リスタート
「元気づけた上にご飯まで食べさせてもらって……本当にありがとう」
ご飯を食べて一息ついたところでミアがそう言って私に頭を下げる。
「全然いいって」
「ではもう遅いので私はこれで」
「ちょっと待った!」
ミアが帰ろうとしたので思わず私は引き留める。ミアは旅に出ていることが多いものの、家自体はこの街に残ってはいたはずだ。とはいえ、ここで彼女を帰したくはなかった。そしたらまたミアと会えなくなってしまうのではないかという、根拠のない不安に襲われたのだ。
「え、何ですか?」
「今日はうちに泊まっていきなよ」
「でもそこまでしてもらったら悪いですし」
ミアは遠慮がちに言う。仕方ない、何かもっともらしい理由を考えるか。
「でもほら、もう遅いしうろうろしていて勇者と出くわしたら逆恨みで襲ってくるかもしれないから危ないって!」
「さ、さすがにそんなことは……」
ない、と言おうとしてミアは口をつぐむ。ここで「そんなことはないです」と言い切られない勇者、やはり相当やばいのではないか。
「ほら、万一のことがあったら困るし。ね?」
そう言って私は無理やりミアの後ろに立つとドアを閉める。ミアは押しに弱いところがあるので、最終的にこくりと頷く。
「でも、この家ベッドが一つしかないですよね?」
「あ……」
私たちは魔術学校に通うために地方からやってきて寮暮らしだったため、卒業後は一人暮らし用の家を借りていた。そのため、当然一人暮らしに過不足ない間取りと家具になっている。
「す、すいません、泊めてもらう以上私が床で……」
「一緒に寝よう」
「ふぇっ!?」
ミアが急に間抜けな声を上げる。幸いうちのベッドは一人用の割には大きいし、何よりミアを床で寝かせる訳にはいかない。それぐらいならまだ私が床で寝る方がましだ。
「で、でも一緒になんてその……恥ずかしいです」
そう言ってミアは顔を真っ赤にする。可愛い。そういう反応をされると意地でも一緒に寝たくなる。
「何で? 寮時代はよく一緒のベッドで寝てたのに」
「それはいつもエルナが勝手に入って来ていただけです!」
そうだっけ。全く記憶にない。
「でも、ミアには二つしか選択肢はないよ。一つは二人でベッドを使うこと。もう一つは私が床で寝ること」
「わ、分かりました……」
私の言葉にミアはこくりと頷く。本当に素直でいい子だ。そう思うと、やはりミアのこういう性格を利用していいように雑用をさせていた勇者のことは許せない。
私たちは部屋着に着替えると、一緒にベッドに入る。寝ようとしても目の前にミアの顔があるので私までどきどきしてきた。どうしよう、これでは寝付けない。そう思っていた私だったが、すぐにミアからすうすうという寝息が聞こえて来た。今日は色々あって疲れていたのだろう。ミアの安らかな寝顔を見てようやく私の心も落ち着いた。
「苦しい……」
翌日、私はなぜか寝苦しくて朝早くに目覚めてしまう。そしてまだ春先なのにやたら暑い。何だと思って見てみると、ミアが私の体に抱き着くようにして眠りについていた。それは暑い訳である。今起きようとすればミアのことも起こしてしまう。そう考えた私はしばらくの間眠った振りをすることにした。
そして数分後。
「ふあああああぁっ!? 私、眠っている最中にエルナに抱き着くなんて、はしたない!」
ミアは大声とともに飛び起き、慌てて私の体から両手を離す。ちょっと残念に思うが仕方ない。私はさも今の悲鳴で目を覚ましたかのように起きる。
「ふわぁ、大きな声がしたけど、今何かあった?」
「べ、別に何もないです!」
ミアは顔を真っ赤にして白を切るのだった。
その後私たちは朝食を食べた。昨日のスープの残りとベーコンエッグトーストである。食べ終わると、急にミアは深刻そうな顔になる。
「どうしたの?」
「私、これからどうしたらいいんでしょう。自分ではかなり頑張ったつもりなのにパーティーを追い出されるなんて、もうどうしたらいいか分かりません」
いや、あそこまで尽くしていたのならどこのパーティーでも歓迎されると思うけど、と思ったけどまた変なパーティーに引っかかっても困るので、それは言わない。
「そっか。じゃあ私と冒険しよう! 勇者パーティーほどじゃないにしても魔物討伐とかで人々の役に立てると思うし」
「そう言えば、エルナも冒険者してるって言ってましたね。でも私でいいんですか?」
「もちろんだよ。ちょうど私今フリーだし」
ちょうども何も、いつかミアと同じパーティーに入るためずっとフリーでいたんだけど。
「でも、私のスキルなんて役に立ちませんし」
「そう言えば『詠唱短縮』だっけ? 具体的にはどんな効果なの?」
ちなみに私が持っている汎用スキルでも例えば『魔術遠距離化』というものがあり、手元でしか使えない錬金魔術を一メートルぐらい離れていても使えるようにすることが出来る。そういう汎用スキルと比べればいかにもぱっとしない印象はある。
「あらゆる魔法の詠唱から発動までのタイムラグを十分の一にするらしいです」
と思ったら十分の一というのがやばかった。
「え、十分の一!? それにあらゆるってことは錬金魔術も?」
「使ったことはないですが、おそらく」
「本当!?」
それを聞いて私は思わず立ち上がってしまう。
錬金魔法はアイテム生成を主とした魔法なのであるが、基本的に戦闘向きではない。というのも、アイテム生成には材料が必要である上に『ファイアーボール』のようなメジャーな魔法と違ってタイムラグが長い。
例えば、金属から剣を生成する『クリエイト・ソード』の魔法は詠唱から一分ほどかかる。でも『詠唱短縮』があれば六秒か。それならよほどの近接戦でない限りは実戦レベルとして使える。
ちなみに私はまだ固有スキルを習得できるレベルに達していなかった。アイテム生成でも経験値は得られるが、かかる時間と得られる量を考えると魔物討伐が一番効率がいい。しかし戦闘向きの魔法があまりないため、効率は悪かった。
「じゃあ早速ギルドに行こう。あ、でもその前にミアは新しく着る物を買った方がいいよ」
ミアのローブは元はいいものだったのだろうか、今ではすっかりぼろぼろでところどころ裂けていた。
「でも私、あんまりお金持ってなくて」
ミアは少し申し訳なさそうに言う。勇者パーティーには国から多額の報酬が支払われると聞いたけど……あいつらめ。いや、それよりはミアの装備だ。
せっかくこれから心機一転しようというときにこんなぼろぼろのローブでは気分が晴れない。杖は大丈夫そうだったが。
「分かった、じゃあ私が出すよ。それで最初の冒険が終わったらその報酬から返してくれればいいよ」
「ありがとう……実は私もそろそろ買い換えたいなと思っていたんです」
ミアの表情がぱあっと明るくなる。ミアにはもう少し欲求やしたいことを素直に口に出せるようになって欲しいなと思うのだった。
その後私たちは街のお店に向かった。この街は魔術学校があり、教授や生徒が多数住んでいるため、魔術師用の装備を売っている店は数多くある。私は迷わずに一番高級な物を取り扱う店に向かった。
「そんな、何でこのお店なんですか?」
店先に置かれている杖やローブの値段を見てミアが目を丸くする。お金はあまり自分のために使う気がなかったからとっておいたけど、こうして見るとやはり高いな。
「だって、最初にいいものを買えば買い替えなくて済むから効率的だし」
「それはそうですけど、でも……」
ミアが遠慮しようとしたときだった。不意にミアの目が一か所に吸い寄せられる。そちらには深い青色の少しシックな色合いのローブがあった。白魔術師は何となく白いローブを着ることが多いけど、あれはあれで落ち着いた雰囲気のミアには似合っているかもしれない。
また、ローブの内側にはびっしりと魔術式が描き込まれており、持ち主の魔力を増強する効果があるようだった。代わりに、店の中ではトップクラスの値段だったが。
「お、あれに目をつけるとはお目が高いね」
私たちの視線を敏感に察したのか、中から店主と思われるおっさんが現れる。
「そ、そんな、ちょっと見てただけです!」
「そうです、あれが欲しいです」
ミアと私の言葉が重なる。
しかもお互い言っていることが正反対なんだけど。さてはまた遠慮してるな。
「ちょっとエルナ、あれだと一回の報酬じゃ返しきれないかもしれません……」
「だったら二回でも三回でもいいって。私は一生ミアと冒険するつもりだし」
「え、一生……?」
不意にミアの顔が赤くなる。何か変なことを言っただろうか。
すると私たちを観察していた店主がおもむろに口を開く。
「見たところお嬢ちゃんたち二人とも結構なレベルじゃねえか」
「あ、分かります?」
「まあな、わしもたくさんの魔術師を相手にしてきたからな。ちょっと値引きしよう。その代わりこの店も一生利用して欲しいものだが」
「はい、ありがとうございます!」
こうしてミアがうろたえている間に私たちは素早く交渉を成立させてしまった。
そしてミアは汚れたローブを脱いで新しく買ったローブを羽織る。前の白一色のものと違って裾の方には模様も入っており、少しだけおしゃれだ。それが気に入ったのか、ミアはくるりとターンして姿見を見つめてにこりと笑う。
それだけで大金はたいた甲斐があったというものだ。
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