第12話 王都での生活
「こんにちはエレナさん」
「こんにちはカレンちゃん」
さっそく王都に引っ越してきた。人々の記憶は操作済だ。
もともと、ここで私の両親ステファノとアドリアナが卸売り専門の商売をしていたが仕入れの旅で2人が亡くなり、母アドリアナの妹のモニカと弟のルイスが私の後見人になって商売を継いでいる…という設定だ。エレナさんはお隣に住むお婆さんだ。
「聞いたわよ、旅に出るんですって?」
「はい、治安も良くなったので仕入れに行かないと」
「カレンちゃんのご両親が元気なうちにウィルコ神のご神託があったらねえ…気をつけてね」
カレンの両親は仕入れの旅で盗賊に殺されたという設定だ。ちなみにエレナさんの4人いた子供のうち1人は働いていた貴族の屋敷で負った怪我が原因で亡くなっている。この世界の貴族は平民を家畜のように扱っていたのだ。
善良なエレナさんはカレンの設定上の両親について本気で悲しんでくれているので心が痛い。
「心配してくれてありがとう、うちはルイスもモニカも強いから大丈夫だよ!」
ルイスとモニカは傭兵だったがカレンの両親が亡くなって傭兵を引退したという設定だ。
「そうね、ルイスさんたちがいれば安心ね」
エレナさんに挨拶して王都の家に帰る。
「ただいま!」
「おかえりカレン」
モニカは帰宅済みで狼の姿で寛いでいたのでモフモフしてやった。今日は全員、別行動で王都の状況を見て回っていた。
「そろそろ晩ご飯の支度しようよ」
ルイスとウィルコはまだだが出来上がる頃には帰るだろう。人型に変化したモニカと一緒に結界の共有キッチンに向かう。
「今日は予定通りハンバーグにしようね」
昨日の夜は王都の食事レベルを確かめたくて街の居酒屋で食事をしたがイマイチだった。味付けは塩のみ。胡椒がもたらされる前の中世だもんね、仕方がない。
「昨日の食事はちょっと残念だったわね」
「美味しいって評判のお店だったんだけどね」
イマイチな煮込み料理を食べて不機嫌になったルイス狼が今日はどうしても肉汁たっぷりのハンバーグを食べたいと言い張ったのだ。意外なことにウィルコは文句も言わずにニコニコと食べていた。
「煮込み料理はイマイチだったけどパンは美味しいと思ったよ。私はふわふわのパンよりもカンパーニュやバケットが好きだから」
「そうね小麦の味が強めで食べ応えあるパンだったわね」
お喋りしながら業務用フードプロセッサーで、この世界の肉を大量に挽肉にしてゆく。この世界の肉は固くて野性味が強い。旅の間も美味しいものを食べたいので挽肉に加工してアイテムボックスに入れておくのだ。
「カレンちゃん、肉をこそげ落とした骨は?」
地球の神様が手伝いに来てくれている。旅に出たら一緒にご飯を食べる機会も無いので今のうちに遊びに来たのだ。
「骨は出汁を取るから、こっちの大きなお鍋で煮よう。香味野菜とローリエとタイムも一緒に入れて灰汁をすくってね。弱火でコトコトね」
「分かったわ」
挽肉が50kgくらい出来たところで用意した肉が無くなった。30kgはそのままアイテムボックス行きだ。残りの20kgはハンバーグの種に加工して今日食べない分はアイテムボックスに収納しておけば、旅の間もいつでも食べられる。ハンバーグの種を捏ねるのも機械任せだ。
「でもウィルコがこの世界のシンプルなご飯を文句も言わずに食べてたのは意外だったな」
「そうね、私も大騒ぎを覚悟したんだけど」
モニカも意外だったようだ。
「私たちは自分の世界のものは何でも疑問なく受け入れてしまうの」
地球の神様が灰汁をすくいながら答える。
「だからこそ改善しなさいって言われても改善する方法が分からないの」
「それって…何も分からない状況でこの世界に1人で放り出されて…この世界が滅びに向かってたって言うけどウィルコは全然悪くないってことじゃん」
「やはり、あの上司たちは滅ぶべきね」
モニカが手に持った巨大な骨を粉砕した。
── うん、分かるよクソ上司に振り回される苦労…。
私はモニカに粉砕された
スープの具合を見たいが届かない…子供の体が憎い…
「カレン、抱っこ?」
「…お願いします」
素直にモニカに抱っこをお願いする。
「うん、スープが澄んできたから濾します。さらに牛ミンチと野菜と卵白を混ぜたものを加えて煮込むと卵白がスープの濁りを吸ってくれるよ。もう一度濾して塩・こしょうで味を調えて完成!」
これは絶対に美味しいやつ! ルイスとモニカが食べすぎても確実に残るから旅の途中でも食べられるね。
「サラダとか副菜の準備しよう!手分けしてグリーンサラダ、トマトと玉ねぎのマリネを作ろう、ハンバーグに目玉焼きを乗せて、付け合わせにポテトも揚げようよ」
ハンバーグは多めに焼いて熱々をアイテムボックスに入れた。ルイスとモニカのお代わり用ではなく旅の間の食事だ。ルイスとモニカとウィルコたちのお皿には分厚いベーコンと大きなソーセージを追加で焼いて乗せた。ルイスだけでなくモニカもたくさんお肉を食べる、大きな狼だから納得の食事量だ。
全ての調理が終わる頃、ルイスとウィルコが帰ってきた。静岡県の人気レストランを真似て大きな俵型ハンバーグを炭火で焼いて熱々の鉄板に乗せた。もちろんハンバーグにかけるのはオニオンソースだ。
モニカがタマネギと生姜とニンニクをすり下ろしてくれたのでお酒と醤油と砂糖で煮込んでソースにした。再現度は結構高いと思う。
「地球の肉は美味いな!このソースも美味い! 昨夜のこの世界の肉はイマイチだったが…」
「このハンバーグもコンソメスープも、この世界のお肉で作ったんだよ」
「…そうなのか!?」
ルイスが驚いています。
「この世界はまだ生まれたばかりの赤ちゃんだからね! 調理法が発展して美味しいものが生まれるのはこれからだよ」
「そうか…俺の認識が間違っていたな、悪かった」
神格の高い神様なのに自分が間違っていたと思ったらすぐに謝れちゃうところが凄いよね。今のはルイスからウィルコへの謝罪だったんだけど、ウィルコはポカン顔でハンバーグを食べている。…謝る甲斐がない相手だったね。
「それよりルイスたちはどうだった? 私は近所でお肉やパンを買う程度のお使いしかしていないけど、みんな喜んでた。たてまえって感じじゃなくて本当に今の状況を歓迎してる様子だったよ」
「私が回った市場も同じよ。貴族や犯罪組織が一斉に消えたおかげで、商売も安定してきてるし命の危険も感じなくなったって」
「お隣のエレナさんの娘さんは仕えていた貴族に殺されて、お肉屋さんのお爺さんは犯罪組織から毎日売り上げをとられていたせいでお婆さんの治療費を払えなくてお婆さんを死なせてしまったって言ってた。犯罪組織に売り上げを取り上げられていなかったら、薬も買えていたのにって」
「私が聞いた話も似たようなものよ、貴族や王族や犯罪組織に家族を殺されていない人はいないわね。一斉に消えた犯罪者たちを庇ったり惜しむ声は一切なかったわ」
「俺たちが聞いて回った範囲も同じだ。傭兵の集まる酒場なんかを回ったが、ひどい目にあってきた者が多いと感じた。ウィルコも何か感じるところがあったようだぞ」
「うん、みんなが美味しいご飯を食べて幸せだって思えるような世界にしたいよね」
肝心のウィルコがちょっと頼りないと言えなくもないが、ウィルコはこれから成長する子だから怒ってはいけない。悪いのはウィルコたちの上司だった無能神たちなのだから。
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