復讐の一歩目
その日はもう夕方だったので、私はミアと夕飯を食べてから解散した。もう勇者一行もいなくなったし、ミアもしばらく家に帰っていなかったようなので今日はそれぞれの家に帰ることにした。少し寂しいが、やらなければあったのでちょうどいい。
私はミアと別れると、再びギルドに向かった。夜のギルドは仕事を終えた冒険者たちが集う酒場となっており、大変賑わっている。ちなみにその横で受付もひっそりと開いている。私は酒盛りしている冒険者の間を抜けて受付に向かった。
勇者への復讐はしようと思ったが、私が行ってボコボコにするのではただの犯罪者になってしまう。そのため、まずは勇者パーティーの実態を知らしめて彼らの名誉を剥奪する必要があった。その一歩目には比較的中立性が高い冒険者ギルドがうってつけだろう。
「あれ、一人ですか」
「うん。今回は冒険者の仕事というよりは個人的な頼みに来たんだけど」
「はあ」
受付嬢は私が言いたいことがぴんと来ていない様子である。普通受付嬢に個人的な頼みをすることはないのだから仕方ないが。
「勇者パーティーを要注意リストに加えて欲しい」
「……」
私の言葉に受付嬢は沈黙した。
要注意リストというのは、その名の通り入るには注意を要するパーティーが入るリストである。ギルドではパーティーメンバーの募集も行われるが、要注意リストに入っていると、パーティーメンバーを募集する際に必ずその旨も一緒に貼りだされる。つまり、このパーティーは問題があるがそれでも入るなら自己責任でどうぞ、ということである。
基本的にギルドは冒険者の行動には干渉しないので、このリストに入るのはよほどひどいパーティーだけであり、相当不名誉である。さらに、いくら勇者パーティーとはいえ、要注意パーティーに入る人は限られるだろう。
「勇者パーティーは話を聞く限り、要注意リストに入る条件は十分満たしていると思うけど」
「要注意パーティーの選定についてはお答え出来ません」
受付嬢はマニュアル的な答えを返すのみだった。やはり国から期待を受けている勇者パーティーである以上ギルドとしても手は出せないか。最悪、国と揉めかねない。
「でも、それでまた犠牲になる冒険者が出るのはギルドにとっても良くないでしょ?」
「それについてはお答えできません」
受付嬢も思うところはあるのか、顔に動揺が広がっていたものの答えは変わらなかった。
「何だ、クレーマーか?」
そこへ私たちの言い合いを聞き、奥からいかつい顔をした顔に傷がある男が現れた。ギルドマスターである。昔は現役ばりばりだったが、魔物との戦いで利き手を負傷して引退したらしい。冒険者には荒くれ者が多いためトラブルはしょっちゅうだが、そのたびに彼が一喝して黙らせているという。
でも今はちょうどいい、多分マスターに話した方が早い。
「あの、勇者パーティーを要注意リストに入れてもらえませんか」
私の言葉を聞いてマスターも渋い顔をする。彼も昨日の件を聞いて思うところはあるのだろう。やがて、渋い顔でくいくい、と指で奥の部屋を示す。確かに酒場のすぐ隣でする話ではない。
私はマスターに呼ばれて事務室のような部屋に入る。あまり広くない部屋に向かい合わせて座ると、迫力がすごい。
とはいえ、私も負ける訳にはいかない。ミアを使うだけ使って捨てた奴を許す訳にはいかない。
「まず我らは冒険者の味方だ。だから基本的には冒険者が入るには危険があると判断したパーティーがあればどんどん要注意にするつもりだ。例えば、稼ぎのために適正ランクよりも高い依頼ばかりを受けるパーティーや、構成員の人格に著しく難がある場合だな」
そういうパーティーでも報酬がいい、経験値を稼ぎたい、などの事情で入るのを希望する者はいる。そのため、明確な違法行為を行わない限りギルドは入ろうとする冒険者に注意することしかしない。
「あの勇者は明らかに後者だと思いますが」
「そうだ。だが、ギルドは国全体にある支部全て合わせて一つの組織だ」
そうでなければ違う街に行くたびに登録をし直さなければならなくなる。
「そのようなことを勝手にすればよその街の支部にも迷惑がかかる。それも俺にとっては本意ではない」
そう言われてしまうとなかなか反論できない。
とはいえ、マスターもやはり心苦しそうではある。そこで私は当初から考えていた譲歩案を口にする。
「では、公式には指定しないけど、口コミで勇者パーティーが危険であることを伝えてもらうことは出来ないでしょうか」
ギルドは基本的には中立の組織だが、今日私とミアがAランクの依頼を受けようとしたときにいったん止められたように、受付係が善意で注意を行うことはある。それと同じような感じで勇者パーティーについての注意喚起をして欲しかった。
不名誉を与えることは出来ないが、パーティーに入って嫌な思いをする人が出るのは防げるかもしれない。
「なるほど。それなら出来ないことはない。もっとも、どうなるかは各ギルドの裁量になるが」
「とりあえずはそれで構いません」
その間に今度は商人なり貴族なり別の人脈を作って、いずれは国全体に白い目で見られるようにしてやろうと思う。そして今のメンバーにも見捨てられたところでミアにしたのと同じ仕打ちをしてやろうと思っている。
「とはいえ、一歩間違えればギルドは大きな損失を受ける。それは分かるな?」
「はい。それで何をやればいいんでしょう?」
要するにリスクを負うからそれに見合うことをしろということだろう。
「話が早いな。錬金術師か……それならポーションを百本納めてもらおうか」
「百本!?」
ミアがいればすぐだし何ということはないけど、ミアがいないと十倍の時間と魔力がかかる。とはいえ、ここでミアに頼るのも違う。
ちなみにギルドでは冒険者相手にポーションを売っており、一つの資金源となっていた。
「いいですけど、魔力ポーションをいくつか売ってください」
残念ながら魔力ポーションだけは『魔力素材』では錬成出来なかった。それが出来たら永久機関になると思ったんだけど。
そして私はマスターの前で、錬成を始める。
「おい、ここでやるのか?」
「だって百本も家から持ってくるの面倒じゃないですか」
「それはそうだが、素材とかあるのか?」
「ないです」
「素材なしで錬成出来るのか……それならもっと吹っかけておけば良かったぜ。ま、こいつはまけておいてやるよ」
さすがのマスターも肝をつぶしたらしいが、何本か魔力ポーションをプレゼントしてくれた。
明け方、私は徹夜して百本分のポーションを作り終えた。目の前のバケツには澄んだ青色のキラキラした液体でいっぱいになっている。
「疲れた……」
徹夜明けで魔力も底を尽き、意識がもうろうとする。
そこへマスターが出勤してくる。徹夜でポーションを生成していた私を見てどん引きしたようだ。
「うおっ!? 誰も一日でやれとは言ってないんだが……」
「だって、一日後にして勇者パーティーに誰かが入ったら後悔するじゃないですか」
「分かった分かった、それなら今すぐ連絡してやるよ」
マスターはギルドにある通信用の魔道具でよその支部に連絡し始めたのを見て安心した私は眠りに落ちたのだった。
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