俺と二郎とヒロインと……
先ほどまでの拒絶された世界とは打って変わって、歓声が耳に入り込み自分という存在と世界が繋がる。
俺は、先頭でゴールラインを割った。
ゴール付近にあるタイム計は『11秒34』を示していた。
「はぁ……はぁ…………ッッ」
息を整える間もなく、目に飛び込んできたそのタイムに、焦りと怒りを覚えた。
一般的にみれば、速いというサイドに分類されるタイムだろうが、持ちベストが『11秒32』の俺は苦しい半年間を積み上げてきても尚、成長することが出来ていない。という、冬季練習の一切を否定されたような気分に陥った。
メインストレートと、歓声を上げてくれた観客に一礼をして、トラックを後にする。
スパイクを足から雑に離し、まだ落ち着かない息を整える。
「スタートは遅いし、体重移動も雑。おまけにトップスピードを維持できていない」
一番聞きたくない台詞が脳内に響く。しかし、これは決して俺の心の声ではない。
「でも、ピッチとストライド、それに地面を蹴る力の伝わり方という一連の動作は去年とは比べ物にならない程、上達しているんじゃないかな?」
「え?」
顔を上げると、悪戯に微笑む紗希先輩の姿があった。
「まだまだだね、翔太郎」
座り込んでいた俺に、手を差し伸べる。
その手を取り、勢いよく立ち上がる。腰のあたりで止まっていた、血が全身を駆け巡り始めるのを感じた。
「まぁ、まだ本格的なシーズン初戦だし、こんなもんでしょ?お疲れ様」
「ありがとうございます。紗希さんもお疲れ様です」
彼女はニコッと笑みを浮かべ、『ありがとう』と一言だけ。
彼女自身も自分のタイムに満足がいっていないはずなのに、ここまで俺を気遣ってくれる余裕があるとは、腐っても先輩なだけある。これが大人の余裕というヤツか……
このモヤモヤを吹き飛ばすように、春の風が地面と戯れる。空は青く、陽は朱い。これからの自分たちを表すように、希望に満ちた光景が俺の目には溢れていた。
「「「お疲れさまでしたぁああ」」」
試合後の全体MTが終わる。これにて本日の記録会は終了。一日あったはずなのに、試合というものはどうも短く感じてしまう。
「翔太郎~飯いこうぜぇ~」
「出たな、妖怪金食い虫!ブルジョアジーの好きにはさせんッッ!」
「あぁ~今日はおごってやってもいいかなぁとか思ったのにな」
「よろこんでついて行こう」
試合後のリフレッシュにはちょうどいいだろう。ちょうど、お腹もすいていたころだった。正午前後の中途半端な時間に自分の競技があったせいで、昼飯を食べるのをすっかり忘れていた。
「何々~新井クンおごってくれるの~?私も行こうかしら~」
後ろから陽気な声が聞こえてくる。この声は……コードtwelve。
「早川先輩も来ますか~!是非!」
「後輩にたかるなんて……紗希先輩らしいといえば、それで納得ですが……」
「私もちょっち、金欠でねぇ~」
手を高々と上げて、行く気満々の紗希先輩と、美人主将と飯に行けることをうれしく思う二郎と、取り残されたワイこと四季島翔太郎が一名。
行きつけのラーメン屋の暖簾をくぐる。二郎は行きつけなだけに慣れた様子で席に着き店員さんと軽く挨拶を交わす。紗希先輩は初めてだったのだろう。店の内部を子供のようにきょろきょろと見ている。
「今日はべっぴんさん連れかい~!で、どっちの彼女さんだい?」
マスターが奥から出てきた。この人はいつも俺たちをからかう。
「初めまして、早川紗希と申します。この二人の恋愛戦争に巻き込まれたヒロインでございます。以後お見知りおきを」
顔を赤くして、誤解を解こうとする俺とは裏腹に、そのまま演じようとする二郎。そして、高々と笑うマスター。
「そうかそうか、大した嬢ちゃんだぜ。これは将来が楽しみだ」
「ち、ちがいますからッッ!紗希先輩は僕らの部活の先輩で!」
「先輩と後輩の恋愛……いいねぇ~しびれるねぇ~!」
マスターが少女漫画好きだったことを忘れていた。元ラガーマンなだけにがっちりとしていて、仕事着がパツパツになっていて、身長も190前後あるようないかにも肉食系男子が、恋する乙女のように少女漫画を読んでいた姿を初めて見た時は、凄く驚いたものだ。
「恋愛談なんて、ひとつもありませんから!!……コホン……で、マスター俺はいつもので」
強制的に話を変える。そうでもしなければ、永遠とこのコイバナが続きそうだったから。
「僕もいつもので!早川先輩はどうします?」
じーっと、壁に貼り付けられたメニュー表をみている。名前と値段だけがかかれており、写真も説明もカロリー表示もない、まるで寿司屋のようなシンプルなメニュー表……むしろ、メニュー札?
「じゃあ、マスターさんのオススメをお願いできますか?」
「初来店でいきなり、オススメを頼むとは、嬢ちゃんも中々のやりてだねぇ~よし、このマスターに任せなさいッッ!!!」
いつにもまして張り切ったマスターが厨房へと向かった。
紗希先輩が机に用意された、お冷を一口飲もうとして、慌ててやめた。
「さてと、乾杯よ乾杯!」
「そんな祝う事なんてありましたっけ?それに、ただの水ですよ?」
「こういうのは、雰囲気が大切なのよ!雰囲気が!!さぁ、グラスをもって!」
半ば強制的に文字以上にキンキンに冷えたグラスを持たさせられた。二郎はノリノリだ。
「記録会お疲れ様でした!乾杯ぃいい!」
「乾杯~~!」「乾杯~」
テンションの差が露骨にも現れる。この二人のテンションには中々ついて行けない。いつでもテンションが高く保てるというのは、誇れるべき才能だろう。それを兼ね備えた二人は羨ましいと同時に尊敬をも感じる。
「で、翔太郎の事はもういいとして、新井クンは今日どうだったの??」
「今日は不調……といった所ですかねぇ~」
「でも、練習ではよい感じだったじゃない?」
二郎は跳躍選手なだけあって、短距離選手な俺たちとは練習も別なので、仲がいいにしても、具体的な練習内容や試合内容はあまり知らない。跳躍や投擲といったフィールド種目は、トラック種目よりも注目度が低く、応援も後回しにされる傾向が強い。
今回の記録会でも、100mや800mなど、瑞城から出ている人が多かったトラック種目の応援ばっかりしていたこともあり、二郎の跳躍はまったくみれていない。
「6m22㎝でしたからねぇ~これじゃ、まだ中央大会では戦えませんよ~」
コイツも性格と煩悩を除けば、基本スペックは高い。紗希先輩程ではないが地区内の走幅跳選手ならよく跳ぶ有名人の一角を担っているだろう。
「そっか~でも、不調でそれなら、IHでの記録は期待できるわね」
「早川先輩と肩を並べられるくらいの選手になってみせますよ?」
二人が熱い握手を交わす。俺は一体、何の熱血スポーツコメディーを見せられているのだろう。
「熱いとこ済まないが、熱々のメインディッシュのご登場です~!らーめん三つおまちぃ!」
湯気が視界を覆うように、マスター自慢のシンプルならーめんがやってきた。
豚骨ベースのスープが喜多方ラーメンのようなきしめんに絡みつき、絶妙な量の野菜たちと共に口へと運ばれ、まるで大自然の捕食者となったように、喉を熱い液体が流れ落ちる。
俺と、二郎はこの血が滾る味に箸をとめる事なく食らいつく。
「…………!?」
紗希先輩が一口、食べたところで箸が止まった。石化したようにらーめんを眺める。
「どうした、嬢ちゃん。お口にあわなかったかい?」
マスターが残念そうな顔をしている。
「お口に合わない?いえ、これは……おいしい!おいしすぎる!ナニコレ……こんならーめん食べたことないわ!マスター凄いわ!!!」
マスターの手を両手で握り、熱烈な視線を伴ってマスターを見つめている。
マスターはどこか照れ臭そうに、「いやぁ、嬉しいな」と言いながら、頭をポリポリと掻いている。
「気に入ってもらえたようで、嬉しいです!さぁ、今日は僕のおごりですので、どんどん食べてください!」
「今日は、あんちゃんが大蔵省か!いやぁ~太っ腹だねぇ~!」
親指を立て、かっこつける二郎。
「マスター替え玉お願いします~!」
「うぉ!翔太郎はやいな!俺もお願いしますぅう!」
始まりました、らーめん大食い競争。さて、本日はどちらに勝利の女神が微笑むのでしょうかッッ!!!
勝敗はCMの後でッッ!
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