女帝先生に求婚されました。一体どうしましょう。
「おっ!珍しいねぇ~」
「珍しいも何も、試合前だから行くって言ったじゃないですか!」
「そういえば、そうだった」
辛うじて涼みを感じられる風を背に、高校のグラウンドへと足を踏み入れた。瑞城は強化指定クラブとのグラウンド使用の関係で、一般クラブは通常朝練が禁じられている。
「珍しいのはむしろ紗希先輩の方ですよ」
「私は毎朝ここにいるよ?」
「そうじゃなくて、毎朝練習出来ているということが珍しいんですよ」
「このスーパー美少女紗希ちゃんにかかれば、生徒指導部だってイチコロよ!」
紗希先輩は強化指定クラブでもないのに朝練を特例で認められている。それは、彼女の熱意と実績に学校側が折れたからであり、決して買収したとか、まぁそんなわけではないのでご安心を。
「ん~!朝っていいわね」
「え?あ……そうですね」
大学生や社会人はたまた小学生だって。老若男女問わず、朝というものは自然と空へと手を伸ばし、体中の空気を循環させる。夜を乗り越えてきた、空気たちが身を包むのだから朝が気持ちよいのは当然である。
「さてと、ランニング行きますか」
「私についてこられるかしら?」
強化指定クラブがグラウンドで、まだそこそこの良い時間にもかかわらず、野獣の如く声を張る。それを横目に少し遠慮しながらグラウンドの周りを駆けた。
ランニングを終え、軽く体操をしてスプリント練習に入る。スターティングブロックに足をかけ、一本一本試合を想定して、取り組む。
ごく僅かではあるが、手・足・腰・指・頭・胸のズレを感じる。悠吾と勝負をしたあの一本では出なかったこのズレに少し苛立ちを感じる。
横のレーンでは紗希先輩が完全に陸上選手としての顔に変わっていた。頬から滴る汗。目の前の物体を切り刻むように鋭い呼吸。その鍛え抜かれた体が、共鳴するように動く。
「ッッ!」
今まで見てきた紗希先輩のスタートよりも遥かに勢いのある最高のモノだった。
そのスタートダッシュは彼女の意志であり、努力の結晶なのだ、日々向上するのは当たり前といえばそうなのかもしれない。ただ、そんな『当たり前』という言葉で片づけてしまってはいけないような気がした。
「さてと、そろそろ切り上げようか」
「え、あ!はい!あと一本行ったら上がります!」
紗希先輩のその姿に負けじと自分に鞭をうち、練習に取り組んでいた。気づけば、校舎には多くの人影が動いていた。
最後の一本を消化し終え、部室で着替えを済ませる。
「お疲れ様です」
「いやぁ~もうダメだぁ~翔太郎~おんぶしてぇ~」
陸上をしている時だけ、凛々しい先輩は俺が一本を消化している間に早々と着替えを済ませ、部室前のベンチに座って、いかにも面倒くさそうにボーッとしていた。
「運賃頂きますよ?」
「うぐッッ!運転手さん……体でお支払いしますッッ!」
「馬鹿な事いわないで、ほら、朝礼遅れますよ」
「え、あ……ちょ!まってぇ!!」
去年の都道府県大会の前以来朝練をしていなかったので、もう一日をやりきった感じになってしまう。
汗拭きシートで軽く顔やうなじを拭く。ただ、如何せん汗をかいたので自分が臭っていないかが心配になる。それが腐っても思春期男子の四季島翔太郎という人間だ。いや、別に女の子に嫌われるとかじゃなくて、ただのエチケットの一環としてだからね?!
「おはよう。しょうちゃん……」
汗臭さを未だに気にする俺の背後にはプリンスとでも表すべき小柄で華奢な女の子がいた。
「おはよう、佑奈ちゃん」
「今日、朝電車乗ってなかったね……」
一気に彼女の顔つきが曇り始める。
「え?あぁ、朝練で早めに出てたんだよ」
「そっか、朝練だったんだ!なんだぁ~てっきり、嫌われたのかと思ったよ」
曇天の隙間からエンジェルラダーがかかったかのように、明るくなる。
え?何この娘……もしかしてメンヘラちゃん?いやいや、佑奈ちゃんに限ってはそんなことないよね。うんうん。
「嫌うだなんて、そんな事あるわけないじゃない。アハ、アハハハ……」
「もしかして早川先輩と二人で?」
「え?あぁ、うん。てか、佑奈ちゃん、紗希先輩の事知ってるんだね」
「そっか……私はこの学校の美少女は全員把握してるから」
「そ、そうなんだ……」
うわ、この台詞どっかのジャンパーが言ってた事と同じだよ……もしかして、いや。この娘、俺の知らない間に超絶メンヘラ系美少女に進化してない?!
「しょうちゃんは、紗希先輩の事が好きなの?」
「え?いや、好きだよ」
「好き?!?!彼女の私を差し置いて?!」
「え?いやいや、恋愛感情を伴わない方の好きって意味で……あと、いつから俺は佑奈ちゃんの彼氏になったんだい?」
突然の展開に、少し声が裏返り、キャラ名が海産物だらけの国民的アニメの主人公の夫みたいになってしまった。
華奢な少女が何も言わず、ただこちらをじーっと見つめてくる。
こういった状況を『仲間になりたくなさそうに見ている現象』とでも名付けておこう。
「あの~佑奈さん?」
「………………」
「え~と……佑奈さん~?……水瀬佑奈さん~~!」
「………………」
やばいやばい。ついに打つ手がなくなった。
「っと、からかうのはこれくらいにしておくね」
その地獄のような顔は、エンジェルのように明るくなった。さっきからプリンセスになったりエンジェルだったりややこしい娘だな……
「まじで心臓に悪いよ!」
「まぁ、今日はこのくらいにね?たまには彼氏をからかうのもいいじゃない?」
「だから、彼氏じゃないって」
「………………」
「だからその目やめてって!!」
いつまでたっても懲りない娘だよ。親の顔が見てみたい……っと、これはいろんなフラグになりそうだから前言撤回!!!
「四季島ぁ~金寄越せ~」
白衣を纏った教員もどきが恐喝してくる。
「言い方言い方……誤解されますよ?……山本先生」
「どうせ、また教員には到底見えないなとか思ってんだろ?」
大正解
「それはそうと、試合のエントリー代なら朝、体育教官室の先生の机の上に置きましたけど。
「それはそうと!ってやっぱり、そう思ってたんだ!りっちゃん泣いちゃう!」
「あの~……かわいくないので止めてください」
「四季島くらいならコロッと落ちそうだなと思ったんだけどな。やはり男心をつかむのは難しいな」
「いや、四季島くらいって俺をなんだと思ってるんですか」
「ミーアキャット」
予想外の回答をされる。
「ミーアキャットって……先生のペットでもなんでもないんですから」
「どうだ、私と契約するか?年収一千万越え成績優秀容姿端麗なこの優良物件『山本律子』はどうだ?今なら指輪のサービス付きだぞ?」
「モテないからって生徒に縋りつこうとしないでください」
「ミーアキャットの分際で偉そうに」
「全世界のミーアキャットに謝ってください」
まったくこの人は……
「とにかく、お金は机に置きましたからね!」
「え、あぁそれは知ってる。ただコーヒー代が欲しかっただけなんだが」
「やっぱり、あんた教員じゃねぇよ。今すぐ教員免許返してこい!!!」
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