観光

 翌日、私たちはギルドから続報があるまで現地視察という名の観光をすることにした。街には王国各地の名産品が所狭しと並んでいる。私は自宅があるアドリアからあまり遠出することはなかったので割と何もかもが物珍しい。


「そう言えばミアは色んなところに行ったことがあるの?」

「そうですね。とはいえ魔物討伐ばかりだったので、大体は魔物領の近くだけですよ。あ、これとか懐かしいです」


 そう言ってミアは魔物の骨で作られた動物の彫り物を手に取る。それは今にも動き出しそうな犬の骨細工だった。


「危険なところではこういうのを家に置いてお守り代わりにするんですよ」

「へえ。私はそもそもこの辺でも高いものは買わなかったら分からない……あ、でもああいうのは仕事で関わったことがある」


 そう言ってリンが指さしたのは魔物の内臓から採れるとされる高価な薬である。本来なら「何があったの?」と話題を繋げるところだが、リンの場合は地雷踏みそうだし、犯罪とかに関わっていそうだからな……。そこを掘り返すのはやめよう。


「せっかくだから三人でお揃いの何かを買おうよ」

「いいですね、何か身に着けられるものにしましょう」

「でも……こんなに楽しんでしまっていていいのかな」


 ふと、リンが少し不安そうに呟く。


「それは……任務中にってこと?」

「それもあるけど……私今まであまり幸せな人生を送ってこれなかったら、こんなに楽しんでしまって良いのかなって」


 望外の幸福を得たときにそれを本当に享受してしまっていいのかどうか不安になる気持ちは私も分からなくない。


「大丈夫だよ、過去は過去だし。これからはこれからだから。これから一緒に幸せになろう」

「え、一緒に幸せに……?」


 最初、リンは戸惑っていたが、やがてなぜか顔を真っ赤にする。そしてそれを横目で見たミアは「全く、エルナは……」と小声で何か言っている。

 なんかよく分からない雰囲気になったので、私は慌てて話題を変える。


「じゃ、買う物を選ぼうか。リンはどんなやつがいい?」

「そうだね……あ、これなんてどう?」


 そう言ってリンが指さしたのはアルカンシェルと呼ばれる珍しい七色の鳥の尻尾の羽で作られたという髪留めだった。宝石でもないのに、日の光を浴びてきらきらと七色に光り輝いている。


「わあ、いいですね。きれい」


 ミアもうっとりとした表情で見とれている。


「お、それに目をつけるとはなかなかやるね。この辺りではなかなかとれないアルカンシェルの尾羽で作ったんだ! なかなか入荷しなくてね、今ここにある三つが最後だよ」


 そこへ店主のおっちゃんがすかさず声をかけてくる。そんな都合よく残り三つなんてことがあるか、なんてことがあるのだろうか。


「きっと君のきれいな髪には似合うよ。是非つけてみてくれ」

「い、いいんですか」

「もちろん構わないさ」


 店主に乗せられるようにしてリンが髪留めを髪につける。


「おお、きれいだ。百倍ぐらい可愛く見える」

「本当に!?」


 買い物慣れしていないリンは店主のリップサービスを真に受けてたじたじであった。百倍って何だ。元からリンは可愛いから。

 とはいえ、ここで雰囲気を壊すようなことを言うのは無粋だろう。私はミアと顔を見合わせると、しばしの間リンが店主と話しているのを眺め、三人で髪留めを買った。


 そんな感じで観光自体は楽しかったのだが、昼頃と夕方にギルドに顔を出しても進展はないようだった。ただホーンタイガーの持ち主に調査の許可を得るだけならそんなに時間がかかる要素はないし、昨日頼んだ時もすぐ結果をおつたえ出来ると思う、というようなことを言われたが気する。


 何か問題でもあったのだろうか、と思って聞いてみるとホーンタイガーの持ち主の商人がなかなか返答をくれないらしかった。

 単に自分の動物を怪しまれて不快なのか、忙しいのか、単に後回しにして忘れているのか。多少気になったものの、私たちがギルドを急かしても仕方がないのでその日は引き上げて寝た。


「昨日はウィンドウショッピングばかりだったので、今日は食べ歩きをしませんか?」

「食べ歩き……何て背徳的な響き」


 翌日の朝、一応ギルドに寄ったが進展はないということだったので私たちは今日も観光することになった。いつもは生真面目であまり積極的にそういう展開をしないミアが、リンと打ち解けるために食べ歩きを提案している姿は微笑ましい。


「そうだね、屋台がたくさんある方からいい匂い漂ってくるし、ずっと気になってはいたんだよね」


 そんな訳で今日は食べ物の屋台がたくさん並んでいる区画に向かうことにした。近づくだけで香ばしいにおいが鼻腔をくすぐり、さっき朝ごはんを食べたばかりなのに空腹を刺激する。というか、食べ歩きするならご飯食べなきゃ良かった、と思うのだが一応事件に進展があるかもしれないため空腹で出歩く訳にもいかなかったのだ。


「まず屋台の定番と言ったらこれ。アルム鶏の包み焼き」


 私はリンに食べ歩きの基礎を教えるべく、案内するのだがなぜかミアは不服そうにする。


「エルナ、食べ歩きでいきなり肉から入るのはマナー違反です」

「え?」


 え? マナーって何?

 だが、ミアは真面目な顔で続ける。


「やはり最初はポテトやオニオンリングなどの軽いものから入るべきです。いきなりメインから食べ始めるのはコース料理で前菜を食べずにいきなりメインディッシュに進むようなもの!」


 急に何を言い出すのかと思ったら、食べ歩きの順番を力説された。やっぱりミアは変なところで頑固だな。


「でも、お腹に限りがある以上好きなものを好きなだけ食べた方がいいんじゃない?」

「そんなことはありません。順番に沿って食べることでよりそれぞれの食べ物のおいしさが引き立つのです! 大体最初に味つけが濃いものを食べてしまっては続く食べ物をきちんと味わうことが出来ません!」


 力説するミアを見て私は魔術学校時代のパーティーでバイキングに行った日のことを思い出す。そう言えばあの時も私が好きなものだけをお皿に載せてたら何か怒られた気がする。

 そこまで言われては私も観念するしかない。


「分かった、じゃあミアがベストな順番を教えてよ」

「はい、もちろんです。ではまずは定番のオニオンリングからいきましょうか」


 オニオンリングというのはその名の通り、オニオンをリング状にさくっと揚げたものだ。屋台に並んでいるものの中では比較的食べやすく、確かに最初に食べるには適していると言える。


「これ、オニオンと甘みとさっぱりした塩味、ほのかに香るレモンの酸味、そしてさくっとした衣。シンプルなのに奥深い……」


 そう言ってリンは瞬く間に買った分のオニオンリングを完食する。


「次は……そうですね、あれにしましょう」


 そう言ってミアが指さしたのは、焼き野菜屋だった。


「え、屋台まで来て野菜?」


 リンが首をかしげる。


「はい、騙されたと思って食べてみてください」


 そう言ってミアはポテトを一つ買うと、リンに手渡す。リンは焼き立てのポテトをしばらくふうふうと息をかけて冷ましていたが、やがて小さくかじる。


「おいしい……かりっと焼き上げられた表面と中の柔らかさの食感もお見事ですが、何より乗せられているバターのまろやかさが絶品……こんなにおいしいなら他の野菜も」

「駄目です。一つの場所で食べ過ぎるのは食べ歩きのルールに反します」


 未練がましく屋台に視線を送るリンだったが、ミアは冷酷にそれを拒否した。

 食べ歩きにルールなんてないはずだけど。とはいえ、いくらおいしいとはいえ所詮野菜は野菜。本番はこの先にある。


「ではそろそろエルナが大好きなアルム鶏の包み焼きに行きましょうか」

「作り方はアルム鶏を包んで焼くだけっていうシンプルな料理なんだけど、一緒に野菜やタレを包むことが多くて、場所によって味が全然違うから、とりあえず新しい土地に来たら一回は食べておくといいよ」

「な、なるほど」


 そんな訳で私たちは一つずつ包み焼きを買う。一口食べたリンの表情が変わる。


「すごい……甘辛いタレが鶏肉と少し一緒に入っている野菜とよく絡んでいておいしいし、肉も噛むと汁が溢れ出ておいしい……もう後はずっとこれだけ食べていたいぐらい」

「いや、まだ甘い物が残ってるから。むしろここからが本番と言っても過言ではないよ」


 その後、私たちは南国から届いたらしいココナッツの実をくりぬいて作ったジュースや、フルーツの盛り合わせから普通に焼き菓子まで甘いものを堪能したのだった。

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