価格破壊

 私たちが治療薬の販売を始めてからしばらくの間は誰も来なかった。周囲には所せましと色んな物を売っている商人たちがひしめいており、そもそも気づいてくれる人すらいない。

 たまに気づいた人がいても、値段が安すぎるせいか、不審げに表情を変えて去っていくことが多かった。


 そのため、しばらくの間私とミアはひたすら薬の錬成に集中していた。もし私の魔力が尽きるまで作り続けたとしても一つも売れなかったらむしろ値段を上げた方がいいのかもしれない、などと思い始めたころだった。

 一時間ほど経った後、一人の商人が私たちの前に現れた。そして不安そうに尋ねる。


「あの……あなた方が銀貨一枚で赤斑病治療薬を売っている方々で間違いないですか?」

「はい、その通りです!」


 初めてのお客さんにミアの表情がぱっと輝く。


「これって本物ですか? やけに安いような気がするのですが」

「はい、たまたま遠方で冒険したときに材料を大量に手に入れることが出来たので、この街の皆さんに安値で行きわたればいいなと思ったのです」


 ミアが用意していた理由を述べる。商人は私たちが高レベルの魔術師であることを察したのか、納得したように頷く。


「確かにそのレベルの魔術師があえて詐欺をする理由はないか。一人いくつまで買っていいとかあるのか?」

「いえ、特には……ただ、薬を錬成しながらの販売ですので、ある分しか売れませんが」

「なるほど。転売とかしてもいいのだろうか?」


 ここまで安値で売ったら当然そういうことを考える人が出ることは予想がついていた。


「はい、構いません。もっとも、私たちは今後も銀貨一枚で売り続けるのですぐに値崩れすると思いますが」

「なるほど」


 ちなみに、メルクは金貨五枚前後という価格で売りつけているため、例えこの商人が私たちから買って金貨一枚で売って回ったとしてもメルクの儲けは少なくなる。ざっくり言えばメルクの資産は五分の一になると言う訳だ。

 それに私たちで売るだけだと、街全体に行きわたらせるのが難しいため、ある程度価格が上がっても転売してくれるのはむしろありがたいとすら言えた。


「では十人分もらおうか」


 そう言って彼は金貨一枚と、ポーションの空きビンを渡す。私はそれを受け取ると、治療薬を汲んで渡す。


「ありがとう、値崩れするまでは儲けさせてもらうよ」

「ありがとうございます」


 そう言って一人目のお客さんは去っていった。

 その商人が買っていったのを見たからだろう、周りの人がぽつぽつと買いにきてくれるようになった。さすがに普通の町人は買いだめするほどの財力はないのだろう、病にかかったときに備えて一つか二つずつ買っていくという感じだった。


 そして最初の商人から一時間ほど経ったころだった。今度はもう少し裕福そうな商人が数人ぞろぞろと連れ立って現れた。しかも一人の魔術師風の男を連れている。


「街にビラがまかれているので来てみたが、あなた方が赤斑病の治療薬を売っている方か」

「はい、その通りです」


 リンは一体どんな方法でお客さんを集めているのか気になっていたが、まさかビラを撒いていたとは。転写系のスキルを持っていないと同じビラをたくさん作るのも一苦労だけど、どうやっているのだろう。

 私が奥でそんなことを考えていると、先頭に立つ男が店番をしているミアに言う。


「大変申し訳ないが、相場の数十分の一という値段をにわかに信じることは出来ぬ。そこで鑑定スキルを持った学者の方を連れてきたが、鑑定させてもらってもよろしいだろうか」

「もちろん構いません」


 そう言ってミアはビンに入った治療薬を差し出す。

でも、これはある意味願ってもないことだ。ちゃんとした学者の方が鑑定してくれたのであれば、こちらも堂々と売ることが出来る。


「本物です」


 学者の男はしばらく治療薬を見た後に静かに言った。それを聞いて私は表に出る。


「あの、よろしければこちらの看板にサインと『鑑定済み』という言葉をいただけませんか?」


 本来スキルによる鑑定を依頼するにはお金がかかるけど、今回は向こうの商人が依頼しているようなので、ある意味ただで鑑定してもらえたことになる。


「いいだろう」


 学者の男は静かに頷く。そして私たちが出している看板にサインをくれた。これで堂々と売り続けることが出来る。

 一方の商人たちは本物であることが分かると互いに頷き合いながら言う。


「これを百ほどもらえないだろうか」

「百!?」


 いくら何でもそこまで残っていたのだろうか、と思いつつ量を計ると、残りは67人分しかなかった。それでももう少し高値で売れば一日で金貨百枚以上は儲けられるんだけどね。


「あの、67人分しかないのでとりあえず今はこれだけでお願いします。また作りますので、その時は来てください」

「分かった」


 そう言って商人たちは金貨六枚と銀貨七枚を差し出し、私たちは樽に入った治療薬をそのまま彼らが持ってきた水筒の容器に詰めて渡す。


「ありがとう、これで儲けて元手を作ろうと思うよ」

「こちらこそ、鑑定していただいて助かりました」


 こうして男たちが去っていった。私は仕方なく休止中の看板を出す。


「エルナ、どうしましょう?」

「ちょっと魔力回復ポーション買ってくるからお客さん来たらそう言っておいて」

「分かりました」


 魔力回復ポーションは普通のポーションに比べて割高だ。休息をとって魔力を回復した方が金銭的な効率は圧倒的にいい訳だけど、元々今回の商売に儲けは求めていない。

 そんな訳で私は近くのテントで、今儲けたお金を全て使って大量の魔力回復ポーションを仕入れた。そして全部持ち帰るのが面倒だったので、その場で飲み干す。


「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだね」


 商人のおっちゃんも思わず感動したほどだ。


「いえ、恥ずかしいのであまり見ないでもらえた方が嬉しいんだけど」

「そいつはすまねえな」


 そんなことがあった後、魔力をほぼ回復しきった私はミアのところに戻る。すると、看板にサインをもらった効果なのだろう、すでにテントには何人かの列が出来ていた。


「お待たせしてすみません、すぐ作るので」


 そして私はミアと慌てて治療薬を錬成してはそれを売り、売り切れるとその売上でポーションを買いにいっては作り、というサイクルをひたすら繰り返した。

 中には「少し待つから錬成してでも売ってくれ」と言って魔力ポーションまでくれる商人もいた。


「ふう、疲れた……」


 夕方ごろ、私たちのテントに疲れ果てた様子のリンが戻ってくる。


「お疲れ。と言っても、私の方が疲れたけど」


 どれだけポーションで魔力を回復しようが、何百という回数魔法を使い続けていればさすがに疲れるというものだ。


「そう言えばリンは、どうやって宣伝してくれてたの? ビラ配ってたみたいだけど」

「お金払って人を集めて頼んだ」

「なるほど」


 言われてみれば一番単純かつ効率的な方法かもしれない。私とミアは能力によって金銭感覚や物量感覚がおかしくなってしまっている。複写系スキルを使える人を探してお金を払って依頼するよりも、探す手間を考えれば速い可能性すらある。

 ある意味、お金でどうにか出来ることは全部タダみたいな気持ちはある。


「さて、魔力もほぼなくなったことだし、私は明日に備えて休もうかな」


 が、私がそう言ったときだった。

 突然、遠くから悲鳴が聞こえてくる。続いて、ばたばたという人の足音が聞こえてくる。


「何だろう」


 疲れてはいたが、何かが起こっている以上いかなければならない。


「二人とも、行こう」


 そちらに向かうと、「きゃあああ!」「わあああああ!」といった悲鳴を上げながら走ってくる人たちが大勢いる。


 そしてその奥で、例のホーンタイガーが暴れているのが見えるのだった。

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