次なる復讐

 家に帰ると、私はついにレベルが60に上がっているのに気づいた。エクスプロージョン・グレネードや銀の剣の生産、ゴブリンのまとめ狩りなどがコツコツと積み重なってレベルが上がったのだろう。


『固有スキル:「多重詠唱」を獲得しました』


 多重詠唱? 何だろうと思って読んでみると魔力を複数倍消費することで、一度に大量の魔法を唱えることが出来るということらしい。魔力消費が重いのは難点だけどこれはもしかすると相当強いスキルではないか。

 汎用スキルは相変わらず『魔力強化』を重ねてとった。こんな固有スキルを覚えたら余計に魔力が失われていきそうだからだ。


 その夜、私は一人オリザに会いにいった。予期せぬ出会いとなってしまったが、オリザとの出会いは私の勇者への復讐にとっては好都合である。

 おそらくオリザはメイデーン子爵家にいるだろう。子爵家は街の中心に屋敷を構えて住んでおり、場所は簡単に分かった。問題は何と言ったら入れてもらえるかだが……と思っていると、ちょうど門からオリザが出てくるのが見える。ちなみに今は私服だったので非番なのだろう。


「やあ、奇遇だね……と言っても、もしかして私に会いにきた?」


 オリザが私を見ていたずらっぽく笑う。


「うん」

「いいの? 私と密会したら彼女さん妬くんじゃない?」

「別にそういう意味で会いに来た訳じゃないからっ!」


 私がつい本気で否定するとオリザはふふふっ、と笑う。どうも彼女はかなり陽気な人物のようだ。勇者パーティーにいた時もムードメーカーとして雰囲気を和ませていたのだろう。そんな彼女が辞めたのだからミアはショックだったに違いない。


「ていうか、オリザさんも実は私たちに会いに来たんじゃないの?」

「そうだよ。と言っても私は昼の件だけどね。金貨百枚ならいいってさ」


 今日の売上80枚にポーション売った分の残りを合わせればすでに足りている。リンに課された罰金だと思えばそれでも安いのかもしれない。


「良かった、そこまで高くなくて」

「子爵様もいつ逃げるか分からない奴隷を働かせたり、いきなり殺すよりも金の方が役に立つとおっしゃっていたわ。良かったわね」


 それで高レベル冒険者なら出せなくはなさそうな金額を提示してくれたのか。親切というかしたたかな方だ、と私は一方的に感心する。


「それで、エルナの用は何?」

「実は折り入って頼みがあって。ミアの件なんだけど、やはり勇者の悪行を私は許してはおけないと思うんだ」

「ああ……」


 何かを察したのか、オリザは遠い目をする。


「それに、もし勇者の名前につられてパーティーに入ってしまってまた被害を受ける人が出ても可哀想でしょ? だからオリザさんは子爵閣下に頼んで奴ら、というか勇者の悪行を広めて欲しい」

「う~ん、言いたいことは分かるけどあんなのでも一応国で最強の戦力だからね。国は勇者にしっかりパーティーメンバーをつけて活躍させようと思っているから」


 オリザは渋い顔をする。

 うーん、やはりどこも同じか。


「でも、貴族なら国に悟られずに他人の悪評をばらまくなんて余裕じゃない?」


 ちなみに私は貴族というものは常にお互いの悪評を流し合っている存在だと思っているが、オリザは子爵にそこまで悪印象を抱いてなさそうな雰囲気なのでそれは言わないでおく。


「それはそうだけど、別に子爵閣下が勇者に被害を受けた訳でもないからなあ」


 オリザが首を捻る。

 取引をするなら子爵家に提供できるものがあるだろうか。もちろんお金は用意出来るけど、商人とは要求の桁が違いそうだし。となると情報ぐらいだろうか。


「分かった。じゃあ邪悪石の情報を出来るだけ教える」

「邪悪石?」


 オリザが首をかしげる。当然ではあるが知らないらしい。


「実は、今この国で魔物を狂暴化・凶悪化させる邪悪石という石をばらまいて回っているテロ組織がいる。私たちはその事件を調査しているんだけど」

「テロ組織?」


 正直、犯人の目星は今のところ全くついていないが、組織的な犯行であることは確実だろう。この国に害を為すこと自体が目的なのか、実験を繰り返して何かを生み出すことも目的なのかは分からないが、多少情報の価値を上げるために危機感をあおるような言い方をしたところはある。


 それにこの情報を知って子爵家に利益があるのかは私にも分からないが、知らずに不利益を受ける可能性はあるのではないかと思っている。

 オリザが考えこんでいるのを見て、私はさらに今まで起きた事件のことを話す。トロールのこと、ゴブリンのこと、石の調査結果など。それを聞いたオリザはうんうんと頷く。


「うーん、その情報を優先して提供するから勇者の悪行を流して欲しいと。分かった、一応相談してみる」

「ありがとう」


 私の用件は果たされたので、今度はオリザが私たちに金額を伝えるため、宿に向かう。そのため私たちは一緒に歩く形となった。そこで私は少し気になっていたことを尋ねてみる。


「そう言えば、オリザは何で勇者パーティー辞めたの?」

「あれ、まだ聞いてなかった?」

「いや、大体の雰囲気と、勇者に斬られそうになったのは聞いてるけど、結局直接的な原因は何だったのかな、て。あ、もちろん言いたくないなら言わなくていいけど」


「別に大したことじゃないよ。馬鹿勇者が酔った勢いでミアの尻を触ろうとしたから、止めたってだけ。正直、荷物持ちとか雑用をミアに割り振るのは、度が過ぎてはいたけど一定の合理性はあったんだよね。ミアは料理得意だし、白魔術師は前衛に比べて身軽さが必要とされないし。だから私も代わってあげたいと思いつつも、上げられなかった」


 オリザは無念そうに言う。とはいえ、それなら食事をミアに、荷物持ちはエリーに、とか分担は出来たと思う。やはり勇者には依怙贔屓があったのだろう。


「でもセクハラはありえないわ! それは本当にパーティーのためとかとは関係ないし!それで私もその時苛々してたから色々言い過ぎて、向こうも引っ込みがつかんくなったって訳」


 オリザはよほどセクハラが気に入らなかったのだろう、急に声を荒げる。そう言われると私には感謝しかない。


「ありがと……ミアのためにそこまでしてくれて」

「そんなんじゃないわ。元々私もあいつのことが気に食わなかったってだけ。とはいえ、ミアの性格だとパーティーを追い出されたこと結構気にしそうだったけど、楽しそうで良かったわ。だからこそこちらこそお礼を言いたい」

「それこそ私も好きでやったことだから」


 私たちの間にちょっとだけいい雰囲気が流れる。

 が、おもむろにオリザは意味ありげな笑みを浮かべて言う。


「……ていうのは全部建前で、本当は私は女の子が好きなのに、あいつが私にべたべたしてくるのにキレただけだったらどうする?」


 突然オリザが訳の分からないことを言い出す。しかも目がらんらんと怪しい輝きに包まれており、冗談なのか本気なのか判別がつかない。


「……え、嘘だよね?」

「という訳で明日もこの辺で待っているから二人で会おうね」


 そう言ってオリザは片目をつぶってみせる。先ほどの変な雰囲気はすっかり消えていて、すっかり元のオリザに戻っていた。

 何も間違ってはないんだけど、なぜわざわざそういう言い方をするのだろうか。私はなぜか背中に寒気が走るのを感じた。


 その後、私とオリザは宿に戻ると、リンの分のお金を無事オリザに渡し、晴れてリンは解放されたのだった。

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