(3)

 心ここにあらずになっているのは自分でもわかった。

 登校中はたぶん挙動不審なレベルできょろきょろと芽森を探してしまったし、授業中は、黒板より芽森の後姿を見ていた時間の方が長い気がする。

「おーい栗山ー」

 そして昼休み、芽森は仲間ちゃんを含むグループに混じって、楽しそうにお喋りしながら昼食を食べている。その動作一つ一つに俺は心を奪われそうになっていた。

「おーい」

 俺はどうかしているのかもしれない。出会って三日目の少女にここまで心を開いてしまうなんて。

「三枝さんに惚れちゃったのはもうわかったからさ、とりあえず早いとこ弁当食って、着替えて体育館行こーぜ?」

 そこで俺は我に返って、

「ほ、惚れてねーし!!」

「ほう、そうかそうか」

「大体な、さしずめテンプレ友人ポジションであるお前に何がわかんだよ! つーか、そういう立ち位置にいるならさっさと芽森に関する情報をよこせ!」

「……何言ってんのお前?」

 俺と机をくっつけて、昼食をとるのは、川原かわはらという男子生徒だ。

 一年生のころからの付き合いがある俺の友人……くらいしか特に説明することがないが、別にそれでもいいと思う。

 ちなみに次の授業は体育館でバスケなのだが、おそらく試合をするのは後半で、前半は二人一組でのパス練習とドリブル練習だ。そして男子更衣室はもう開放されているので、早いうちに体育館に行って、空気の充分に詰まったバスケットボールを確保してしまおうというのが川原の算段だった。


 予定通りのボールを確保した俺と川原だが、結局、授業のパス練習は、そのボールの硬さに似つかわしくないようなゆるいパスの応酬だった。まあでも、体育のバスケのパス練習を本気でやる奴なんてあまりいないと思うが。

 そして現在、体育館はネットで横に二分されている。その舞台側では女子がバドミントンしていた。

「きなさい美夏!」

「いっくよー芽森ちゃん!」

 そんな黄色い声が聞こえたので、俺はボールを放ってから右側を見た。

 緑とオレンジの間に白いシャトルが行き交っている。

 開いた窓から流れてくる四月九日の陽気もあいまって、それは平和すぎる光景に思えた。

 だがそこで気づいてしまった。七月になったら、こんな光景も忘れてしまうのかもしれないと。

 ――黒野さんの話によると、次に人々から芽森の記憶が消えるかもしれないのは、統計上、七月一日の零時らしい。つまり、初めて記憶が失われた一月一日の零時から順序どおりに、きっちり三ヶ月ごとに記憶が失われるということだ。

 だから俺はもう芽森に三回も初対面を繰り返していることになる。その一回目の三ヶ月で俺と芽森は恋人になったらしいが、二回目はどうだったのかは訊かなかった。

 ともかく、七月がくる前に俺は芽森の存在を海馬に焼き付けなければならない。

 それが成功すれば、記憶が消えるかもしれない七月一日の零時と同時刻に、芽森に関わる記憶の全てが人々に戻るらしい。俺に関して言えば、芽森に以前から出会っていたことを思い出す。

 でもこれは、計るのが難しい抽象的な解決方法だ。黒野さんは『仲良くやってくれればいい』とこれまた抽象的に説明したが……。

 俺は一体どうすればいいんだろう。

 ゆるいボールを受け取って、ゆるく放りながら、俺は少し途方にくれた。

 すると、体育館の男子組の数人がパス練習を放棄し、芽森と仲間ちゃんの方を見て何か言っていることに気づく。

「あの二人かわいいよなぁ」「ああ、見ててニヤニヤするぜ」「なあお前はどっち派?」「仲間さんかなぁ」「三枝だろ普通に考えて」

 それを聞いた俺は意外に思った。

 転校生というのは否が応でも話題になるし、特に芽森の場合は思い出したくもないパンツ騒動があったため、話題性はなおさらだ。だからクラスメイトが芽森のルックスを『かわいい』と男女問わず連呼していたのは知っている。

 俺が意外に思ったのは仲間ちゃんの方だ。

「なあ川原、もしかして仲間ちゃんって結構モテるの?」

「何だ……同じ部活なのに知らなかったのか? 仲間さんって明るい性格してるし、皆にわけ隔てなく優しいし、顔も良いんだから、そりゃモテるだろ」

 俺はあっけにとられた。

「……いやいや、でも仲間ちゃんって実際変な性格してるぞ。時々よくわかんないこと言うし」

「それを天然と捉えれば、話は違うんだよ。……つーかお前、クラスの女子ツートップと同じ部活入ってるもんだから、若干クラスの男子連中に妬まれてる節があるぞ?」

「マジかよ……だ、だったらそいつらも総文部に入ればいい……あ……」

 あの部長の存在を知ってしまったら、そりゃ入る人も入らないか……。

 それにしても……そうか、仲間ちゃんはモテるのか。


 芽森の呪いに関することと、およそ半年の付き合いである仲間ちゃんに対する考え方が少し変ったことと、その二人に見られているような気がして、授業後半の試合は集中できなかった。

 俺の運動神経は、多分良くも悪くもないのだが、パスミス三回、シュートミス二回、ファール二回、ボーッとドリブルしてるところをかっさらわれたのが一回、という散々な結果だった。

 体育の授業を終えて、体育館から渡り廊下を歩くと、学校の敷地内にある桜並木から、散って風に舞った花びらが流れてくる。

 その光景は綺麗というよりどこか物悲しかった。

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