交易都市バザール

 翌日、私とミア、そしてリンは朝食を食べてから私の部屋に集まって作戦会議を開いていた。昨日の情報収集で集めた魔物の話は全て合わせると十を超える。多いのは辺境の魔物領付近の目撃情報だった。


「やっぱり先に辺境に向かうべきでは?」


 一番最初に口を開いたのはリンだった。


「辺境付近に目撃情報が多い以上、もし外れだったとしても数を回れると思う」

「でも、辺境は冒険者が多いので大丈夫だと思います。勇者も今は辺境にいると聞きますし。むしろこの辺は冒険者が少なく、何かあると危険なので近くから回っていくべきではないでしょうか」


 交易都市バザールはここからそんなに離れていないので、ミアの意見に乗っかろう。


「私もおおむねミアに同意。それに、アドリア、セールーンと続けざまに大都市が狙われているのが気になる。だから次はバザールに行きたい」

「なるほど……確かに冒険者はこの辺りにいないな」


 リンも頷く。特に腕に覚えのある者は魔物領近くに集まっており、王国の中心付近をうろうろしている私たちのような存在が珍しいと言える。


「分かりました。私もそれで構いません。それにバザールは人口が多いのでもしあそこで魔物が出れば大変なことになります」

「あと、昨日子爵家から使い魔をもらって、進展があったら欲しいとも言われた」


 何気ないことのようにさらっと報告しておく。ミアは一瞬首をかしげたが、特にそれ以上何かを言ってくることはなかった。



 そんな訳で私たちはバザールへと旅立った。バザールは近いとはいっても徒歩だと二日ほどかかってしまう。私たちは朝早めに出たので明日の夕方には着くだろうが、一日はどこかへの宿泊か野営が入ってくる。

 その道中、セールーンに来る間のことを思い出して私は尋ねる。


「そう言えばリンは料理って出来るの?」

「え」


 私の問いにリンは固まった。それを見てミアは苦笑する。


「だ、大丈夫ですよ。もし野営になったら私がしますので」

「そ、そんな。それは悪い」


 私は申し訳なさそうにするリンの肩を叩く。


「料理に関しては素人が不用意に手伝うと逆効果だから他で頑張ろう」

「……やけに反応がリアルだけど」

「聞くな」


 他にも、道々私はお互いの身の上話をした。リンは最初ミアが勇者パーティーに入っていたと聞いて驚いたが、すぐに微妙な表情に戻る。


 だが、魔術学校に通っていた私たちに比べるとリンは苦労人であった。学校はある程度の能力があれば学費はかからない。代わりに教授の手伝いなどを命じられることはあるし、教授が忙しいと授業が自習になることはあるが。


 家が貧しい上に母親が病弱だった彼女は度々黒い仕事にも手を染め、その過程でレベルもかなり上がったらしい。一歩間違えていれば死ぬような任務にも何度か繰り返して来たらしい。子爵家に盗みに入ったと聞いたときはまずいことをした、と思ったがそんなことばかりして育ってきたのなら多少倫理観が壊れていても不思議ではない。



 結局その日はちょうどいい位置に村があったのでそこで宿泊することが出来たため、野営の心配は杞憂に終わった。そして翌日の夕方ごろ、ちょうど遠くからバザールが見えてきた。


 交易都市バザールの外観でまず他の街と違うのは、城壁がないことだろう。王国の中心部で平和だからというのはあるのだろうが、やはり開放感があり、大勢の人々が行きかう都市にふさわしい。


 近づいて来るにつれ、人々の流れは増え、街道沿いにはアドリアと同じようにたくさんの出店が並んでいた。ただ、アドリアと違うのは規模と数である。

 店は主にテントや即席の小屋で並んでいるのだが、アドリアの出店に半分素人のものが混ざっていたのとは違い、こちらは遠くから見た限りでは普通の商店に遜色ない品々が並んでいる。

 また、数も街道沿いだけでなく、まるで街を包囲するようにいくつも並んでいる。ある意味城壁の代わりになっていると言えなくもなかった。

 ちなみに街道から外れたところには素人がやっているような店も並んでいた。


 これだけの店がほぼ無防備な状態で並んでいるというのは平和の証である。万一ここに魔物が出れば大変なことになるだろう。


「うわあ、初めて来たけどすごいね」

「はい、こんなにお店がいっぱいあるなんてわくわくしてしまいます」

「何度か来たことはあるけど、前より人が増えてるかも」


 リンはセールーンで手に入れたものを何度かここまで売りに来ることがあったらしい。

 一応街へと続く街道はあるが、人々は気になった店があるところを通って街へと近づいている。


「とりあえず私たちはショッピングは後にして街に入ろうか」




 バザールについての魔物の目撃情報は他の街のものとは少し違っている。他は大体街の近くの山や森での情報だが、ここについてだけ「やたら大道芸人の言うことをよく聞くホーンタイガーがいる」という少し変わった情報であった。

 ちなみにホーンタイガーというのは額に角を生やした虎の魔物で、特に気性が荒いと言われている。

 単に調教がうまかっただけだったかもしれないが、邪悪石の使い方によっては狂暴な魔物を従順にする効果があってもおかしくない。というか、狂暴化するだけではテロ的な使い方しか出来ないので、石の研究者(?)がそういう効果を試そうとしている可能性は高い。




 そんな訳で私たちはたくさんの出店の誘惑をはねのけつつ、街に入った。もっとも、生真面目なミアや貧乏性のリンよりも私の方が誘惑が大きかったが。

 街の中に入ると出店だけでなく、きちんと建物を構えた大きな店や食堂、宿屋などが多く、夕方という時間帯もあいまって人でごった返していた。


「二人とも、スリには気を付けて」

 リンが言うと説得力が違う。

「でも、動物の見世物をしているとしたら広間の方でしょうか?」

「とりあえず行ってみようか。いなかったとしても次の公演日程とか聞けるかもしれないし」


 バザールの街中央には小さな広間がある。周囲は役場や病院などが建っており、逆に人が少なかった。そのため、恋人が憩いの場にしていたり、仕事終わりの男たちが酒を飲んだりしていた。そしてそんな広場の一角に人だかりが出来ているのが見えた。

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