盗賊リン

 翌日、村の宿を出た私たちはのんびり歩きながらセールーンに戻る。

 討伐自体はあっさり終わったものの、その辺のゴブリンたちが邪悪石を持っていた意味は大きい。“魔の森”と違って、邪悪石の素材が近くから出ることはないし、邪悪石を持った人物が偶然命を落とすとも思えない。


「やっぱり、誰かが意図的に石をばらまいているとしか思えないよね」

「そうですね。今見つかったのは二つだけですが、他にもあるような気がします」


 ミアも深刻そうにうなずく。アドリア付近の魔の森とセールーン付近の原っぱ。この二つを結びつける共通点はあまりない。ということは他にもある可能性が高いということだ。

 あえて言えば人の目が届きづらいということぐらいだろうか。もしかすると邪悪石を取り込んでから強くなるのにしばし時間がかかるのかもしれない。


「うん。しかも石を作る係とばらまく係はおそらく別にいるだろうから、もしかしたら大がかりな犯罪かもしれない」

「はい。本当に私たちだけで大丈夫でしょうか?」


 ミアが不安そうな声をもらす。


「まあ、もし犯人の目星がついたらそいつを捕縛するのは応援を呼んでもいいかもしれないね」


 とは言ったものの、犯人の目星をつけるのはあまり簡単ではない。むしろ打てる手が限られているからこそ私たちだけでいいという考え方もある。

 もちろんあんなものを作れるのはある程度高名な錬金術師なのだろうが、錬金術師ローラー作戦では時間がかかりすぎるし、疑わしいかどうかも分からない相手の工房を強制捜査することは出来ない。


 そんなことを考えつつセールーンの街に近づいていくと、突然悲鳴とともにばたばたという足音が聞こえてくる。


 見ると、そちらから走ってくるのは一人の少女だった。目立たない色の装束に身を包んでおり、あまり一般人のようには見えない。小柄で年は私たちと同じくらいの十代後半、短い黒髪と少し釣り目がちな瞳が印象的だ。


 彼女は私たちを見ると何かいいことを思いついた、というふうに表情を綻ばせる。そしてなぜか私たちの方に駆けてくる。


「すみません、ちょっと助けて欲しい!」

「助け?」

「はい、実は色々あって追われていて、少しの間でいいので知り合いのような雰囲気でいてもらえないだろうか」

「えぇ……」


 そう言われてもあまりに突然過ぎていいとも悪いとも言えない。私は困惑してミアの表情をうかがう。ミアも同じように首をかしげた。

 が、私たちの返事を聞くこともなく、彼女は私たちの後ろに回ると、荷物をごそごそとあさり始める。


「あの、とりあえずあなた誰……え“っ」


 後ろを向いた彼女は褐色の装束を脱いでおり、下に着ていたキャミソール一枚の姿になっている。細身ながら引き締まった体つきだ。鍛えているのだろう。


「どうしました?」


 ミアがそちらを向こうとするので慌てて両眼を塞ぐ。別に女同士だしただのキャミソールだからそんなに問題ないはずだけど、何か嫌だった。


「っていうかこんなところで着替えるな!」


 というかここは普通に野外だし、人通りはそこまで多くないが、遠くにはちらほら人影が見える。

 が、少女は堂々と荷物から普通の町娘風の服を取り出すと素早く着替えを終える。そして長い亜麻色の髪のウィッグを被る。人間というのは不思議なもので、髪が変わるだけで随分顔の印象が変わってみえる。


「ごめんごめん、あのままだと追いつかれた時にばれてしまうから」


 私はようやくミアの目から手を離す。


「もう、一体何だったんですか……」

「いや、私が聞きたいよ」

「って別人になってる!?」


 すると着替え終えた彼女は私たちにぺこりと頭を下げる。


「失礼した。私は盗賊のリン。事情があって追われている。しばらくの間私はお二人の連れということにしてもらえないだろうか」


 やはり盗賊か。ただものではないと思ったけど。とはいえ、すぐには判断がつかない。

 私は再びミアの方を見る。


「まあそれくらいならいいのでは? やり過ごしてから事情を聞いてもいいでしょう」

「じゃあいいよ」


 が、そこへぞろぞろと追手らしき兵士が五人現れる。ちなみに街の衛兵というよりは貴族の私兵なのだろう、国ではなく貴族の紋章を鎧につけている。ということはリンは貴族ともめているのだろうか。


 五人の兵士は私たちの姿を見ると足を止め、リーダー格の男が前に出る。


「この辺りを茶色い服を着たあなた方と同じぐらいの年齢の少女が通り過ぎていかなかったか?」

「その方でしたらこの道をあっちの方に走って逃げていきましたわ」


 急に傍から聞き覚えのない声がしたので誰だよ、と思ったら隣にいたリンだった。先ほどまでのちょっと低めの声と違って、やや高めの声だし、何なら抑揚まで違う。

 私は思わずミアと顔を見合わせる。


「そうか、情報感謝する」


 先ほどまで彼女と話していた私たちですらこうなのだろうから、追いかけてきた兵士が気づく訳もない。何せ髪も服も声も変わっているのだから。兵士たちはそのまま街道沿いに走っていくのだった。


「あの、今のは……」

「はい、変装というのは姿を変えるだけでは意味がないのですわ。人格まで変えてこそ一流の変装ですわ」


 そう言ってリンは今度は化粧まで始める。こうなってしまうともはや完全に別人である。


「ところで一体何で追われているの?」

「だまし取られた魔剣を奪い返そうと思って侵入したら相手の護衛が強くて、返り討ちにあったからですわ」


 その口調はそのままなのか。別にいいけど。


「だまし取られた?」

「実は私は幼いころに病気の母親を治療するために高価な薬が必要になり、この街を治めるメイデーン子爵家が経営する金貸しからお金を借りたのです。しかしその契約書によると十日で一割の複利という暴利だったのですわ。みるみるうちに膨らんでいく借金を返すことも出来ず、私はついに持っていた魔剣を回収されてしまいましたの」


 ひどい話ではあるが、話としてはよく聞く話である。


「ちなみに契約書にそのことは……」

「隅の方に小さく書いてありましたわ」

「そ、それはひどいです!」


 ミアは怒っているものの、正直かなり微妙な状況である。おそらく母が倒れて冷静さを欠いているところでうまく言いくるめられて契約書にサインさせられたのだろうが、隅の方に小さくでも書いてあったのなら、一応契約は成立する。


 つまり、彼女の行っている行為は正当な手続きで押収された質物を盗みにより奪い返そうとしていると言える訳である。

 だからといって子爵家に突き出すのも可哀想だし、と正直私は対処に困っていた。


「それでこれからどうするの?」

「あの魔剣がないことには冒険にも出れませんわ。だから再び機会をうかがうつもりです。あの剣士さえいなければいけると思うのですが」


 リンは物騒なことを口走る。しかし再犯の可能性まで示唆されるとなおさら放ってはおけない気もする。本人を説得して止めた方がいいような気もする。


 そんなことを考えつつ私たちが街の門の方へ歩いていくと。

 門をくぐった瞬間、突然濃密な殺気を感じた。


「マジックシールド!」


 反射的にミアが防御魔法を唱える。勇者パーティーで白魔術師をしていただけあって、不意の攻撃にもしっかり反応出来ている。


 リンの前に魔法の壁が生まれるが、目の前に振り降ろされた剣はパリン、と防御魔法を叩き割る。


 が、魔法に阻まれて剣は一瞬ではあるが動きを止められる。その隙にリンはさっと後ろに飛びのいた。


 間一髪で、リンが立っていたところを剣が通り過ぎていく。

 この間わずか一瞬で、正直私には反応出来なかった。


「何者!?」


 目の前に立っていたのは上質な衣装に身を包み、長い赤髪をポニーテールに束ねた女剣士だった。この人物がリンが言っていた凄腕の女剣士だったのか、と思っていると不意にミアがぽつりと口を開いた。


「……オリザ?」

「ミア?」


 この人が話に聞いていた勇者パーティーを辞めた女剣士オリザか。

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