第48話 エメン村

「誰にも会わないな」

「思ったより小さい村なのかも」


 いよいよ今日にはエメン村に着くが、ここまで誰にも会わなかった。

 あまりにも人がいないのでルイスとモニカは狼に変化して走り回ってヒャッハーしてた。愛犬家の私は大喜びだったよ。自分より大きなモフモフに包まれる夢が叶っちゃったもんね。



 野営地で夕食の後、まったりしてたら寒くてクシャミが出た。

「カレン」

「何?モニカ」

 答えると同時に後ろの襟をパクッと咥えて私を持ち上げて自分の腹の上に乗せて、そのまま丸くなる。モニカのモフモフに包まれた。

「暖かーい!モフモフ」

「もう少し焚き火を楽しみたいから、そこにいなさい」

「うん」

 実家で飼ってた愛犬のマロンちゃんを私が抱っこするような感覚でモニカ狼に包まれちゃったよ。あれは幸せだったな、またやってもらいたいな。



「見えてきたぞ」

 御者席にはルイスと私が座っている。子供がいると相手に安心感を与えるからね。


 村の入り口で馬車を止める。

「この村にどんな用事か聞かせてくれ」

「俺たちは商人だ。鍋や調味料を扱っている。後ろに姉のモニカと弟子のウィルコが乗っている。降りようか?」

「ああ全員と話したい」


 ルイスに下ろしてもらうのと同時にモニカとウィルコも降りた。門番がモニカに見惚れている。


「おい」

「悪い、この辺じゃ見ない美人だから…」

「あんたは強そうだけど、こんな美人と細っこい美少年と子供の4人の旅は危険じゃないのか?」

── 心配されちゃった。


「私と弟は元々は傭兵よ」

「こいつは俺たちの姉夫婦の忘れ形見のカレン。姉夫婦が仕入れの旅の途中で殺されてな、カレンが大きくなるまで一時的に商売を継いでいる。あっちのウィルコは拾って育ててる。安全な世界になったから、細腕でもいずれ独り立ちできる」


「そうか…」

「ぐすっ…」

── 涙もろい門番たちだな…もう泣いてる。


「南で仕入れた高性能な鍋や調味料を扱っているの。ここで売れたら売りたいし、仕入れが出来たらしたいわ」

「あんまり大きな村じゃないんで期待出来ないと思うが、是非寄っていってくれ」

「いったん村長に紹介した方がいいな、マーティン」

「ああ俺と一緒に来てくれ」

「助かる、俺はルイス」

「私はモニカよ」

「僕はウィルコ」

「カレンだよ」

子供らしく振る舞う40代、辛い…。


 村長の家まで門番のマーティンが御者を務めてくれら。その途中でマーティンが村について話してくれる。

「この村も犯罪組織から上前を跳ねられていたんだが、例の神託以降は真っ当にやっていけるようになったと思う。まあまだ何の結果も出ていないがな。食うにも困ってる家族は教会が連れて行った…今頃どうしているのか」

「俺たちは王都から来たんだが、そういう家族は仕事と住む場所を世話されていたぞ」

 マーティンが信じられないものを見るように振り返った。


「ロイとロブの父子は父親が仕事に行っている間は教会で読み書きを習ってたな。教育を受ければ、将来に良い仕事につけるって」

「信じられないのは当然よ。いずれ村を離れた者たちが帰って来た時に納得すれば良いわ。子連れの旅も危険は感じなかったわ」


 村長の家で同じ話をした。村長さんの名前はアンリ、まだ若いのは前の村長さんは殺されちゃったからだって。この世界、そんな話ばっかりだよ。

 あと、この村には子供がいなかった。…良かった。これから生まれるとか、まだ赤ちゃんとか、そこそこ大きい子はいるみたい。一緒に遊ぼうって誘われるのは恐怖だからね。


 広場に馬車を止めて、そこで商売してもいいって許可をもらった。今日はもう夕方だから今日中に伝言を回してもらって明日だね。今日は村長さんの家に泊めてくれるらしい。


アンリ村長の奥さんは身重だった。

「赤ちゃん、いつ生まれるの?」

「夏の予定よ」

「楽しみだね!」


「良ければ食事の仕度は我々に手伝わせてくれる?動くのは辛いでしょう?」

「お客様にそんな…」

「モニカもルイスもウィルコも料理が上手なんだよ。メラニーさんは何が好き?お肉?」

「この村は食材に乏しいの。他所から来た方には、いつもがっかりされるの」

「えー!失礼な人がいるんだねえ」

 メラニーさんの代わりに怒ると微笑んでくれた。きれいな人だなあ。


「俺たちも食材は持って来てる。売るほどな」

「身重だし食べ慣れないものは避けた方がいいわ。普段食べているものを見せてちょうだい」

アンリさんが食材を並べてくれた。


── あった!

「チーズだ!」


「カレンちゃん!」

「チーズを知っているの?」

アンリさんとメラニーさんが驚いてる。


「うん!両親が生きてた頃に仕入れの旅で持ち帰ってくれたの。炙ってパンに乗せたらトロッとして美味しかったよ。牛の乳で作るんでしょう?」

「俺たちも傭兵だった頃に食ったことがある。牛の乳で煮込む料理はうまいよな」

2人が驚いている。


「他所の村で牛の乳を人間が食べたり飲んだりするって話すと差別を受けると聞いていたんだが…」

「他の土地でもある料理のはずだぞ」

「みんなが、そうやって黙ってるから広まらないのね」

「ええー!美味しいのに勿体ないね」


「牛の乳で牛肉を煮込むか」

「僕は肉とかジャガイモとかを取ってくるよ」

 ウィルコが動いた。

 あの顔つきは、たぶんメラニーさんを娘みたいに思ってて娘とお腹の子供のために栄養を…とか考えているんだろうな。大賛成だけど怪しい目つきだけはやめてね。


 チーズフォンデュやラクレットはルイスとモニカが物足りないもんね、煮込み料理が最適だよ。

 それにスイス料理といえばロスティだ。細切りにしたジャガイモをフライパンでパンケーキのような形に整えて焼いた料理でスイス人の大好物だ。


 この辺りの気候でも元気に育つジャガイモの種芋を持ってきて正解だね、アンリさんにたくさん買ってもらおう!

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