第76話 冷燻の完成

 アントンさんとニコルさんを昼食に招待した次の日の朝、4人で冷燻の様子を見に来た。


 前夜も冷燻当番の村人たちが楽しく酒盛りしたらしい。朝から当番を変わった人たちと一緒に燻製の水分量を確認する。

「だいぶ水分が抜けてきたな。今日の午後には完成で良さそうだな」


「ええ…」

「そんな…」

村人達のガッカリが半端ない。

── そうか、夜の酒盛りはそんなに楽しかったのか。


「でも冬に向けての保存食作りは、まだまだ必要なんでしょう?」

「そうだな!」

「まだまだだな!」

── 調子のいい酔っぱらいたちの顔が喜びに包まれる。飲み過ぎには気をつけてね。私は深酒が原因で死んじゃったし。


 村人たちからの燻製についての質問に答えているとアントンさんとニコルさんと村長さんがやってきた。


「村長!もうすぐ完成ですよ!」

「今年の冬は肉を食えますよ!」

「秋になったら冬眠前の肥えた獣をたくさん狩らないと!」

「今年はダメにする心配は無いからな!」

村人たちが嬉しそうに報告する。


「ほお、カチコチだな」

村長も興味深く燻製をのぞく。


「冬の食料不足が解消されたら、他所に移住した奴らも帰ってくるかもな」

「ああ。みんな出て行きたかった訳じゃないからな」


 村人たちが私たちに事情を聞かせてくれた。

「この村は以前はもっと栄えていたし、人口も多かったんだ」

「冬場は雪が多くて食糧難に陥ることも多くてな、村を離れる家族が後をたたない」

「今年は離村する家族を出さずに済むかもしれない」


── ただの酔っ払いじゃなかった、真面目に村のことを考えていたよ。

 おかしいと思ったんだ。もともとかなり栄えていた鉱山だったのに来てみたら鍛治組合はなくて鍛治師はユライさん1人しか居ないし空き家も多いし。


「出来上がったら直射日光を避けて乾燥している場所で保管して、古い順に食うといい」

「乾燥が足りないと、すぐに黴びたり腐敗するから1週間は燻してね、出来れば10日くらい。かなり固くなるけど、そこまでしないと長期保存は無理よ」

「交流のある村にも、この方法を伝えて冬に備えることが出来たらいいよね」


 村人たちが真剣な顔で肯く。さっそく周囲の村に伝えようと相談が始まった。家族が婚姻で別の村に住んでいる人も多いから、他の村のこともひと事じゃないみたい。


 その日の午後、村人を集めて出来上がった燻製でスープを作って振る舞った。数日かけて乾燥させて、またすぐ戻すって非合理的な感じがするけど、秋に干し肉を作ったら冬にこんなものが食べられるって分かって村人たちが嬉しそうだった。

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