16 追憶 Ⅶ《クロード視点》
そこから顔を合わせたこの件を知る人間は皆、上司と同じような事を口にしていた。
……誰一人として、この異常性に気付いている者はいなかった。
クロード以外、誰も。
(なんだ……夢でも見てるのか?)
だけど頬を抓っても夢から覚めず、この異様な状況はどうしようもなく現実だった。
そんな中で、偶然クロードは鉢合わせた。
城の中で見覚えのない人間。
……どこか怪しい雰囲気を醸し出す女性。
(……誰だ? ……まさかこの人が新しい聖女か?)
そう考えながらも軽く会釈する。
自分の読みはどうであれ、客人である事は間違いなさそうだから。
するとその女性はこちらに僅かに視線を向けて言ってくる。
「成程。あなただけは愛されているんですね」
「……?」
そんな、意味深な言葉を。
果たしてその言葉がどういう意図で発せられた物なのかは分からない。
(俺だけは愛されている……何の話だ?)
そしてその意図が結局読めぬまま、謎の女性はその場を去っていく。
……後で聞いた話によると、今の女性が新しい聖女らしい。
今日から自分達の命を預ける相手らしい。
新しい聖女との邂逅を終えたクロードは、その後普段通り執務を進めていった。
「……どうしたの? 何か考え事?」
「いえ、別にそういうのじゃないですよ」
「そう? なら良いんだけど……私なんかで良かったらいつでも相談に乗るからね」
「……ありがとうございます」
今日あった事を。
これから起きるであろう事を、クロードは何も言えない。
所定の時間に謁見の間へ来るようにクレアに伝える事。
新しい聖女の事を含め、クレアには何も伝えない事。
そこにどういう意図があったのかは分からないが、それが上からの通達だった。
……別にそれを律義に守ろうと考えている訳ではない。
少し前に父が亡くなってから、完全にこの国で信頼を置ける人間は……信頼を置きたい人間はクレア以外誰も居なくなった。
故に自身の行動指針の根底にあるものはもはや、自分の事とクレアの事しかないと言える。
……だからその指示を守ったのは、あくまでそうする事が最善だと感じたからだ。
今日から新しい聖女が就任するという事は、クレアは聖女から降ろされる。
その時にあるかもしれない、大きな危険の可能性。
今クロードが取るべきだと思ったのは、その危険の回避だ。
そんな中でクレアに今自分の持っている情報を伝えたとして、きっとそこから取る事ができる選択は少ない。
大博打を打つか、何もしないか。
心持ちにはある程度の差があるかもしれないが、その位しかない。
それどころか、下手に情報を与える事で更に良くない事が起きる可能性も見えた。
……だから、今はこれで良い。
自分の力を過信できない以上、これでいい。
穏便に事が済むようならそれでよし。
そうはならないと判断した段階で大博打を打つ。
謁見間の中に居る人間を全員皆殺しにしてでも、クレアを国外に脱出させる。
成功率の低い大博打。
願わくば穏便に事が進みますように。
今のクロードにできる事はそう祈る事だけだった。
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