第70話 鍛治師のユライさん

 今日はバンスカー村の鍛治師に会いに来た。


「鍛治師のユライだ、アントン達が迷惑かけたな」

「あの2人が食べる量なんて誤差だ」

「私たちこそ泊めてもらって助かってるわ」


自己紹介の後、ルイスが本題に入る。

「さっそくなんだが、これを作ってもらいたい」

 インターネット通販で買ったトングをこの世界で再現可能な素材と品質に転換済みだ。


「俺たちは大きい方は炭を扱うのに使っている。こっちは料理に便利だ」

「肉の塊を簡単に持ち上げることができるのよ」

 トングを渡して自由に試してもらう。

「実際に調理に使って見せようか」


 提案したらお勝手に通された。こっちの世界は土間だから、お勝手って感じ。珍しくて好き。

 ウィルコが野菜を洗って皮を剥いてカット。モニカが豚肉の塊に塩とハーブを擦り込んでルイスが炭を起こす。もちろん衛生面についての講義も忘れない。私は見てるだけ。


 大きなトングで炭を扱うルイスにユライさんが質問している。実際に使ってみたユライさんが唸る。

 ダッチオーブンにトングで大きな豚肉と野菜を入れてフタをしたら火にかける。トングでフタの上に焼けた炭を乗せるとユライさんの目が見開かれた。


「こうやって上からも火を通す」

「上下から焼いた肉は美味しいわよ」

「これがあれば炭の扱いも楽だぞ」

 ルイスがトングをカチカチする。


 焼けるのを待つ間、ユライさんがトングを観察している。この地域は農業には厳しい環境なので、ぜひ鍛治産業を発展させてほしい。


「鍋も見せてもらっても構わないか」

 これは嬉しい誤算だ。ダッチオーブンを作ってもらっている南部のクエンカは遠いから商人が運んでくるのが大変なので、ここで作ってくれるのは大歓迎だ。


「じゃあ煮込みもやりましょう」

 3人で手早くクリームシチューの支度をしてダッチオーブンを火にかける。


「焼く、煮る、蒸す、揚げる、炒める、燻す、保温のすべてをこなす万能鍋よ。普通のお鍋と同様に下から火で温めるだけでなくフタの上に置いた炭火で上からも加熱出来るからオーブンの様に使えるのが特徴ね、そろそろローストポークが焼けたわよ」


「おお!底だけではなくフタの側にも焼き目がついているぞ…こんな料理方法があるのか」


 モニカがトングで肉を取り出すとユライさんが目を見張る。

「持ってみる?」

 モニカの勧めでトングで肉を掴む。

「これはいいな、安定感がある」


「茹で上がったパスタを掴むのにも向いているんだよ」

 肉を休ませる間、ウィルコがパスタを茹でてみせる。作るのはカルボナーラだ。黒胡椒が無いしグアンチャーレかパンチェッタを使うところをベーコンで代用だからカルボナーラもどきかな。この地域でも受け入れてもらえそうな味付けだ。


「ベーコンは1cm幅にカットしてフライパンで焼き色が付くまで炒める。鍋にお湯を沸かして塩を入れたらスパゲッティーニを茹でる。茹で汁を少し残しておいてね。ボウルに卵黄と粉チーズを入れてよく混ぜる。そこに茹で上がった熱い状態のスパゲッティーニと茹で汁を入れて絡めたら完成」


 ウィルコが茹で上がったツルツルのスパゲッティーニをトングで持ち上げる様子に再び目を見張る。出来上がりを小皿に取り分けるのも簡単だ。


「肉も切っていくわよ」

スライスしたローストポークをトングで配る。


「食べてみてくれ、ちゃんと中まで火が通っているから」

 ダッチオーブンは短時間で中まで火が通ってジューシーに仕上がるんだよね。


「美味い…肉も良いが野菜も美味い」

 豚肉と一緒にお鍋に放り込んだ野菜が好評だ。

「こっちのパスタも美味い。持ち上げる時にツルツル滑ると思ったら、しっかり掴めていたな」

 鍛治師らしい視点のコメントだ。


「煮込みも出来たぞ」

ルイスがクリームシチューを配る。

「この煮込み時間でこの仕上がりか…具材が柔らかいな」


 せっかくなのでメスティンも見せたら作る気になっていた。同じものを紹介して南部と北部で違う方向に進化するかも。産業や食文化が発展するのが楽しみだね!

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