15 追憶 Ⅵ《クロード視点》
「新しい聖女……ですか?」
ある日の早朝、上司に呼び出されたクロードは、告げられた言葉に思わずそう聞き返した。
「ああ。今の無能よりとても優秀なお方だ」
「それは……決定事項なんですか?」
「決定事項だ。だからお前を呼んでいる」
上司曰く、新しい聖女が用意される事になったらしい。
それを聞いた時、クロードは何かの間違いかと思った。
(……ちょっと待て。いくら何でも唐突過ぎないか?)
これまでそんな前触れもなかったのに。
そうだ……普通は何かしらの前触れがある。
聖女を選ぶのも簡単な話ではない。
今目の前に適性のある人間が居たとして、それで今日から聖女をやらせるなんて、そんな馬鹿な事は無い。
ほぼ間違いなくずっと探しては居たのだろう。
だけど候補が見つかった段階で話は自分のような人間にも回ってくる筈で。
それが一切なくて、それどころか代わりの聖女が見つからない事を嘆く担当者の会話をつい昨日偶然耳にしたばかりだ。
……それなのに、今日になって突然そんな話が湧いて出てきている。
(……何かがおかしい)
明らかにこの状況は異質だ。
そして自身の中に生まれた疑問を解決する為に、クロードは上司に問いかける。
「あの……一体いつ代わりの聖女なんて見つかったんですか。俺昨日国内どこを探しても新しい聖女の適性のある人間が見つからないって担当者が言ってるの聞きましたよ」
「ああ。それは俺も聞いてる。お前の聞いた奴と同じかは分からないが、俺の友人も聖女を探す担当者の一人でな。しょっちゅう愚痴を聞いてた。だからまあ……国内の人間じゃないんだ。旅の者らしい」
「……は?」
クロードは思わずそんな間の抜けた声を出す。
聖女は国民の中から選ばれるのが仕来りな筈だ。
……間違っても他国の人間など採用できない。
何故なら聖女は国防の要だから。
聖女という役職を他国の人間に握らせるのは、生殺与奪の権利を他国に握らせるのと同義だ。
故にどこの国も聖女絡みの情報は必要最低限しか他国に渡らないようになっているのに。
それなのに旅人が聖女として採用されようとしている。
……そして。
「まあ驚くのも分かるが腕は確かなそうだ。これでこの国も安泰だよ」
目の前の上司は何故そんな無茶苦茶な事を受け入れているのだろうか?
「……どうした?」
「腕が確かって……聖女は国防の要ですよ。それを他国の人間に委ねるって話をしてるんですよね? なのになんでそんな平然と――」
こんなのは有能無能以前の問題だ。
超えてはならない一線を、平然とした表情で超えている。
何もおかしいと思っていない。
そしてそれは目の前の上司だけではない。
おそらく王を含めた、この件に関わっている全員が同じ状態の筈だ。
「何か問題でもあるか? 今よりよっぽどいいだろう?」
「……ッ」
分かっている。
目の前の上司も他の人間と同じように、クレアに不満を持っている。
実際大きなヘイトが向けられているのは分かっている。
だけど……それを含めても。
その声音や表情からは大きな違和感が感じられた。
そして事態を呑み込めずにいるクロードに対し、上司は言う。
「どうした、固まって。まあいい。とにかくそろそろ本題に入ろう」
「ほ、本題?」
「新しい聖女の担当も引き続きお前がやってくれ」
「……ッ」
言われて思わず声にならない声が出た。
(……そうだ、聖女が変わるという事は……ッ!)
色々と混乱する事ばかりを告げられて、すぐには頭が回らなかったがようやくそこに辿り着いた。
クレアが聖女ではなくなるという事。
自分がクレアに仕える執事ではなくなるという事。
そんな当たり前の事をようやく理解できて、そして。
……大きな不安が込み上げてきた。
状況は不自然。歪。異常性しか感じられない。
そんな中でこれまでヘイトを溜め続けたクレアが聖女の任を解任される。
……そのヘイトを抱えたまま、どれだけ文句を言っても国として失う訳にはいかなかった聖女の立場という後ろ盾が消滅する。
……正直、クレアはきっと聖女を辞めた方が幸せになれると、クロードはそう考えていた。
今の肉体的にも精神的にも大きな負荷が掛かるこの状況など、それでも頑張ろうとするクレアの前では言えなかったが、放り出せるなら放り出した方が良いと。そう考えていた。
だけど。
(無事に……辞められるのか?)
そんなあまりに大きな不安が、クロードの中に湧き上がった。
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