。



 翌日、約束の時間にユライさんの工房を訪ねた。


「約束していた分だ、確かめてくれ」

 ルイスとモニカとウィルコがトングをカチカチしたりダッチオーブンの鍋とフタがぴったり合っているかなどを丁寧に確認した。


「完璧だ」

「素晴らしい出来栄えね」

ユライさんが嬉しそうだ。

 次に来られる時期は約束出来ないので近隣の村などに、どんどん販売して欲しいと伝えたらユライさんが驚いている。


「それでたくさん儲けて、次に俺たちが運んでくる物を買ってくれ」

「それは商人らしい考え方なのか?」


「同じように考えるやつは少ないかもな」

「私たちは新しい商品を探したり、広めたりするのが楽しいの」

「そういうものなのか?」

「私たちはね」

 支払いなどを終えてユライさんの工房を後にした。



「おや、いらっしゃい。我が家をたずねてきたのかい?」

 家の前で狩猟や解体の道具を手入れしていた村長さんが出迎えてくれた。武器を手にした村長さんはちょっと怖かった。


「この間ケチャップを買ってくれただろう?」

「ああ、早速ハニーケチャップ焼きを作ってみたがうまく出来たよ」

「そのソースを、この村の特産にしてみないか?」

村長さんの目が見開かれる。


「トマトケチャップも、そうやってサンタンデールで作ってもらって今では特産品だ。王都で人気が出てきている」

「トマト農家や定食屋ごとに原料を工夫して差別化しているの。唐辛子を効かせてピリ辛とか、ハーブを混ぜて風味づけしたりね」

「この村でハチミツやハニーワインのように作ってくれないか。王都や他の地域で販売したい」


少し考えこんでいた村長さんが口を開いた。

「他所で売れるような名物があれば離村した者たちも帰って来られるかもしれん…」


「うまくいくかは分からないがアレで焼いた肉は美味いからな」

「王都へのお土産分は仕入れさせてもらうわよ」


 翌日から村長さん主導でハニーケチャップのタレ作りが始まった。ルイスとモニカとウィルコが村人にビンの煮沸消毒や脱気のやり方を教えて、仕入れたいクオリティと量を確保した。

「こんなに買い取ってもらっていいのか?」

「最低限、必要だと思う量ね」


「…おかげで今年は、まともな冬支度が出来そうだ」

 村人が次々と離れて行く状況は辛かったのだろう。言葉は少ないが村長さんの表情が多くを語っている。


「また来るね!」

「ああ、カレンちゃんも元気でな」

村長さんに頭を撫でられ、アントンさんとニコルさんがお餞別にハチミツをくれた。

 ありがとう、大事に食べるね。

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