ホーンタイガー

 人だかりの中に立っていたのはけばけばしい仮面をつけた道化師の恰好をした男と、檻に入ったホーンタイガーだった。本来狂暴なはずのホーンタイガーだったが、檻の中では大人しくお座りしていた。

 しかも特に首輪などがついているようには見えない。とはいえ、遠くから見ただけでは宝石が邪悪石がついているかどうかは判別できるものでもない。


「せっかくだし、見ていこうか」


 それから待つこと数分。時を刻む鐘が鳴り響くと、道化師男は唐突に声をはり上げた。


「レディー―――――――ス&ジェントルマン! 定刻になりましたので、タイガーショーを始めたいと思いまーす!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 周りの見物人から拍手や喝さいが雨あられのように注がれる。その雰囲気を見る限りこの見世物はすでに人気を確立しているらしい。


「では早速タイガーを出しましょう!」


 そう言って道化師は檻の鍵を開ける。中からはホーンタイガーがゆったりと歩き出してくる。依然として首輪などはつけられていないが、虎は飼い犬のようにおとなしく歩いている。


「まずは軽いところから行ってみましょう! お手!」


 道化師が手を出すと、ホーンタイガーはしゅっと手を上げて「お手」をした。その姿はどう見てもちょっと体の大きな犬にしか見えない従順さである。


「よしよし、いい子いい子」


 そう言って道化師がエサを手の平に載せて出すと、タイガーはそれをおいしそうに食べた。


「次、おすわり! お回り!」


 定番の芸を命じると、タイガーは次々とそれに応じる。それを見て観衆は喝采を上げ、だんだんとショーは佳境に近づいていく。


「逆立ち!」


 道化師の言葉にタイガーは前脚を地面についてぴんと立った棒のように逆立ちした。もはや従順に指示を聞くとかそういうレベルではなく、さすがにそこまでされると私も感心せざるを得ない。

 すでに気の早い観衆の一部は銀貨や銅貨を投げている。


「どうしましょうか、そろそろ皆さんも触ってみませんかね」

「俺!」「いや俺が触る!」「うちの子今日誕生日なの!」


 道化師の言葉に次々と立候補の声が上がる。ホーンタイガーが危険な魔物であることはすでに誰の頭にもないようだった。


「子供の誕生日と言われたら仕方ないですねえ、では坊や、前に出てきて」

「やったー!」


 道化師の声に応じて一人の少年がてくてくと中央に進んでくる。


「では早速やってみましょう! お手とおすわりとお回り、好きなのをどうぞ!」

「お手!」


 少年が口にすると後ろで道化師も小さくではあるが唇を動かす。どうも「お手」と言っているようだ。当然ではあるが、タイガーは誰の言うことでも聞くと言う訳ではなく、道化師の言うことでないと聞かないのだろう。


 道化師の声に従って、タイガーは前脚を差し出す。少年はそれを手の平で受けてぱっと笑みを浮かべた。


「すごい、すごいよママ! 僕、今ホーンタイガーにお手されてる!」

「まあすごいわねえ」

「じゃあ次、お座り、お回り!」


 道化師はそれに合わせて小さく唇を動かしていた。いや、周りがうるさくて聞こえないだけで小声で発声しているようにも見える。実際、タイガーは道化師の顔を見ていないときも言うことを聞いている。

 ある程度少年が様々な指示を出したところで、道化師はおもむろに言う。


「では最後に、タイガーに乗ってみましょう!」

「え、いいの!?」


 少年は目を輝かせる。


「いい大人ならともかく、君ぐらいの体格なら大丈夫ですよ」

「私も乗れるでしょうか?」


 傍らでミアが独り言をつぶやく。いくら女でも年齢一桁の子供よりは大きいと思うけど、それは言わないでおいてあげよう。


「よしタイガー、その子を乗せてやるのです!」


 道化師が言うと、タイガーは脚を折り曲げて「伏せ」の姿勢をとった。


「乗っていいの?」

「さあ、どうぞ!」

「やったー!」


 そう言って少年はタイガーの背に乗る。そしてこわごわ腰を下ろした。


「ではゆっくり立ってもらいましょう!」


 道化師の声に従ってタイガーはゆっくりと立ち上がる。


「では歩いて!」


 タイガーはゆっくりと歩き出す。最初は怖さ半分楽しさ半分だった少年もすぐに慣れたのか、だんだん楽しそうにし始めた。そして観客の前をぐるりと一周する。

 私たちの前を通ったときだった。


 (センス・イービル)


 ミアが小声で邪悪なものを感知する呪文を唱えるのが聞こえる。白魔術師はそういう呪文も使えるのか。とはいえ、ミアが結果に対して反応をすることもなく、タイガーはそのまま通り過ぎていき、道化師の前で少年を降ろす。


「では本日もご覧いただきありがとうございました! おもしろいと思ってくださった方は心ばかりの応援を!」


 そう言って男が大仰に頭を下げると、拍手喝さいとともに大量の投げ銭が飛ぶ。少年の母親も進み出て泣きながら男に何かを渡している。

 するとミアが私とリンに、ここから離れるよう指で合図したので、私たちは観衆の輪を出て少し歩き、周りに人気が少ない路地へと移動する。


「ミア、何か気づいた?」

「あのタイガーからはかすかにですが、邪悪な気配を感じます」

「かすかに?」


 リンが首をかしげる。そもそも邪悪石が人間の死体を材料して作られている以上、人間が死ぬだけである程度邪悪な気配は出ることがある。

 そのため極端な話、あのホーンタイガーが墓地の近くで生活していれば何もやましいことがなくとも邪悪な気配がしてもおかしくない。


「はい。ただ邪悪石は体内に取り込まれているものなので外から感じ取れる気配はこの程度かもしれません」

「それなら、ギルドに頼んで調べさせてもらおうか」


 私たちが単独で「お前の虎邪悪なんだけど」と乗り込めば、相手によっては事態を悪化させかねない。そのため、私としてはギルドに間に入って欲しかった。ギルドであれば高レベル白魔術師の訴えであれば聞き入れてくれるだろう。


 その後私たちはバザールのギルドへ向かった。他と全然違う街ではあったが、ギルドの中の雰囲気だけはあまり変わらなかった。そのため、まるで住み慣れた場所に帰ってきたような気分になる。

 ミアが事情を説明して依頼すると、ギルドの職員は快く頼みを引き受けてくれ、虎の所有者に掛け合ってくれると言う。そのため、その日は仕事は終わりにしておいしそうなレストランを探すことにした。


 結局、私たちはミアの強い勧めでおいしいハンバーグを出すというお店に入った。どうもミアは私たちに比べて子供舌らしい。最初はおいしそうに食べていたが、リンが猛烈な勢いでフォークを動かし始めたのを見て驚いている。リンは貧乏だと言っていたからあまり贅沢はしてこなかったのだろう。おいしそうで何よりだった。


 とはいえそのお店はこの街でも高級な部類だったらしく、噛むと肉汁が溢れ出すやわらかいハンバーグに他人事のように見ていた私もフォークが止まらなくなる。こんなものばかり食べていたら太りそうだ。

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