幼馴染とかいておてんば姫と読む


「紗希~!イイ感じだねぇ~!」

「まだまだこれから!このタイムじゃアイツにはまだ勝てない!」

「え~と、神堂しんどう大付属の風霜さんだっけ?あの子ほんとはやいよねぇ~」

「負けてられないからね!さぁ、もう一本いくわよ~!」

 春の風が悪戯に砂煙を起こす。まだ新学年になったばっかりであるが、引退試合であるIHインターハイまでは残り一か月を切っている。周知の事かとは思うが、IHは地区予選を突破しないと中央大会へ駒を進めることはできない。その先に地方大会と全国大会があるが、そこはまだまだ瑞城には手の届かないステージである。

 紗希先輩がこれでもか、とばかりに120m走の本数をこなし、タイムを上げていく。本番は100mであるが少し長い距離をこなすことで、持久力と粘る力がついて結果的に100m走にも生きてくるという訳である。

「レスト終了~」

 俺のグループのレストが終る。紗希先輩の姿をみて自分に再度喝を入れる。紗希先輩に風霜一花かざしも いちかという好敵手がいるように、自分にも負けられない好敵手がいる。同じ中学校出身であり、最高の好敵手——風霜悠吾かざしも ゆうご、名前から察せるとは思うが、紗希先輩の好敵手の弟である。つまり、現在の瑞城と神堂大付属には早川・四季島VS風霜姉弟という対立構造が完成している。

 スパイクの靴紐を少しキツメに締め、長い直線のスタート位置に着いた。


「「「おつかれさまでしたぁ~」」」

 陽もすっかり落ちた午後7時過ぎ。春の陽は残酷にもはやく落ちる。グラウンドの端にある桜が夜空に映えて美しい。

 紗希先輩だけではなく、次のIHに向けて部員一同意識が高まってきている。その影響もあって、終わりの挨拶の後にどっと疲れが襲ってくる。これもまた、部活の醍醐味というものだ。

「翔太郎~飯行こうぜ~」

「悪い今日はパス」

「デートか?」

「んなわけ」

 どこかのジャンパー君がつまらなそうな顔をしている。そもそも今日の朝、俺にモテないといったのはどこの誰だっけ?

「生憎金欠でな、二郎と飯に行き過ぎたせいでなんだけど」

「マンマにもらえよ」

「うちは君の家ほど金持ちじゃないのでね」

 金持ちジャンパーのせいで俺は逆に財布が寂しくなっていく。いつかは、コイツに奢らせてやる。

「そうかそうか、なら仕方ないなぁ~貧乏人君」

「うちは貧乏すぎず裕福過ぎない一般的な日本の家庭です」

 と、いつものように冗談交じりの会話を交わし、俺たちは別々の方向の帰路へついた。駅までは同じとはいえ、そこからは真反対。俺は南に、あいつは北に。なんかカッコイイな……


 電車内ではまた読書をして、知識を蓄える。知識は金なり、ってね。

「ただいまぁ~」

「おかえりなさい~」

 家に帰ると、母が夕飯を揃えていた。

 学校で渡された保護者向けの書類を一通り手渡し、夕飯をパパっとすませて、いつものように自室に籠る。別にひねくれているわけでも何でもないし、家族関係だって良好だ。ただ、別にリビングルームにいてもやることがない、ただそれだけだ。

 まず、課題に手を付ける。適当にちゃちゃっと終わらせ、部活ノートに手を付ける。一日の練習の振り返りと、次回の目標なんかを書いて練習を客観的に整理するというもので、強豪校ならどこでもやっていることだ。それを中堅校の瑞城がパクった、ただそれだけ。

 ペンを走らせると同時にイヤホンから流れてくる、音楽が妙に心地よい。

「フンフフフフンフン~♪」

 思わず鼻歌を奏でてしまう。最近はネットアーティストというモノにハマっている。アイドルでもなければバンドでもない。同人活動の延長のような、アーティストから楽しさが溢れ出ている曲に心が惹かれる。そんな感じで、現代はネットなどを利用して、今まで自分の中で眠っていた潜在的能力が表しやすく、そして評価されやすくなってきている。自分もなにか突出している才能があればいいが、生憎平均的な男子高校生には、そんな発表の場が与えられてもただのツールとして終わってしまう。

『新着メッセージがあります』

 スマホの画面が光る。しかし、今はこのまま音楽に身をゆだねていたい気分だ。見て見ぬふりをして、もう一度幻想的な空間へ入り込む。

『~~~♪』

 聞いていた音楽が途切れ、聞きなれた別の音楽がイヤホンを介さず流れてくる。着信音という別に幻想的でもなんでもない音が部屋に響く。

「もしもし……あ」

 画面をスワイプして、着信をとった後、一方的に相手から切られる。いたずら電話かと疑ったが、着信履歴の文字をみてそうではないと分かった。

夢咲 秋穂ゆめさき あきほ

 秋穂とは、俺の唯一の幼馴染にして、おてんば娘という言葉がぴったりな、とにかく変な奴だ。今回電話してきた内容はおそらくメッセージを早く見ろ、という催促だろう。

 最近はメールからSNSへとメッセージ機能の中心は移行している。その社会の例にもれず、俺もそのサービスを利用している。ただ、メッセージが来ていても、気が向かなければ後回しにする。それが四季島翔太郎というめんどくさがりな人間である。

 それを見越して、電話をしては切るという、なんとも原始的な方法でメッセージをみろと催促されることはしばしばある。

『今週末あけおいて 以上』

 命令文で指令書のように送られてくる短文。アイツは俺を都合の良いおもちゃとしか思ってないのだろうか?別にそれを嫌だとかそんな風には思わないが、なんとももう少し『今週末とかあいてたりする?』みたいに、ちょっと可愛さのある文をおくってはくれないのか……と少し落胆するだけ……ウン

 不幸なことに、週末は空いている。瑞城の校則で原則部活動は日曜日の活動は認められていない。試合とか記録会とかその辺は許されているが。まぁ、文部科学省からの部活動改革やらなんやらでの要請によるものだと、聞いてはいるが、強豪校は日曜日も構わず練習しているらしい。

『分かった』

 短文には短文で対抗する。

 毎週日曜日は一週間の疲れを癒すために、自分の趣味へ捧げる日と決めていたのに……おてんば姫の自己中宣告によって、休日を奪われたか弱き男をどうかお助けください。あー、アーメン。


 なんとなく平日を消化し、いつもならパラダイス、今日はパノプテイコン。秋穂という監視塔によって一日拘束される俺という名の囚人。

「ヘイヘ~イ!待った?」

 集合場所に現れたのは、いつもの雰囲気とは違い春っぽい服装をして、肌白くてまるで触れてしまいそうなラブコメヒロインのよう……ではなく、何故か学校のジャージ姿で、髪もぼっさぼさのおてんば娘。よく言えば、いつもと変わらず。悪く言えば、適当な。

「別に待ってはいないけど……で?その恰好は?」

「あぁ~いつも通りじゃん。それが何か?」

 予想通りの返答に頭が重くなる。

「あのなぁ……仮にも男子との休日デートだぞ?」

「別に翔太郎は男としてみてもないし、オシャレしてくるなんてコスパ悪いでしょ?」

「あぁ、ハイハイ。そうですね、俺ごときにオシャレしてくるなんて確かに非効率でございますね」

 コイツが男だったら、今すぐにでも脳天ぶち抜いてやるのに。

「っと、荷物持ちの御家人さんやい」

「どうして、あなたが将軍職なんですかね?」

「今日は、取り敢えず次のデート用の服を一通り買い揃えたいからよろしくね」

「聞いちゃいない……って、次のデートって彼氏いんのかよ?」

「いや、いないけど、いずれ出来るでしょ?ってことで」

 ほんと俺の周りはどうしてこうパラノイア患者ばっかりなんだ?!というか、どうしてそれに俺が荷物持ちに借り出されなければならないのでしょうか??

「さぁ、レッツラゴー!!」

 そのキラキラとした、表情をみるとなんかもうどうでもよくなってくるあたり、俺の寛大な人柄を尊敬するよ。


 将軍様秋穂の統制下に入って三時間ほど、ひっきりなしに洋服店をはしごし、もう両手にはいっぱいの紙袋が。どこから金が出てきているのか不思議で、不思議でたまらないが、ともかくまだこの参勤交代お買い物が終わる様子はない。これ、外様大名並に使ってるけど大丈夫か?

「お腹すいた~」

 どうやら一時寄宿休憩できるらしい。

「昼飯にするか。何が食べたい?」

「お肉……あ、もちろん翔太郎のおごりで」

「却下」

 そんな目を輝かせながら見てきてもダメです。絶対の絶対の絶対に支払いませんから。金食い虫はジャンパー二郎だけでもう十分です。

「取り敢えずフードコートでもいくか」

 まだ輝いた目線を送ってくる、おてんば娘を引っ張って、一階のフードコートへと足を進めた。

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