大商人メルク
さて、食べ歩きを終えた私たちは夕方ごろにまたまたギルドを訪れた。タイガーの件には何か進展はあっただろうか。が、私たちが入っていくと、ギルドの受付嬢は申し訳なさそうな顔をする。
「一体どうしたの?」
「はい、事の次第を説明させていただきます。まず例のホーンタイガーの持ち主はメルクというこの街では有数の財力を持つ大商人なのです。大道芸をしている男もメルクに雇われてお金を稼いでいるにすぎません。そのため私たちはメルクにタイガーについて問い合わせしたのですが、全く返事が来ないのです。メルクの部下が受け取った手紙を主に渡せないほどの無能でなかったとすれば、意図的に無視されていることになります」
私たちの要求はホーンタイガーを少し調べるだけ。見世物は夕方から夜にかけて一日一回行われるだけなので、そのほかの時間に調べることは十分可能なはず。それでも無視されているということは、やはりやましいことがあるということだろうか。
「私たちが勝手に調べると問題かな?」
「申し訳ありませんが、ギルドに強制調査などを命じる権限はないので、メルク氏に無断で調査を行って問題が発生した場合、ギルドは責任を負いかねます」
勇者を見れば分かるように、冒険者といっても人格はピンキリである。気性の荒い者の中には依頼で何かを調査する際に対象の家に忍び込む、対象の物を盗み出す、などのよろしくない調査手法を勝手にとる者もおり、それらの行為はギルドの依頼を達成するためであっても自己責任となる。
まだ治安が悪かった時代は勇者たちは魔物退治に出向いた時、住民が避難済みの家に上がり込んでタンスから軍資金をせしめるということもあったらしいが、時代は変わったようだ。
メルク氏の情報を調べて、取引するか強引に調べるかを考えなければならない。
「分かった。メルク氏はどんな商人なの?」
「はい、まずこの地方には“赤斑病”という体に赤い斑点が出て最悪死に至る病があります。その赤斑病の治療に使われる薬の原料が、夜見草と呼ばれる薬草です。メルク氏はこの近くの夜見草が自生する土地を買い占めて、夜見草の独占販売を行うことに成功したのです。その結果、彼は莫大な利益を得ることになりました。しかもメルク氏が夜見草の供給を止めれば赤斑病が流行してしまうため、誰も彼に逆らうことが出来ないのです」
なるほど。それは確かに厄介な相手であった。とはいえ、話を聞く限り人気は低そうなので、多少無茶をしても本人以外からのクレームはなさそうだった。
「赤斑病の治療薬の夜見草以外の材料と製法は分かる?」
「それについては問い合わせれば明日の朝までには分かると思います」
「ありがとう。じゃあとりあえずそれだけをお願い」
そう言って私たちはギルドを出る。
「あの、さっきはああ言われていたけど、一応ホーンタイガーが芸をしている間以外にどうしているかを調べたい」
リンが言った。確かに、ミアと二人だから忘れていたけどリンがいるからそういう調査も出来るかもしれないのか。
「確かに、ちょうど今頃見世物をやっているから終わった後を追いかければ分かりそうだね」
そういう訳で、私たちは再びホーンタイガーのショーを見物しにいった。内容自体は一昨日と同じで特に変わったことはない。相変わらず虎は従順な犬のように言われるがままに芸をこなし、人々の喝采を集めていた。
そしてショーが終わった後、一通りの投げ銭を受け取った道化師男はホーンタイガーを檻に戻す。よく見ると檻にはタイヤのようなものがついており、男は檻をごろごろと転がしながら歩いていく。ホーンタイガーの檻は巨大で見逃しようはなく、私たちはすぐに路地の一角にある建物に辿り着いた。私たち以外にも虎を見ながらついてきた人々は数人おり、道化師男も特に場所を隠す気もなく建物に入っていく。
見た感じは少し広いだけで普通の家だったが、高い塀に囲まれており、中には武装した兵士が何人も警戒に立っている。
「この家……普通の家に見えて、庭のところどころに罠が仕掛けられている。いくらあのホーンタイガーが貴重な存在としても、警戒が尋常じゃない」
リンが遠目に建物を観察しながらつぶやく。私やミアが見ても何も思わないので、やはりリンの観察眼は鋭いのだろう。
そこまで警戒するということはやはり何かあるのだろう、と私たちはいよいよ疑念を深める。
「侵入できそう?」
「多分私一人なら気づかれずに入って出て来られると思う」
とはいえ、リンは邪悪石の瘴気を感じとるには、リンではなくミアの力が必要だ。ミアは白魔術師としては優秀だけど、隠密能力は皆無。
もちろんばれること前提で押し入ることは出来るけど、それは最後の手段にとっておきたい。万一タイガーを調べて邪悪石とは関係なかった場合、私たちは単なる強盗になってしまう。
「もし他の手段が全部だめだったら侵入しよう」
「そうですね、他に手段があるなら穏便な方法でいきましょう」
いや、私たちがとろうとしている方法もそんなに穏便ではないけどね。
翌日、私たちはギルドに向かい、赤斑病治療薬の製法を受け取った。幸い、材料が集めづらいというだけで製法自体は単純だった。
そしてそれを持って街の外にある自由に商売してもいいエリアに向かう。すでにたくさんのテントが建っているため私たちは端の方に追いやられていくが、この際場所はどうでもいい。
「さて、やってみようか」
私はテントに入ると樽に向かって手をかざす。
「クリエイト・メディシン」
そしてミアが代償軽減と詠唱短縮をかけ、すぐに樽の中に治療薬が出現する。効果を試すことは出来ないが、この魔法は決まっている手順通りのものを作ることがないので間違いはないはずだ。
ポーションの時よりはかかる時間が数秒長いし、持っていかれる魔力も相当多いけどポーションと違ってたくさん売れる物でもないので大丈夫なはず。
「すごい……何度見ても信じられない」
リンはひたすら感嘆しているが、仕事がある。
「私とミアはここでひたすら薬を作るから、薬を売っているって宣伝してきて欲しい。値段は……そうだなあ、銀貨一枚とかでいいか」
「いいじゃないでしょうか。お金儲けは目的ではありませんし」
ミアも頷く。お金のためにやっている訳ではないけど、ただで配って「百個ください」とか言われても困るので最低限の値段は設定した。
「分かった。すぐに大量の客を集めてみせる」
そう言ってリンは街の中に姿を消す。
メルクが何者なのかは知らないが、相手が商人であるというのなら経済的に言うことを聞かざるを得ない状況に追い込んでやる。薬を値崩れさせるのは不法侵入と違って違法ではないし、メルク以外の役に立つ行為ではあるのだから。
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