(13)

 やはり俺の青春ラブコメに暴力系ヒロインは必要ない。なんなら存在そのものが間違っているまである。

 昨日のあの出来事は、そんなラノベのタイトルめいたことを改めて実感させた。顔の腫れがまだ引ききらなくてヒリヒリする。後、少女が走り去っていく直前の『諦めないから』という台詞が何故だか頭に残っている。

 そして今日も今日とて色々と大変だ。

 まず昨日俺を失神寸前までひっぱたいた、くだんの少女、『三枝芽森』が何食わぬ顔でうちのクラスに転校してきた。休み時間に昨日ビンタした理由を訊いても一向に答えようとしない。

 そんなことはまだ序の口で、三枝は放課後、部室までわざわざやってきて総文部に入部したいなどとぬかしたのだ。

 もちろん俺は全力で阻止しようとしたし、仲間ちゃんは口には出さずとも露骨に嫌そうな顔をしていた。あの仲間ちゃんがである。

 俺の尽力を空しいものにさせたのは、総文部部長の飾先輩だった。

 一目で三枝を気に入った(?)飾先輩は「是非、入部したまえ! いや、入部しろください!」と馬鹿っぽい日本語を連発して、ここぞとばかりに部長という肩書きを乱用し始めた。すると見る見るうちに三枝が入部する運びになってしまい、入部届けの印はとうとう押されてしまったのだった。

 ……うん、どうしてこうなった。

 そして、ここまでのこともまだ序の口だった。


「芽森の存在は、三ヶ月で人々から消えちまうんだ」

 俺は何故か、とある寺に隣接した住居の居間でその言葉を聞いた。目の前にはその寺の住職と三枝がいる。

 えっと、何で俺ここにいるんだけ?

 たしか部活後、運悪く駅まで同じ帰り道だった三枝から、うちに来てくれないかと頼まれて、

『え、やだよ』

 そんな感じで当然断ったのだが、

『っ……もうっ! じゃ、じゃあ来てくれたらなんでもするから!』

『マジで!?』

 ……そうだった。そのときの赤面と、『なんでもする』というワードに不覚にも屈してしまった俺は、いそいそとついていってしまったのだ。

 俺がナニしてもらおうかなーっと考えていると、バシッと頭を叩かれた。

「てめえ、聞く気あんのか?」

「……すいません。ちゃんと聞きます」

 このお坊さん怖い。さっきから何となくだけど冷たい感情を向けられてる気がするし。

 その黒野さんという人から詳しい話を聞く。

 ――どうやら只事ではないらしい。

 三枝を犯している呪いを解くには、誰か(黒野さんのような業界人を除く)の脳の海馬に三枝の存在を焼き付ける必要があるんだとか。そして、その役目は俺にあるらしい。

 何で俺が……。

 なんて思っていたら、なんと『俺と三枝は以前付き合っていた』、という新情報が手には入った。黒野さん曰く、だから俺が適任なんだってよ。……つまりどういうことなの?

 俺の周り起こっている全ての事柄について気持ちの整理がつかない。第一、大勢の人の記憶を書き換えて、三枝の存在を示すものまで消えてしまうなんていう馬鹿げた規模の呪いを、信じろという方が難しい。

 ……ともかく、三枝と仲良くすることが俺にとって損がないのなら、こう返事をするしかないだろう。

「わかりました。やります」

 ……考えてみると、昨日の三枝のビンタは、恋人であった俺の記憶が無くなっていた事に起因していたのかも知れない。

 それにおそらく三枝は、昨日俺に会ったときには自身の呪いが解けていないことを知っていた。七月になった時点で、三枝が身の周りの消失した物などを確認すればすぐにわかることだからだ。

 三枝はそれがわかっていながら、すがるように俺と仲間ちゃんの後ろに立ったのだろう。

 そして俺は三枝のことを、無情にも俺という張本人の口から、確定した事実をさらに突きつけて止めを刺すがの如く、平然と、淡々と、『知らない』と言ってのけたのだ。これほど残酷なことはない。

 そこまで思い至ると、なんていうか……もの凄く同情する。

 同情なんて感情は一般論で汚いものだけど、俺はいつだって好意に変換出来る前向きな感情とも思っている。

 だったらもう、燃料はこれでいいだろう。ここから始めてしまおう。

 俺は同情から始めて三枝と仲良くすると決めた。それがいつか三枝のためになることを願って。

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