第68話 北西部の旅

「あちこちの村同士でチーズの交易が始まったね」

「隠れてチーズを作っていた村が多すぎるな、隠れていた意味はあるのか?」

「秘密にしていたから村ごとに独自に発展して、それぞれ特徴のあるチーズが出来たんだよ」


 北西部を回る旅の最初の目的地はバンスカー村だ。チーズについて話しながら手つかずの自然が残る道を進んでいる。


「この辺りはハチミツも名産品なんだって」


 ハチミツを発酵させて作ったハニーワインもいいんだけど……私が飲酒可能年齢だったらね。この辺りは残念ながらワイン作りが盛んでトカイワインも評判だ。しかしいくら美味しくても私は飲めない。子供だから。


「ハチミツとワインは買い付けないとな」

「……」

ルイスの提案に無言の私。


「果汁で薄めてやるから」

「ルイス大好きー」

コロリと機嫌を治す私。



 この地域の主食はパンとジャガイモだ。すり下ろしたジャガイモと小麦粉をゆでて作ったダンプリングを乳製品で煮込んだ料理も多い。

 この世界の食糧自給率が低い割に飢えた人が少なかったのは乳製品を食糧としてカウントしていなかったことが原因だと思う。かなり広い地域で牛乳もチーズもサワークリームも使われている。

 この地域のチーズは羊乳のものが多いようだ。この辺りの料理は私にはこってり過ぎる予感がする。

 …それはつまりルイスとモニカには合うということだ。ウィルコはこの世界のものは何でも美味しく食べるしね。…私の胃はもたれるけど旅の平和は守られるよ。


「今夜はここで野営するぞ」

 ルイスが馬車を停めたのでみんなで馬の世話をしてから人間のご飯だ。


 この辺りの7月の気温は最高気温が26℃で最低気温が13℃。昼は暑くても夜は冷えるので夕飯は温かいものが食べたい。

「メインはチキンのクリーム煮にしない?」

「いいな」


 肉料理なので反対意見はゼロだ。マッシュルームとニンジンとほうれん草も入れて彩りもまあまあだ。

 あとは半端になっていた野菜と肉を串に刺して塩味で焼いた。煮込みは鍋いっぱいに作って、串焼きもたくさん刺した。品数は少ないけど充分だね。

 

「ルイス」

「分かった」

 私がルイスの手を取るとルイスが立ち上がった。私たちより遅れて野営地に来た年配の夫婦を食事に誘うのだ。なんだか事情があるようで固そうな小さなパンと水だけで食事を済ませていたのだ。

 子供の不躾さを発揮して私たちのキャンプに招待した。


「チキンのクリーム煮をどうぞ」

ウィルコが器になみなみ注ぐ。

「たくさん召し上がって」

 串焼きとパンを乗せたお皿をモニカが配る。見るからに量を食べなさそうな年配の夫婦なのでルイスとモニカが余裕だ。


「…すみません、助かります」

「隣の村に嫁いだ娘が病気と聞いて手ぶらで家を飛び出したもので…」

── 心配なのは分かるけど慌てすぎだよ。


「それは大変だったな、娘さんの具合は?」

「それが妊娠している事が分かりまして」

「病気ではなく悪阻だったようなのです」

「それは良かったな!」

「病気じゃなくて良かったね、さあ食べて」


 ウィルコたちに促されて食べ始める。クリーム煮は食べ慣れた料理に似ていたようで抵抗なく食べてもらえた。


「美味しい食事をありがとう」

 ご夫婦はアントンさんとニコルさん。養蜂業を営んでいるんだって。


「ハチミツの仕入れでしたら是非うちの村に寄って行ってください」

「鍛治師もご紹介出来ますので」


 アントンさんとニコルさんと一緒にバンスカー村に向かうことになった。

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