クリオネ!

麻城すず

クリオネ!

 雨がザアザア降ってきて。

 かっぱだよ。

 かっぱじゃないよ。

 カエルだよ。

 カエルじゃないよ。




 宇宙人だよ。




 ……って。


 え?




 ※※※




「うわぉうっ!!」

 ガコン!


 ヴォーと低く響く機械音の中、叫んで飛び起きたあたしのおでこは思い切り派手な音を立てて壁に激突した。声も出せない痛みにベッドをバンバン叩きながら耐え、ついでにベッドの柵まで叩いてまた痛みにもんどり打つ。


 梅雨の土砂降りの雨の朝。


 痛いだけで腹が立つのに不快なジメジメのせいでイライラ百倍増しじゃないか。

 えいこのうるさいだけの旧式エアコンめ。やっぱりもっと良く効く最新型のエアコンを買わねばなるまい。


「地球人って面白いですねぇ」

「ぎゃーーーっっ!!」


 突然窓の方から聞こえた低い間延びした男の声に、あたしは夢を思い出し、これが現実だと言うことを確認してしまう。


 あの夢は酷かった。

 楽しく絵描き歌を歌いながらコックさんを書いていたはずが、出来上がったらクリオネに激似のグロテスクな宇宙人だなんて。


 と、最悪な寝起きを思い返しウンザリしながら、それでも恐る恐る後ろを振り向いて見れば。


「アリサカリカさん、おはようございますぅ」


 って、何人だかよく分からない国境を越えた容姿の若い男に名指しで挨拶された。

 ってかなんであたしの部屋に若い男、しかもかなりのイケメンが?

 口をパクパクさせながらそいつを指差すあたし。指差されたことなんか気にする様子もなくニコニコ笑っているそいつ。

 髪はストレートの栗色、それが肩で弾んで揺れている。少し垂れ気味な目だけれど、睫毛はびっしりばっちり上向き。筋の通った鼻はすらりとして、薄い唇と細い顎。


 こいつはかなり、本格的な美形というやつだ。


「ああ、自己紹介が遅れました。僕はM-368星雲内、アンコロモチ星からやってきたリゾットと申します」


 仲間はド〇リアそれともベ〇ータと思わず某漫画のキャラクターを思い浮かべてしまう名前。


 しかも何あんころ餅って。


 それにしても、名前はともかく外見はすこぶるいい。あたしの理想ど真ん中。

 だからと言って人ん家に勝手に入る犯罪者に惚れるとかは有り得ません。なのでここは一つ、快適で有名な我が日本の誇る刑務所に行っていただきましょうかと大声を出そうとしたならば。


「ああっ叫ばないで。ウチウジン悪くない。悪いのはシャカイです」


 良く分からないことをカタコトで言われた上に口を塞がれた。


「お願いです、聞いてください。今僕達の星の人間は絶滅の危機に瀕しているのです。それを救えるのはあなた方地球人。社会は悪です」


 ……だから意味わからんって。社会に何の恨みがあるのだ。


 あたしの冷たい目線に気付かないのはアンコロモチ星人の国民、いや星民性なのかもしれない。それともリゾットとかいう男の人間性か。


 とにかくその見た目だけはイケてるリゾットという奴は、あたしが聞いているかどうかなんかお構いなしに話し始めた。


「僕達の星は元々この地球と同じように豊かできれいな水に覆われた美しい星でした。しかし科学が発達し、生活が便利になると様々な弊害が生じてきたのです。その中でも深刻なのが環境汚染によるホルモンバランスの乱れ。結果、アンコロモチ星には雌が生まれなくなってしまったのです! そのため『雌がうじゃうじゃ生息する他の星で子作りしようキャンペーン』と言うのを国際統一政府が大々的に打ち出しまして「出てけ」


 なんだその一昔前のエロ漫画みたいな設定は。


 作者の安易さ…いやいや、到底信じ得ないイケメンの宇宙人説は聞くにも馬鹿らしく、あたしは再びこいつを塀の中へぶち込む方法を考える。


 が、取り敢えず宇宙人と地球人って時点で種の法則は完全無視らしいことに気付き、良い考えを閃いた。


「それって相手雌なら誰でもいいってこと?」


 つーか、雌って言葉は屈辱的だな。


「はあ、まあそうなりますかね」

「んじゃ隣ん家のマリアちゃんに頼みなよ。彼女来るものは拒まずだから」

「マリアさんですか! ありがとうございます、早速犯してきます!! お世話になりました!」


 ……めちゃくちゃ嬉しそうに不穏な単語を言っていったな。


 ざあざあ振りの雨の中、二階の窓から飛び出して行ったそいつを見送りあたしはうーんと伸びをした。

 あんまり間抜けな奴だったから危機感まるでなかったな。あんな極上の容姿の男相手にときめきもまるでなかったが。

 さあ、この後の展開は。


「マリアさん畜生じゃないですかぁっ!」

「畜生って言うな!!」


 空を飛んで戻ってきたイケメンに右ストレートを食らわせる。青い血を吐きながら吹っ飛んで行くイケメンの図。メルヘンだ。

 しかし今日の拳のキレは最高だぜ、と自分の技にホレボレ、してる場合じゃなくて。


「雌ならなんでもいいんでしょ? マリアちゃん年中発情期だし相性バッチリっぽいじゃない」

「小型犬じゃ無理ですって!!」


 大型犬なら良いって言うのか。ハードル随分低いなお前。


「せっかく人間型を選んだんだから人間と子作りしたい。だからあなたにお願いしたい!」

「こっちは願いさげだってば! 大体なんなの選んだって」


 パエリアはとろけるような笑顔を浮かべ、自分の正体を話し出す。


「この姿、実は借りの姿。アメリカにあるM-368星雲地球調査室カリフォルニア本部では日々各種族の雌に持てはやされる雄の研究が行われておりまして、そこからの情報を元に我々は外見を作るんです。僕のこの姿は日本人女性の60パーセントが理想にあげる、白人の血の入ったハーフっぽさ、あ、完全に外国人だと気後れするそうなのであくまでハーフなんですが。中性的で背が高く、さっぱりした顔の作り、卓越したプロポーションなどなど完璧に仕上げてあるんです! これなら日本の雌は直ぐに股を開くと本部長が太鼓判を押したんですが……「本部長しめたろか」


 開いてたまるか!


 ところで気になることが一つ。

 「それが作られた姿なら、本当はどんななの?」

「そうそう、地球上に生息するある生物が僕達にそっくりなんですがね」

 パエリアは嬉しそうに答えてくれた。

「大きさこれで、クリオネです」


 ……今朝の夢は正夢か?


「頭が割れて触手で捕食するところなんかそっくりで「お前消えろ」


 窓からグイグイ追い出そうとすると


「ああっ、待って。僕のセールスポイント聞いてくださいっっ!」

「下らなかったら承知しない」

「エッチのときに、触手プレイが出来ま「死ねっっ!!」


 明確な殺意を持って突き飛ばした、が。フヨフヨと浮いた奴に効いてはいない。

 そういえばこいつ、隣ん家への行き来空飛んでたっけ。


「……あんたの弱点一体何?」

「乾燥です」


 つーか弱点即答かよ。うちうじんバカなのか。


「でも幸いこの土地には梅雨という素晴らしい季節があるそうですね。正に今。このジメジメ具合は僕達が動くにはおあつらえ向きな大気状態なんですよ」


 こちらの考えを見抜いていたかのようにニヤリと笑う宇宙人。


 つーゆー!!


 お前はただ鬱陶しいだけじゃなく宇宙人まで活性化させるのか!! 田んぼと畑とダムの貯水湖の上だけで活躍してよ!!


 怒りに任せてガコガコ壁を殴るあたしに構わずリゾットはさりげなくベッドメイクを始める。


「何してんのよ!」

「僕、ハジメテなんです。優しくシテね」


 人の枕を抱き抱えベッドにペタンと腰を下ろし、モジモジクネクネ体を捩じる大の男。


「気持ち悪いっ!!」


 今度は右アッパーが完璧に。うわやべ何この爽快感。


「なぜだっ! カリフォルニア本部長直伝の萌えポーズが効かないとはぁぁっ!」

「いっぺん本部長連れてこい!!」


 頭をブンブン振って苦悩するパエリアの脳天にかかと落とし炸裂。

 うわまじやべえ気持ちよ過ぎる。ストレス発散に丁度良いかも。


「……って今現在のストレスほぼすべてあんたのせいじゃないかっっ!」

「わあ! 何だか知りませんが理不尽な気がするのはなぜっ!!」


 まだ枕を抱いたまま狭い室内を器用に逃げる、その意外な俊敏性にまた腹が立つ。


「リカさんっ、言っときますけどねっ。僕らアンコロモチ星人は戦闘民族ですからやられればやられるほど強くなりますから! サ〇ヤ人もびっくりです!!」

「日本文化詳しすぎる!」

「じゃパにーずあにめサイコー! ブラボー、ハ〇オ・ミヤザーキ! 本部長が日本人はこれさえ言えば「黙れっっ」


 回し蹴りとばかりに足を振り回したが、意外にもリゾットはそれを簡単に受け止めて、ビュッと腕を振った。途端あたしの体はベッドの上にボワンと跳ねる。同時にベッドの上に置いてあった携帯や幾つかのリモコンが、フローリングの床へガシャガシャと音を立てて落ちて行く。


「さあお遊びはここまでですよぉ」


 仰向けのあたしの顔の両脇に手を突き、その素張らしく美しい造形を誇る顔面にニヤリと嫌な笑いを浮かべ、さっきまでの弱気はどこへやら。


「こらリゾット退きなさいよ!」


 まだ自由な足で万国共通男の急所を激しく蹴りあげようとしたとき。


「ぎゃーっヌルヌルっっ!」


 赤い内臓みたいなグニグニが両足に絡みついた。


「もー、暴れちゃって。そんなに触手緊縛プレイがしたかったんですか?」


 触手ってなんなの! 腸? もしやこれ腸なのでは!?


 どっから出てんだこれはと必死に出所を探ってみれば、リゾットの後頭部からウニウニと。頭が割れて触手で捕食するところなんかそっくりで、というさっきの台詞を思い出す。


 てことは今こいつの後頭部は……ブルブル、恐ろしくて想像出来ない。


「じゃあ早速始めますよ」


 想像すらしたくなかったってのに、パカッとあっさり頭が割れて、中からうじゃうじゃ大量の触手。それが体中を這い始め、その感触にあたしは。


「ああん。いやあダメダメぇ」

「ああっ、リカさん! 気に入って頂けたんですねっ! 僕初めてだから不安だったんです。こういう時はあれですよね。お決まりのセリフが……ヨイデハナイカヨイデハナイカ」

「あんあん、お止めくださいお代官様ぁ……なんて官能小説ごっこは終わりだくらあああぁっ!」

「ああっ騙されました! ならば前戯はお終いです!」


 狙われた場所は、ただ一つ。


「今度こそ気持ち良いですよぉ」

「ぎゃああああっっ!!」


 と、その時。


「う、な、何故だ。こんなざあざあ降りの雨なのに乾燥するなんてぇぇ!」


 リゾットは恐らく体中で一番水分保有率の高いその触手の生え際を抱えのたうち回り出した。


「この自慢のブツを突っ込んで強気でツンデレなリカさんをヒイヒイ鳴かせて僕の性奴隷にしたかったのにぃぃぃ」

「てめこの妄想童貞宇宙人! さっさと消えちまえっっ!!」


 みるみるうちに蒸気のようなものを上げ、縮んでいくリゾット。


「湿度は常にロクジュッパーセントォォッッ!」


 それが断末魔の叫びだった。


 残ったのは手のひら大のクリオネの干物。

 あたしは今回の功労者、部屋の隅で小さなうなり声を上げ続ける白い塊を見上げる。


「ありがとう、旧式エアコン」


 冷房が全く効かないものの辛うじて生きていた除湿機能。どうやらさっき、コントローラーがベッドから落ちた時に冷房機能から、偶然切り替わっていたらしい。


 適湿設定なんてない君のオールドな能力にあたしの貞操は守られた。

 たとえ無駄に音が大きかろうが、全然涼しくならなかろうが、肌がパリパリ乾燥しようがあたしはこいつと一生を共にすることをその時堅く誓ったのだった。





 ……なんて訳はなく、間もなく訪れた本格的な夏の暑さに負けたあたしは早々にエアコンを買い換えた。


 因みに、リゾットはくるくる巻かれて百均で購入した密閉容器に除湿剤と共に封印されたままあたしの机の上にいる。


 遊びに来た友人には、よく乾燥クラゲと間違えられていたりする。

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クリオネ! 麻城すず @suzuasa

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