13 追憶 Ⅳ《クロード視点》

 程なくして先代の聖女が息を引き取り、クレアがその後を継ぐ事になった。

 そして予想通り、クレアの聖女としての資質は先代達よりも劣る。

 王都内にはこれまで一匹たりとも侵入してくる事の無かった魔物が稀に入り込むようになり、王都内で全く沸いて来る事の無かった瘴気が稀に小規模で沸いてくる。


 ……それはこの国にとって異常な事態であった。


 だけど最も異常なのは、そういう事態で露呈したこの国の国民の人間性だとクロードは思う。


「……ッ」


 私用で王都内を歩いていた時、それらは耳に届く。


 これまで無関心だった馬鹿達が、ようやく聖女という存在に関心を持ち始めた。

 これまでずっと関心を持たれない事がおかしいと思っていたクロードにとって、必死に頑張っている聖女が。クレアが注目を浴びることは良い事の筈だった。


 その筈だったのに……聴こえてくるのは非難の声だけだった。


 クレアを擁護する声はただの一つもなく、これまで保たれていた平穏が僅かに崩れたことにする非難。

 手抜き。いい加減。役不足。無能。


 そんな声ばかりが耳に届く。


 クレアという少女は、必死になって頑張っているのに。

 その自分達の言う手抜きでいい加減で役不足な無能が、必死になって守ってくれているのに。

 その事実に感謝する所か向けられるのは真逆の感情。


 ……もう彼らは聖女とはなんの関係もない無関心な人間ではなく、聖女の明確な敵だと、クロードはそう感じた。

 感じざるを得ない程、酷い有様だった。


 だからこの国に彼女の味方はいない。

 ……まだ家族が居れば話は別だったかもしれないが、彼女の両親はどうやら早くに亡くなっているらしく、彼女を引き取った祖母とも仲が悪かったらしい。

 だから本当に……誰もいない。


 自分以外は誰もいてくれない。


 そんな現状は、変えられなかった。

 クロード程度に変えられる事など、そもそも何も無かった。


 彼がクレアにしてやれたのは執事としての通常通りの業務。

 そして……。


「ねえ、クロード……私、頑張ってるよね」


「ええ。聖女様は頑張ってますよ。他の誰が何を言おうと、俺だけは知ってますから」


 ……聖女になってから、ずっと顔色が良くないクレアの愚痴を聞いてあげる位だった。

 愚痴を聞いて、本心を返すような、そんな事位だった。


 ……本当に、クレアはやれる事を身を削ってやっている。

 聖女になってからは頻繁に体調を壊す。睡眠もまともに取れていない。

 そんな状態で聖結界を維持して、自身の聖結界でカバーしきれず沸いてきた瘴気を修祓する為に走り回る。

 ……それがどれだけ過酷な事かを誰も正しく認識していない。


 どこまで行っても認識できるのは自分だけ。

 自分のような無力な人間しか味方してやれない。


 だからせめて、それが直接的な助けにならなくても良い。

 無力な自分から脱却する。

 その決意だけはしっかりと固めた。


 周りに敵しかいない。

 いつ何時、彼女にどうしようもないような理不尽が降りかかるかは分からない。


 だからその時。せめてその何かからは守ってあげられるように。


 全力で、己を鍛える事にした。

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