対決
「リン、あのホーンタイガーを人のいないところへ引き付けて、ミアは人々の退避をお願い」
「分かった」「分かりました!」
リンは二本のエアブレードを抜くと、暴れているホーンタイガーへ風のように斬りかかっていく。しかしホーンタイガーも邪悪石による強化を受けているせいか、虎に見合わぬ器用な動きでリンの攻撃を避ける。
リンも魔剣から発される風を巧みに操って虎の牙や爪を避けつつ攻撃を繰り出すが、ホーンタイガーは前脚で逆立ちをしたり、上空三メートルほどジャンプをしたりと明らかに異常な動きで攻撃を避ける。
が、そんな攻防を繰り広げつつもリンは少しずつ街から遠い方へと虎を誘導していく。
私はというと、二人が頑張ってくれている間に道化師男を黙らせるのが一番手っ取り早いと思い、彼の姿を探す。おそらくこの群衆のどこかに道化師男が紛れているのだろうが、道化師に扮装した姿ばかりが脳裏に焼き付いており、その他の特徴が思い出せない。それでも普通の人々は現場から遠ざかろうとするはずなので、この場に残ろうとする者がそいつのはずだ。
すると、突然私の後ろから殺気を感じる。とっさに剣を抜いた私は振り向いて攻撃を受けた。
キン、と甲高い音とともに私の剣が降り降ろされた剣にぶつかる。
そこには覆面をした見るからに雇われたと思われる男が私に剣を向けていた。私が剣を防ぐとすぐに次の一撃を繰り出すが、対応できないほどではない。
「全く、せっかく計画があと少しのところだったのに。困るんだよな、こういうことをされると」
覆面男のさらに後ろから声がした。そこに立っていたのはでっぷりと太ったいかにも金に汚そうな商人の男だった。
「あなたがメルク?」
「いかにもそうだ。こんなでたらめな方法でわしに嫌がらせをしおって」
私は覆面の男と剣を交えながら尋ねると、メルクは不快そうに吐き捨てる。男は本職の戦士だったようだが、レベルは私の半分もないだろう。まあレベル30は、普通なら十分高いはずなんだけど。
メルクから事情を聞きがてら少し遊んでやるか。
「結局あなたは何を企んでいたの?」
「簡単なことだ。わしはある人物にこのホーンタイガーを受け取り、連絡が来たら虎を放すよう言われていただけだ」
「それならタイガーは隠しておけば良かったのに」
「襲撃を成功させるには調練を行わなければならない。それを一目に触れずにやるのは難しい。隠れて虎の調練を行っているのがばれれば怪しいことこの上ないからな」
確かにそれはそうかもしれない。
「……何より、儲けの種があるのに使わないのは愚かだろう?」
メリルは薄汚い笑みを浮かべてそう言い放った。恐らくこちらが本心なのだろう。
なるほど、やはりそういう思想の人物なのか。全く共感はしないが納得はした。
「で、その覆面男の正体は?」
「それは言えないな……と言うべきところだが、冥土の土産に教えてやろう。聞いて驚くな、ドルゼン伯爵様だ」
あまり名前ぐらいしか聞いたことないけど、確か第二王子カルロス殿下の母親を出している家だったような気がする。ということはやはりこれは王位継承権絡みの陰謀なのだろう。
「ドルゼン伯爵様はこの後この地の領主となられる。その折には我らのみ税率は半分で商売する権利を認めてくださるのだ! その折にはこれまで商売で蓄えた金を元手に、食料や武器の取引も我らで独占する予定だった!」
その時に商売する元手が必要だから私の計画を許す訳にはいかなかったということか。とはいえ、私たちは別に違法な行為をしている訳ではなく、しかも高レベルパーティーだから暗殺も難しい。そのため、正面から最強戦力であるホーンタイガーを送りつけてきたのだろう。
「でも、合図があるまでにホーンタイガーを放ったらだめなんじゃないの?」
「うるさい! わしは伯爵の計画よりもわしの金が大事なのだ!」
伯爵は計画に引き入れる人物を誤ったな。
でも真っ当な人物だったらこんなテロには加担しないという意味では正しいのだろうか?
「貴様、勝負の最中に無駄口とは余裕をかましおって!」
覆面男が苛立ったような声を上げる。
が、そんな話をしている間に周囲の無関係な人たちは避難を終えたようだった。
「大丈夫ですか、エルナ」
避難を終えたミアが急いでこちらへ戻ってくる。
さて、これでようやく本気を出すことが出来る。悪いけど、覆面男とのお遊びももう終わりだ。
「ミア、お願い! クリエイト・パラライズ・グレネード! 十倍!」
私は新しく覚えた多重詠唱のスキルを使って覆面男の周囲に痺れ毒を含んだグレネードを大量に出現させる魔法を唱える。製法はエクスプロージョン・グレネードとほぼ同じだったので簡単に覚えることは出来た。こいつは雇われただけ(だと思われる)なので殺しまではする必要はないだろう。
「馬鹿な、そんな悠長な魔法が利く訳……」
「『代償軽減』『詠唱短縮』」
ミアがスキルを使用したのを聞いて私は覆面男から距離をとる。
直後、パラライズ・グレネードが一斉に爆発した。
「ぐあああああああああああ!」
大量の痺れ毒に包まれた男は悲鳴を上げてその場に倒れる。おそらくしばらくは激痛でまともに動くことは出来ないはずだ。
それを見てメルクの表情が変わる。
「くそ、こんなところで終われるか……ホーンタイガーを消しかけた以上、ここまで負ければ死しかないのだこちらには……奥の手を使うか」
そう言ってメルクは笛のようなものを取り出すと、ふゅ~っと吹き鳴らす。どこかで聞いたことがあるな、と思ったら例のゴブリンが鳴らした音と似ている気がする。
すると、ここまで曲芸のような戦いをリンと繰り広げていたホーンタイガーの体が突然赤黒く染まり、続いてむくむくと膨張し始める。
「何これ……」
それを見たリンは本能的な恐怖を感じたのか、距離をとる。その間にも虎は膨張してイキ、やがて、元の二倍ほどの赤黒い四足歩行の生き物(もはやそれが虎と言えるのかは不明だった)へとなった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
そして一声雄たけびを上げる。ふと視界の端で一人の男がどこかへ走っていくのが見えた。あれが道化師男だろうか。この場を離れたということは、ホーンタイガーは道化師男の制御を離れて暴走状態にでもなったということか。
となればホーンタイガーは可哀想だけど殺すしかない。
「ふははははは! 計画が狂った以上、もはや敵対する者を全員殺すしかない! いけ!」
とはいえ、周囲の人は全員避難済みでもはや何かに構うことなく戦うことが出来る。
「よし、二人とも行くよ!」
私たちは距離をとると、一斉にホーンタイガーに対してエクスプロ―ジョン・グレネードを投げつける。その数は全員分合わせて三十を超える。一発でも中級以下の魔物なら吹き飛ばすのに十分なグレネードが雨あられのように降り注ぎ、タイガーだった生物の周りで次々と爆発が起こる。
全ての爆発が終わった後、それでもその生物は立っていたが、やがてゆらりと倒れた。普通の生物なら数発で塵になっていただろうに、おそらく相当強靭な生命力を持っていたのだろう。
「……という訳で、諦めて投降しろ」
いつの間にかリンがメルクの背後に立ち、首筋に剣を突き立てていた。それを見てメルクはへなへなとその場に崩れ落ちた。
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