バーサーク・ゴブリン
「あの、先ほどの話なのですが、やっぱりパーティーには三人目以降の方は入れるのでしょうか?」
神殿を出ると、ミアが少しだけ不安そうに尋ねる。
「実際魔術師二人のパーティーは歪だからね。前衛の戦士や、探索が出来る盗賊は欲しいと思うけど、もちろんミアが嫌だって言う人を入れるつもりはないよ」
「そ、そうですよね、変なこと聞いてしまってすみません」
ミアが慌てて謝る。最初は三人目以降も入れようみたいな話もしていたのに、今はなぜかそれが嫌そうにしているようにも感じた。
「とりあえず冒険者ギルドに行ってみようか」
「そ、そうですね」
セールーンのギルドは“魔の森”が近くにあるアドリアと比べると冒険者が少なく、規模も小さかった。ある意味平和の証なので悪いことではない。私たちは中に入ると壁に貼ってある依頼やパーティー募集を見てみるが、依頼は低ランクだし、高ランクで余っている冒険者もいないようであった。
それをざっと確認すると、受付係の人に尋ねる。
「実は私たち、『紺碧の百合』なんですが、この辺りで不審な魔物が出た事件などはありませんでしたか?」
「ああ、邪悪石の件ですね、少々お待ちください」
どんどんその間抜けな名称が定着していくなあ。邪悪な石だから何も間違ってはないし分かりやすいんだけど。
受付の女性は手元にあった書類をパラパラとめくっていく。
「それと関係あるかは断定できませんが、近くのアルト村周辺にゴブリンが棲みついているとのことです。今のところ被害は出ていませんが、なぜか通常よりも繁殖速度が速く、討伐依頼が出ていますね」
邪悪石は繁殖速度にも影響するのだろうか。大ざっぱに言えば身体の強化だけど。
ちなみにゴブリンは生命力と繁殖力に優れているため、魔物が根絶されたはずの領域でも時たま出現することがある。
邪悪石なのか、単なる突然変異しただけの個体なのかは調査してみないと分からない。
とはいえ、ゴブリンのように一体一体は弱いけど数が多い相手は私たちが戦う相手としては相性がいいと言える。
「じゃあせっかくここまで来たしちょっと調べてみようか」
「そうですね」
ミアも頷いたので、私たちは依頼を受けることにした。邪悪石の調査の一環ではあるが、討伐すればそれだけで報酬がもらえるので一石二鳥でもある。もっとも、お金にはそんなに困ってないけど。
アルト村はここから徒歩で半日ほどのところにある小さな農村だった。
村人の一人に声をかけると、ゴブリンたちは遠くの巣穴に集まっているものの、今のところ村の近くまでは出没しないという。ただ、村人は遠出出来なくなっているようで、是非討伐して欲しいとのことだった。
見たところこの村に大した防衛戦力があるようには見えないので、普通のゴブリンなら真っ先に襲撃をかけそうな気もする。それをしないということは、知能のあるゴブリンが統率している可能性がある。
私たちは村の猟師が案内してくれるというのでゴブリンを見たと言われる方角に向かうことになった。猟師は近くで小動物を狩っていたが、ゴブリンたちが狩りつくしている上に遠出するとゴブリンに襲われる可能性があるため、困っていたという。
村を出て何もない草原を一時間ほど歩くと、遠くに小さな洞窟が見えてきた。地上にぽこっと穴が露出しているが、残りは地下に続いていそうな雰囲気である。
が、洞窟の近くをうろうろしていたゴブリンは私たちを見て奇声を上げる。するとすぐに巣穴が騒がしくなり、怒涛の勢いでゴブリンたちが飛び出してくる。身長は一メートルほどで、ぼろきれを纏った褐色の肌と手に構えた棍棒が見える。
「ひいっ」
それを見て案内の狩人は小さな悲鳴を上げると、すぐに私たちの後ろに隠れる。
よく見るとゴブリンたちは目が虚ろで、口からは小さく泡を吹いている。また、普通のゴブリンに比べて統率がとれているのか、皆速度を合わせてこちらへ向かってくる。ゴブリンってもっとばらばらに襲い掛かってくるイメージがあったけど。
数はゆうに百を超えているだろうか。そんな奴らが密集して進んでくるのは少し気持ち悪い。
「行くよミア」
「はい!」
私たちは作りだめしていたエクスプロージョン・グレネードを投擲する。グレネードは走ってくるゴブリンたちの最前線に着弾し、盛大な爆音を立てて爆発する。爆風を浴びたゴブリンたちはあるいは吹き飛ばされ、あるいは高熱で息絶えた。
わずか二発だが、その周辺数メートルだけ穴が空いたように生きたゴブリンがいなくなる。
その惨状を見て一瞬後続のゴブリンたちも動きを止めた。彼らの生存本能が刺激されたのだろう。が、後ろで指笛のような奇妙な音が鳴ると、再び進軍を始める。やはり強い個体がいて、その指揮に他の個体が従っているのだろう。
本来ならここまでの数のゴブリンが統率された状態で襲ってくるのは脅威のはずだった。
だが、その突撃に意味はない。私たちは大量のグレネードを用意してきたため、次々とグレネードを投擲する。隙間なく密集した陣形で進んできたのも今回に限っては仇となった。
グレネードの爆風を受けたゴブリンたちはまとめて薙ぎ払われていき、すぐに群れは壊滅した。それを見て私たちの後ろにいた狩人の方が目をそむけているような有様だった。
が、群れが壊滅したところで後方にいた、冠のようなものを被ったゴブリンは大トカゲに乗ってこちらに駆けてくる。
私はグレネードを投げつけるが、奴には知能があるのか、手元にあった短剣を投げつけると、自分に当たる寸前でグレネードにぶつけ、爆発させた。
ほう、なかなかやるな。私は自分の剣に手をかけるがミアが手で制する。
「私に任せてください。『ホーリー・スピア』」
ミアの手から魔法で出来た槍が飛んでいく。白魔術師もある程度レベルが上がると、威力は高くないが攻撃魔法を使えるらしい。私はそれに合わせてグレネードを投擲する。ゴブリンは剣でホーリー・スピアを打ち払うが、続いて飛んできたグレネードの直撃を受けてあっけなく爆散した。
「ありがと、ミア」
「いえいえ」
私たちは軽くハイタッチをして、冠ゴブリンが倒れていた辺りに向かう。
死体は熱で黒焦げになっていたが、そこには例の邪悪石を小さくしたものが落ちていた。トロールに比べてゴブリンが小さくて弱い魔物だから石も小さいのだろうか。私はメリーフェンにもらった魔力絶縁箱に邪悪石を収納する。
「邪悪石は取り込まれる対象によって影響が異なるようですね」
「そうだね。ゴブリンは群れをつくる魔物だから群れを増やす機能や強化する機能が進化したのかな」
本当はもうちょっと調べた方が良かったのかもしれないが、思ったより群れの統率がとれていたので殲滅してしまった。
「あ、ありがとうございます」
後ろに隠れていた狩人は一瞬で群れが全滅したことに驚きを隠せない、という雰囲気だったがおずおずとお礼を述べる。
「いえ、大したことではなかったので」
「あの、ついでに巣穴の方も何とかしていただけないでしょうか」
「そうだ、忘れてた」
私は巣穴に向かうと、中にグレネードを二つ放り込む。
直後、轟音とともに巣穴は崩れ落ちた。それを見た狩人は口をぽかんと開けて固まった。
「まさか、お二人のような強い冒険者の方がこのような依頼を受けていただけるとは。感謝してもしきれません」
狩人はしきりに頭を下げる。
「いいっていいって、ちょうど調べていたものも手に入ったことだし」
「いえ、今晩は是非うちで食べていってください」
報酬はすでに村長名義でギルドに渡されているからそちらでもらえるけど、もう夕方だし、いいか。ミアも頷いたのでその夜は私たちは彼の家でもてなしを受けた。
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