紅しょうが入り玉子焼き
光がカーテンの隙間から差し込む。変哲の無い朝が来た。
ただ、そんな変哲の無い朝を迎えたはずなのだが、自分が異様に汗をかいていることに気づいた。
夜中・汗・男女二人……まさか、とは思ったが汗の原因ははっきりした。
「暑いぞ、離れろ」
まだ夏本番を迎えたわけではないので、当然の如くクーラーなどつけているはずもない。が、夜に蒸し暑いのはここ最近の日本の気象状況上仕方のない事だ。普段なら、タオルケットを羽織り眠りに就けば丁度良いというものだが、いつも以上に体が暑い。異常気象なワケでもなければ、俺が熱を出している訳でもない。
ただ、俺の大きめのタオルケットには、人間カイロが仕組まれていた。
「ん~。…………んッッ!」
暑いというのに、腕を離してくれない。暑くはないのだろうか。
「おい、起きろよ。朝だぞ、朝」
「ん~~!!……にゃんんじぃ?」
「ん?……えっと……六時前だが?」
「んんん~~~~!!!!!」
時刻を聞かれたので、ありのまま答えると拗ねるようにタオルケットに姫は包まった。幼い時によく親父にやられた、人間の玉子焼きにそっくりだ。
「いいから起きろ!」
無理やりその玉子焼きを解体する。
すると、目が覚めたのか、勢いよく女の子特有の正座を崩したような座り方にトランスフォームした。
「な、なんだよ…………」
思わず低姿勢になってしまう。
「翔太郎は馬鹿なの?!まだ六時にもなってないんだよ?わかりますか!!!!」
「六時に起きるのは当たり前だ、この怠惰学生め。俺は朝練にいくからな!寝坊してもしらねぇぞ」
「怠惰学生とはなによ!大体、学生って怠けるものでしょ?!それにまだ一時間寝ても余裕のよっちゃんで間に合いますからねぇ~!!っだ」
「間に合うかではなくてだな、こう、余裕を持った生活を送ろうとは思わないのかよ」
「思いません!!!あ~あ、翔太郎のせいですっかり目が覚めた。あぁ~不快だわぁ。最悪な朝だよ」
「そんなに言うなら、ウチに泊まりにこないで頂けますか?ご自由な自宅で、おひとりでお寝になられてはどうですか?」
「うっさい、馬鹿!!!!」
彼女は、自分のカバンからごそごそと何かを取り出し、勢いよく部屋から飛び出していった。
「んったく。世話係はどっちなんだか……」
いつもよりはっきりとしている脳を動かし、軽く着替えを済ませ、台所へと向かう。
時間があって、かつ朝練のある時は朝ごはんを自分で作るのが俺のルーティーンだ。流石に世の主婦には敵わないが、そこそこのものなら作れる。とはいっても和食専門だが。
冷蔵庫にあった紅しょうがを刻み、卵を溶き、それを混ぜて長方形のフライパンに注ぐ。黄色ベースにところどころ赤い破片が散らばった液体が徐々に固体へと姿を変える。
焼けては手前へ巻くようにひっくり返し、また液体を注ぐ。何度か同じ作業を繰り返した後で、皿へとスライドさせる。
次に高速湯沸かし器の電源を入れ、沸くまでの間に素早くオクラを切る。小皿に盛り付け醤油と鰹節を添える。
丁度沸いたお湯を、インスタントの味噌と具と共に器へ注ぐ。
最後に、親父が岡山かどこかで買って来たらしい少し高級感のある焼き物のお茶碗へ湯気を纏った白米をよそったところで、お風呂のシャワーの音が止まった。
「ジャストタイミング」
我ながら、この計算能力の高さには驚いている。
緑茶をゆっくりと注ぐ。その間に姫は服を着てここへ来る。
「あら、今日はずいぶんまともな食事じゃない」
「昨日は有り合わせだと言っただろ?」
「まぁいいわ」
「なぁ、いつも思うんだけどさ、お前女の子なら髪くらいドライヤーで乾かして来たらどうだ?」
「いやよ。面倒くさい。どうせ乾くんだし」
「髪がボサボサの女の子はモテないぞ?」
「うっさいわねぇ。別に翔太郎よりはモテるからいいんです。それに普通の女子高生よりはモテます!!」
「つまり平均JKというわけだ」
「うぐッッ」
JKと女子高生には大きな壁がある。キラキラして輝いた生活を送って、いかにも青春ドラマでラブコメにいるのがJK。ただ年齢の関係で高等学校に通っている女の子が女子高生。
ここには言葉には表しにくい壁がある……らしいよ。
「んで、気分はさっぱりしたか?」
「おかげさまで、最悪の目覚めだったわ。シャワーという文明に感謝しなさいよね」
「文明様々だな…………」
苦笑いを浮かべる俺を傍らに彼女は飯にがっついている。食べっぷりのいい女の子は嫌いじゃない。ただ、こんなにも集中して食べる女の子は珍しいというものだ。太ってしまえ……おっと。呪いが…
「ん~、なにこれ、超おいしいんだけど!」
「ん?あぁ、紅しょうが入り玉子焼きか?まぁ、今の時代どこの店でもあるだろ」
紅しょうが入り玉子焼きは四季島家で代々引き継がれている料理だ。先代が紅しょうがが好きすぎて何にでも紅しょうがをかけていたんだとか……その中の唯一の成功品がこの玉子焼きらしい。幸か不幸か、俺も紅しょうがは好きだ。だから受け継いだってのも多少ある。
「ご飯粒ついてるぞ」
小学生かよ……でも、姫の食べている姿を見ていると思わず心をうばわれそうになる。自分の作った料理をこんなにも嬉しそうに食べてくれる人がいる、というのは料理する人間からしてそれほど嬉しいモノなのである。
一通りの皿を洗い終え、現在時刻は七時前。
「よし、じゃあ俺行くから。戸締りよろしく。で、遅刻すんなよ?」
「ほ~い」
テレビを眺めながら、食後のアイスを頬張って姫は半ば適当に返事をした。
聞いているのか心配ではあるが、さすがにこの時間におこして遅刻はないだろう……
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