神殿都市セールーン

「こうしてエルナと二人で旅に出るのは初めてですね」

「そうだね。学校の実習は皆でぞろぞろって感じだったし」


 魔術学校にもたまに実習形式の授業があり、皆で“魔の森”に足を運んだことはあった。そこで魔物の生態を観察したり、素材を採取したりしたことはある。今となっては懐かしい思い出だ。


「セールーンの方だったら安全だし、任務というよりは旅行のようになりそうです」

「そうだね。ミアも色々あったし、そういうのがあってもいいんじゃない?」


 セールーンはアドリアから王国の内側に向かって進む方向にあるため、周辺に魔物が出ることはほとんどない。神殿都市だけあって比較的治安もよく、何かが起きるとも思えなかった。


「でも私、何もしてないとなんか落ち着かないです」


 ワーカーホリックなのか、勇者パーティーでこき使われた影響なのか。ちなみに私は冒険でどれだけ忙しいことがあっても、暇な日常に戻ることは出来るタイプだ。


「一応この邪悪石を届けるのだって大事な任務だよ」


 私たちのような高レベルの冒険者がわざわざ安全なところに物を届ける任務に就いているのは、それだけあの石が危険だからだというのと、関係ない者に任せて変に情報が広がると困るからだと思われる。


「そうですよね、私、気を引き締めます!」


 とは言ったものの、特に何かが起きる訳もなく夜になった。

 夕方から夜にかけて通過したところに宿泊出来る村がなかったのでその夜は野営をすることになった。テントを張ると、ミアが手際よく夕食の準備を始める。


「あの、当たり前のように全部やってくれようとしてるけど、同じパーティーなんだから私もやるよ」

「す、すみません、ついいつもの癖で……」


 そう言われるとミアがどんな扱いを受けていたのかが分かってしまって、ちょっと悲しい気持ちになる。


「大丈夫、ここはもうあのパーティーじゃないんだから。私も手伝うよ」

「あ、ありがとうエルナ。じゃあこのお肉を切ってください」


 そう言ってミアに肉と包丁を渡される。

 え、肉を斬る? 肉なんて適当な大きさに千切って煮込んで食べてたから切るなんて工程は今までなかったんだけど……まあいいか。私はとりあえず肉を同じぐらいの大きさに切る。


「では次に下味をお願いします」


 そう言ってエルナに塩とよくわからない調味料をいくつか渡される。

 え、下味? 肉なんて適当な大きさに千切って煮込んで(ry

 こほん、とはいえ自分から手伝うと言い出した手前、やっぱり出来ませんとも言えない。とりあえず匂いをかいでみると、胡椒のような物と、香料のようなものだった。この辺はかけすぎると失敗するかもしれないから、堅実に塩多めにしておくか。


「お、終わったよ」

「ありがとうございます。後は煮込むだけです」


 ちなみに私がこの作業をしている間にミアは野菜を切ってスープに味をつけ、パンの用意も終えていた。うーん。


 しばらくしてスープが煮だったので適当にとりわけて、パンと一緒に食べる。おお、いつもの私の適当調理と違ってちゃんと味がついていておいしい。

 あいつらはこんなものを毎日食べていたのか、うらやましすぎる。野営の時なんて食べられればいいやと思って塩でしか味をつけていなかった。


 が、私は自分で調理した肉を口に入れたところで動きを止める。


「……」


 どう考えてもしょっぱすぎる。塩多めにしたのはまだ良かったが、多すぎる。私は慌てて水を飲む。


「わあ、エルナが切ってくれたお肉もおいしいです」


 ミアはそう言ってくれるが、笑顔が引きつっている。どうやらミアは嘘がつけないタイプのようだ。その証拠にミアも食べてすぐパンに手を伸ばす。


「ほ、ほら、パンが進みます」


 そんな彼女を見て私のいたたまれなさがプライドに勝利した。


「ごめん、やっぱり料理はミアに任せる」

「は、はい」


 ちなみに私は荷物を多めに持つことで合意した。

 なお、諦めきれなかった私はこっそり料理を錬成することでプライドを取り戻そうと思ったが、錬成された料理の味も微妙だった。




 数日後、私たちはセールーンに到着した。

 アドリアと同じぐらいの規模ではあったが、メインが神殿というだけあってどちらかというと静謐な雰囲気がある。とはいえ、大通りに出ると町人たちは賑わいを見せていたが。


 セールーン神殿はどのアドリアにもあるにはあるが、ここは国内で王都に継ぐ大きさらしく、さながら小さな宮殿のような大きさである。ただ、宮殿のようなきらびやかさというよりは荘厳さのようなものを感じさせた。


 私たちが中に入って名を名乗ると、すでに話は通っていたらしく、身分が高そうな神官の男が現れて、私たちは別室に通される。


「私は神殿長のゴルドーだ。このたびは邪悪石の発見と運搬、感謝する」


 神殿長ともあろう人が邪悪石って言っているのは笑いをこらえるのに苦労する。


「いえ、冒険者として当然のことをしたまでです」


 そう言って私はメリーフェンにもらった箱を出す。神官は箱を開けると、うっ、と顔をしかめた。彼の目から見ても瘴気が強いのだろう。


「これはなかなか……こちらで研究と保管させていただきます」


 そう言って神殿長は中身を取り出すと、神の紋章が入った小箱にしまう。これで終わりかと思ったが、なおも話は続いた。


「実はお二方には頼みがあるのです」

「頼み?」

「はい、邪悪石の出どころについては勇者パーティーに依頼する予定だったのですが、勇者パーティーで問題があったため、あなた方に依頼させていただこうと考えているのですが、どうでしょう」

「問題?」


 思わず訊いてしまう。あまりミアの耳にかつてのパーティーの話題を入れたくはなかったので積極的に調べてはいなかったが、そう言われると気になってしまう。


「何でも、メンバーが減って今二人しかいないとのことなので、しばらくは純粋な魔物討伐をしつつメンバー集めに専念してもらうことになっているらしいです」


 二人? ということはエリーかスネールもやめたのだろうか。

 確かに勇者は戦闘においては最強の存在だが、逆に言えば調査系の依頼には向いていない。探索や潜入は盗賊の方が得意だし、知識は魔術師に劣る。それを補うために他のメンバーがいたのだが、いなくなってしまったという訳だ。

 何にせよ、重大な依頼を任されない状況になっているというのはいい気味である。


 一方の私たちも、二人とも50レベルを超えており、なかなかの高レベルだ。


「でも私たちも二人しかいないんですが」

「とはいえ、エルナさんは錬金術師ですし、勇者よりも適性があると思います。それにパーティーを結成したばかりだから二人というだけで、今後メンバーは増えますよね?」


 神官の男は多分深い意図はなく言ったのだろうが、ミアは一瞬だけ微妙そうな顔をした。


「もちろん、とはいえ、いい人がいればですが」


 私はどちらともとれる答えで濁しておく。


「でも調査自体は受けようと思うけど、いいかな?」

「そうですね、これはもしかしたらかなり重大な事件かもしれませんし、やりましょう」


 ミアは重大な任務を任されたのが嬉しかったのだろう、乗り気であった。


「分かった、じゃあ私たちで調べるので何か分かったら教えてください」

「ありがとうございます」


 神殿長は深々と頭を下げた。

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