14 追憶 Ⅴ《クロード視点》

 執事は主の最も近くで主の為に働く存在だ。

 つまり何らかの有事の際、執事は主の最後の砦となる。

 ましてやそれが国防の要となる聖女の執事ともなれば、実質的に国家の最終防衛ラインと言っても差し支えない。


 他の人間はどう考えているかは分からないが、少なくともクロードは父からそう学んだ。

 故にクロードは執事として最低限求められる戦闘技能よりも高い力を就任前に身に着けていた。


 だけどそれでもまだ足りない。

 まだこの状況下ではクロード・エルメルドという人間はあまりに無力である。


 四方八方敵しかいないこの状況では。

 クレアの耳に届いていなければいいが、クレアが魔物を引き入れていると考えている者ですらいるこの状況では。


 どこまでも、あまりに無力だ。

 だから強くなろうと思った。


 唯一信頼できる相手となった病に倒れた父からは、愚痴を聞いてもらいながらも教えられるだけの事を教えて貰い、そして背中を押して貰って。

 もう頭を下げたくなくなった相手にも頭を下げて身に着けられる事を全部身に着けて。

 残りは空いた時間を費やし、それらを可能な限り磨き上げ続けた。


「だ、大丈夫? クロード、最近凄い疲れた顔してない?」


 自身の方が何倍も疲れている筈なのに、こちらを心配してくれるような女の子を守る為に。


「お気遣いありがとうございます。でも俺は大丈夫ですよ」


 クレアの為ならいくらでも虚勢を張れた。

 いくらでも頑張れると思った。


 当然使命感もある。

 元より聖女を支えるという強い気持ちでこの仕事を引き継いだ。

 皆が支える事を放棄し蹴落とすような真似ばかりする中で、せめて自分だけは支えなければならない。

 守らなければならないという使命感もあった。


 だけどそれだけで頑張り続ける事ができる程、クロード・エルメルドという人間は強くない。

 多分それだけならば、この碌でもない状況のどこかで折れている。


 だからそれだけじゃない。


 クロード・エルメルドは頑張る人間が好きである。

 クロード・エルメルドは頑張っている誰かの他者の足を引っ張る人間が嫌いである。


 いつ投げ出して、逃げ出してもおかしくないような状況で頑張り続けるクレアが居て。

 周囲にはその足を引っ張る人間しかいなくて。


 そうなれば湧いてきた感情はどこか必然的なものだと思う。


 そして……そもそもこんな歪な噛み合わせが起きなければ人間にそんな感情が湧いてこないのかといえば決してそうではなくて。


 そりなりの時間を彼女と過ごした。

 その時間がクロードにとって楽しい時間であった。


 きっと本来はそれだけで十分な筈だったから。


 だから聖女の執事としてどこかで心が折れるような事があっても。

 クレア・リンクスという女の子に仕える執事としてなら、もう少し先まで走れるような、そんな気がした。


 だから頑張るクレアの隣で、頑張り続ける事が出来た。




 そしてそれから、彼女を取り巻く環境は何も変わらなかった。

 少しでも良くなることも、これ以上悪くなる事も無い。

 結果的にクロードの手にした力が活用される事の無いような、そういう時間が流れて。


 そしてある日の事だった。


 ルドルク王国に、新しい聖女がやってきたのは。

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