二.

 僕は心底運が悪い。もちろん、一昔前のラノベ主人公ように「俺はいわゆる『不幸体質』だ」なんて口が裂けても言うつもりはないし、そんな痛いことは給料をもらってもやりたくない。ただし、それに類するもであるのは確かだ。


 つまり、先ほどのように言わなくてもいいことを、ついついカッコつけて口に出してしまったところが、件の人に聞かれてしまう。というのも、僕の運の悪さを考えれば、当たり前のことかもしれない。


「どうかしたか。と聞いておいて申し訳ないが、実のところ私は君の短い独り言から、なんとなく内容を察した」


 そして今に至る。変人故の天然で、普段から抜けているところのある彼女だが、成績はいいし、頭もよく回る。つまり僕に残された道は二つ。一つは「学校一有名な変人」というのを、先輩ではないと言うことにする道。もう一つは、素直に認めていっそここで告白してしまう道。そもそも、先輩以上の変人なんて、この学校にはいない。


 道は一つだった。


「先輩。実は僕、先輩のこと」


 僕が何万回と繰り返されたであろう、安っぽい出だしで気持ちを伝えようとしたその刹那――

「後輩。私は君のことが好きだ」

――今まさに好意を伝えようとした相手から、出鼻を大きくくじかれた。しかも、完全に予想外な方法で。


 突然すぎて頭がフリーズする。何も言えないままに口をパクパクさせる様は、きっと死にたくなるほど無様だ。


「今日君をここに呼んだのも、実を言えば君に告白してやろうなんて気持ちがあったからなんだ」


 さらに追撃。頭がクラクラしてきた。


「この樹、以前裏山を散歩しているときに見つけて気づいたんだが、曲がったり、見当違いな枝の分かれ方をしていたりするのに、全体を見ると驚くほどに真っ直ぐに伸びているんだ。根もそう。それぞれは好き勝手に伸びているように見えるが、その実、放射線状に美しく均等に広がっている。そんな様子が君に似ている気がしてな」


 そう話す先輩の顔は、やはり鉄仮面。しかし、その色は少し赤みを帯びているようにも見える。それは夕日のせいか、それとも彼女の顔自体がが紅潮しているのか。わからないが、とにかく美しい。


「それで考えた。なぜ、この樹を見たときに、全く関係ない君が浮かんだのか。そしてわかった。君に恋しているからだと。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言うが、それに近いのかもしれないな。関係ないものを見ても、なんとなく君に結びつけてしまう。それは、紛れもなく、私が君に恋している証拠なのだ。だから、ある種願掛けとして、この樹の前で君に気持ちを伝えることにした。さっき根を一周してきたのも、気持ちを落ち着けるためだ」


「つまり、先輩は僕のことが……」


 先ほど先輩が言ったことを復唱する形で呟く。乾き切った唇から漏れた声が、大いに震えているのを自分でも感じた。


「ああ、好きだ。愛しているといっても過言ではない。こんな鉄仮面の変人に好かれて迷惑かもしれないが、私も困惑しているんだ。こんな気持ちになったのは初めてだから」


 先輩につられて、僕の顔もどんどん熱くなる。夕日でごまかされるように切に願う。


「後輩。もし君がよければで構わないんだが、結婚を前提にとは言わない。でも、少なくとも私は君の一生を背負う覚悟で、付き合ってくれないか」


 変人が僕に向かって手を差し出す。初対面の時と全く同じ仕草で出されたそれを、僕は迷わず握る。出会いの瞬間がフラッシュバックした。


 変人らしく、今まで聞いたことも見たこともないような、奇天烈な内容の告白に、恥ずかしさと面白さで笑ってしまいながら、僕は答える。夕日の沈む直前。断末魔の光とともに。


「もちろん。喜んで」


 夕日が木々に隠れても、先輩の顔は真っ赤だった。

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