(4)
「何ぃ!? めもりんの歓迎会をもう済ませてしまっただとぉ!?」
放課後、総文部の部室で俺の隣に座っている飾先輩が突如声を荒げた。
先ほど飾先輩が『そういえば諸君、めもりんの歓迎会はいつにする?』と発したとき、俺を含む他三名の部員はギクッと背筋が伸びた。そして俺が恐る恐る事実を言った結果がこれだ。
俺は冷静に口を開く。
「ほんとすいません。あ、それとご丁寧にオウム返ししなくていいんで」
「何故部長である私が不在のときに済ませてしまうのかね!?」
ずいっと顔をこちらに寄せる飾先輩。
……えっと、何でだっけ?
「……ごめんなさい私が悪いんです! 私なんかあの時テンション上がっちゃって! 飲まずにはいられなくて!」
俺の前に座っている仲間ちゃんが気まずそうに手と声を上げた。ちなみに『飲む』というのはジュースで場酔いできる仲間ちゃんならではの言葉である。
あの時の仲間ちゃんは、たしかただでさえ徹夜明けでテンションが高い上に、初めて同学年の女子の部員を獲得してハイテンションだった。
こうなったらもう、俺はそのテンションに従うしかないのだ。今までそんな感じでなるようになっていた。
飾先輩は歯噛みして「ぐぬぬ……」と唸り、
「うがー! でも私もめもりんと遊びたいー! めもりんもそうだよなぁ!? 私と遊びたいよなぁ!?」
「あ、はい。過激なスキンシップさえなければですが」
俺の左前に座っている芽森からにじみ出る、社交辞令感。
「ほら! めもりんだってこう言っているぞ!」
飾先輩の必死な姿を見てさすがにかわいそうに思い、俺は提案する。
「じゃあこれからもう一回やります? 歓迎会」
飾先輩はいじけたように言う。
「……それは嫌だ。済ませてしまった歓迎会をもう一度やったところで、諸君は盛り上がらないだろう?」
「そんなことないと思いますが……」
じゃあどうしろっつーんだよ。めんどくさいなこの人。
でもまあ、悪いのは確実に俺たちなんだよな。どうにかできないものか……。
「あの」
芽森がぴょこっと手を上げた。
「今度の週末に、皆でどこかに遊びに行くというのはどうでしょう? 『親睦を深める』っていうのが目的なら――」
「それだめもりん!!」「きゃ!」
飾先輩の大声で、芽森が小さく悲鳴を漏らした。
「遊ぶ場所は私が今から三十秒で決める。任せろ!」
……そうだ、忘れていた。
今はビギナーズラックで芽森に先を越された形になったが、こと『遊び』に関しては、この人の右に出る者はいないのだ。
いつも俺たちの思いつきもしない遊びを提案して、思いつきもしない場所に連れて行ってくれる。マンガとかラノベでも『部長』というのはそういうキャラが多い。その三次元バージョンが飾先輩だ。多分。
「部員諸君!」
……やれやれ、しょうがない。今回も振り回されてやるか。
「遊園地に行こう!」
……意外と普通の提案でした。
いや、普通に良いアイデアってことだよ?
飾先輩の一言がきっかけで、俺たち総文部の四人は今、都内某所の遊園地に来ていた。
何気に桜の名所でもあるこの遊園地だが、園内のいたるところにある四月十三日の桜は、もうすでに花と葉っぱの割合が五分五分になっており、地面には踏みしめられた茶色い花びらが散らばっていた。
仲間ちゃんが「んー……」と伸びをした後、晴れやかな顔で口を開く。
「晴れてよかったねー。はーテンションあがってきた私ー!」
「うむ! 今日は思う存分楽しむぞ! なあ、めもりん?」
「飾先輩、羽目は外してもリミッターは外さないでくださいね。くれぐれも」
芽森はジト目で言った。
そんな芽森の服装は、青と黒を主体としたチェック柄の春用のワンピースだった。足元にはベージュのブーツ……なんか大人っぽい。やべ、ちょっとドキドキする。
仲間ちゃんは襟つきの白のブラウス、すねの中の方までまかれたチノパン、スニーカーという、全体的にふわっとしながらも、活発な印象のある着こなしだった。
飾先輩はベージュのⅤネックのロングTシャツに銀色のネックレス、スキニージーンズといったスタイルの良さがわかるファッションをしている。
俺は……まあいっか。
さあ、楽しもう!
初っ端からジェットコースターで景気をつけ、コーヒーカップでぐるぐる回り、みんな酔ってしまったのでアイスを買って一息ついて、ゴーカートで飾先輩に惜敗して、途中に昼食を挟み、罠だらけの遺跡を探索して見事財宝を発見した。
そして遺跡から脱出すると、仲間ちゃんは俺の袖をくいっと引っぱって、
「ねえねえ、クリ坊は次何に乗りたい?」
非常にわくわくした表情だった。正直、少しドキッとした。それが悔しいので少しお返ししてやろう。
「そうだな……次は『お化け屋敷』がいいかな」
「へ……?」
まず仲間ちゃんの顔が凍りついた。ここまでは予想通り。仲間ちゃんがホラーを苦手なことは知っていた。
「な……」「ちょ……」
続けて、飾先輩と芽森の顔が凍った。お前らもかよ!
「……んー、皆あんまり乗り気じゃないようだし、お化け屋敷はやめときますかね」
さすがにこの面子でお化け屋敷には入れないと思ったので、俺はそんな提案をした。
「く、栗山君。少なくとも私は乗り気だぞ! だが、他の面々がどうしても無理だというなら、折れてやってもかまわんが……な」
「わ、私もへーきです! で、でも芽森ちゃんが何か不安そうな顔してるし、どうしてもって言うなら――」
「な、何言ってのよ美夏! あたしだって平気に決まってんでしょ。あー楽しみだなーお化け屋敷!」
そこで俺は「うーん……」唸って、
「……んじゃあ、行きますかお化け屋敷」
「「「うっ……!」」」
意地悪するつもりはなかったが、この負けず嫌い三人とお化け屋敷に入るということに、興味を抱かずにはいられなかった。きっと一生の思い出になるだろう。
「うわーん! 暗いよ狭いよ怖いよー! ごめんなさいすいません申し訳ありません! 全部私が悪いんですー!!」
「な、ななな、情けないぞ仲間君! そ、そんなおっかなびっくりでは……な……ど、どうしためもりん!? めもりいいいいん!!」
「そしてことりさんはいったのです、『ぼくみたいにじょうずにさえずるにはこつがいる』と……」
お化け屋敷で、俺たちは古きよきRPGのように、俺を先頭にして、仲間ちゃん、飾先輩、芽森という隊列を組んでいた。
「ほら、ここを左」
俺の両肩には仲間ちゃんの両手が乗っている。おそらくずっと下を向いているか、目を閉じているだろうから、こうして指示を出さなければならない。
左に曲がって五歩ほどで、そいつは現れた。この世のものとは思えないうめき声と、それに似つかわしい焼けただれた顔だった。
「うわっ!」そんな感じでまず俺が驚き、「ぴゃあああああああ!!」仲間ちゃんが悲鳴をあげて、「ぬああああああああ!!」飾先輩が野太い声で叫んで、「あは……あはははは……」……おいおい芽森。
「クリ坊……クリ坊……怖いよぉ……」
すると、仲間ちゃんが後ろからむにゅっとくっついてきた。……ん? ……あれ? ……この子……意外とあるぞ!
新発見をした俺は何だか得をした気分だった。
ありがとうございますゾンビさん。心の中でお礼を言って、俺はゆっくり歩みを進めた。
「ク、クリ坊……もう……もう終わる?」
「ああ、終わる終わる。だからもうちょっとの辛抱だ。がんばれ」
「うん……ありがと」
肩に乗った手に少し力がこもるのがわかった。
……正直、入ってから二分とたっていないし、まだまだ終わらないと思う。
でも、この場だけでも、仲間ちゃんを安心させたかった。悲しい顔が似合わないことはよく知っているし。
その後、俺は何度も背中で仲間ちゃんの胸の感触を確かめることができました! やったね!
お化け屋敷から出た俺たちは、園内のベンチ二つに、俺と芽森、仲間ちゃんと飾先輩という配置で座った。
「あたし……ちょっとといれ……」
「わ、私も……」
気を落ち着かせるために、お茶をガブ飲みした芽森と飾先輩は、さっさとトイレに行ってしまった。
俺は顔を伏せたままの仲間ちゃんの前まで行って、
「えっと……仲間ちゃん、大丈夫?」
俺が言うと、仲間ちゃんは顔を上げて、泣き腫らした目を細めてにっこり笑った。
「うん、なんとかね」
「悪い……ここまで苦手だと思わなかったから」
今更ながらお化け屋敷に連れてきてしまったことと、仲間ちゃんの悲しい顔を見たくないことの矛盾に気づいて、申し訳なくなった。
「……でも思ったより怖くなかったかな」
意外な言葉だった。あんなに泣き叫んでいたのに?
「ははっ、強がるなって」
「ほんとだよ。ていうか、いつも通りだったら途中でリタイアしちゃってたよ。きっと」
「……今回は『いつも通り』じゃないってのか?」
「うん、ずっとクリ坊が前を見て、励ましてくれたから、安心できた」
仲間ちゃんはじっと俺を見る。
「そ、そうか……」
「そうだそうだ」
仲間ちゃんはまたそこで笑った。俺は思わず視線を逸らす。
すると仲間ちゃんは再び顔を伏せて、
「……あのさクリ坊」
「……何?」
「授業中……ずっと芽森ちゃんの方見てたよね?」
「な……」
茶化すような口調ではなかった。
この質問の意味を咀嚼すれば、すぐ答えに行き着いてしまうだろう。『あんな鈍感には絶対にならない』……勝手ながら、アニメやマンガを見て、いつの間にか抱いていた持論だ。
「私、クリ坊の隣の席だからわかるんだよ。見てたよね? ずっと」
淡々としていて、決して責める口調ではなかったが、かえってそれが恐ろしく感じた。
「えっと……」
俺が狼狽していると、仲間ちゃんは、ふと我に返ったように大きく目を開いた。
「あ、あれ……? やだ、私何でこんなこと訊いてんだろ……」
「…………」
「やっぱなし! 今の聞かなかったことにして!」
仲間ちゃんは、多分本気でこんなことを言っている……不器用で痛々しい。今の仲間ちゃんにはそんな表現が一番しっくりきた。
「……ああ、わかった」
「それでよし!」
ともかく、俺は答えに行き着かなくてもいいという許可をもらったんだ。それに従おう。いや、甘えると言うべきか。
風が吹き、それに流された桜の花びらが、仲間ちゃんの頭に乗ったのが見えた。
俺が「桜ついてるぞ」と言ってそれを払うと、「えへ、ありがと」と仲間ちゃんはいつもと変らない、太陽のような笑顔をこちらに向けた。
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