邪悪石

 その後二日ほど、私はミアとエクスプロージョン・グレネードの練習をして、余った魔力でひたすらグレネードの予備を作った。

 今後何かの冒険に出て戦闘になった際に、残弾が気になって投擲の手が鈍るということは出来る限り避けたかったからだ。『詠唱短縮』がある以上、敵の目の前で作ることも出来るが、強敵であれば数秒の製作時間が命とりにならないとも限らない。




 翌朝、私が家を出ようとすると家の前に学生の恰好をした知らない女の子が待っていた。さてはナンパだろうか、とくだらないことを考えてしまう。


「すみません、私魔術学校のメリーフェン研究室の者なのですが、エルナさんに例の物の調査が終わったと報告するよう言われまして」


 全然浮いた話じゃなかった。むしろ朝っぱらからこんなところに学生を派遣するなんて人遣いが荒いな。


「分かった、ミアと合流したら行くからちょっと待ってって言っておいて」

「は、はい」




 その後私はミアと合流して足早に研究室に向かった。この昨日、一昨日と朝はゆっくりミアと朝ごはんを食べるのが日課になっていたのでひどい迷惑だ。


 私たちが辿り着くと、すでにメリーフェンは待ちくたびれた、というように腕を組んで椅子にふんぞりかえって待ち構えていた。


「遅いじゃないか」

「いや、起きてからすぐ来たし、学生の使い方荒くない?」

「僕は徹夜で研究していたんだ」


 言われてみればメリーフェンの目の下には真っ黒いクマが出来ている。


「それに、他に僕の言うことを何でも聞いてくれる手駒なんていないからね」

「学生は手駒ではないが」

「まあ、戯言はこれくらいにして、本題に入るか」


 そう言って急にメリーフェンは真剣な顔つきになる。


「この前もらった謎の宝石の性能が分かった」

「本当!?」

「ああ、正式名称は分からない、というかオリジナルだから製作者しか知らないが、とりあえず邪悪石と呼ばせてもらう」


 いまいち緊張感が出ないネーミングだ。


「まず邪悪石の性能だが、生物に取り込ませることで持ち主に知能と力を与える。ただし、素材に死んだ人間の瘴気が使われている」


 基本的に人間の死体は放っておくと瘴気に侵されていく。動物や魔物も変わりはないのだが、野で死ぬ場合は瘴気が溜まりきる前に動物などに食べて分解される。

 しかし人間は死後とりわけ瘴気が溜まりやすく、神官が祈りを捧げて浄化してから埋葬するか、火葬するかしないと瘴気を集めてアンデッドになることがある。特に生前に恨みを抱いて死ぬと瘴気が溜まりやすいという。


 そのため、瘴気はアンデッドと同様忌むべきものであり、瘴気を使った研究を神殿以外の場所で行うことは禁じられている。

 とはいえ、死んだ人間がアンデッドになって生き返る以上瘴気に強化の作用があってもおかしくはない。


「瘴気が使われている以上、発狂や強化では済まない体の変質が起こる可能性もあるだろう。とはいえ、主目的は肉体の強化と魔力の付与と言える」

「でも、何でそんなものが森にあったんでしょう? 自然に生まれるものには聞こえないのですが」


 ミアが首をかしげる。

 確かに、そんなものが自然発生するようでは大変なことになる。


「そうだ。“魔の森”である以上素材がたまたま揃うということはあるかもしれないが、これは錬金術により錬成されたものだ。だから、もしかしたら森の奥に何かが潜んでいる可能性もあるし、もしかしたらそれを持った者がたまたま“魔の森”でトロールに襲われて殺されただけかもしれない」


 ただ、そんな危険なものを作るような人物がそんな迂闊な最期を迎えるようにも思えない。


「とはいえ、この件についてはすでに僕から国に報告した。対処については国の方で手配するから、君たちにはこれを神殿都市セールーンに持っていって欲しいとのことだ。全く、僕の研究材料全部君たちに出してもらう計画だったのに」


 確かに、明確な違法行為である以上この先は国がどうにかすることだ。それとも国が改めて信頼できる冒険者を雇うのだろうか。


 ちなみにセールーンはここから数日歩いたところにある都市で、その名の通り大規模な神殿がある。瘴気が関係している以上そこで研究されるのだろう。


「ちなみに魔力を絶縁する箱はこの仕事が終わったら報酬としてあげるよ」


 そう言って、メリーフェンは無造作に私に箱を投げて渡す。私は慌ててそれを受け取る。もし落としでもしたらどうするというのか。


「ちなみに他の報酬は?」

「いいだろ、君たちはいくらでも大儲け出来るんだから。こっちは研究費が足りなくて困っているというのに。授業さぼったとか言って給料も減らされるし」

「……」


 それなら給料を減らされるようなことをしなければいいと思う。


「ま、新婚旅行気分で楽しんできてくれたまえ」

「し、新婚旅行だなんて」


 メリーフェンの軽口を真に受けたのか、ミアが慌てる。それを見てメリーフェンは楽しそうに笑う。


「若い者はうらやましい限りだ」

「ほら、ミアは真面目だからそういうこと言うとすぐ動揺するから」

「くそ、こっちは徹夜で研究してたというのに、朝っぱらからイチャイチャを見せられて腹が立ってきた」

「だ、誰もイチャイチャなんてしてません!」


 ミアは顔を真っ赤にして否定する。

 そう言えばメリーフェンの恋愛関係の話はただの一度も耳にしたことがない。なぜだろう、こっちは何も悪くないのに申し訳ない気分になってきた。

 こうして私は箱を手に入れるとミアの背中を押すように部屋を出るのだった。

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